41:ワイバーン
黒い裂け目からワイバーンが飛び出した。
「ギュェェェェ!!! ギュェェェエエエ!!!」
ワイバーンは脚が四本あるドラゴンとは異なり、脚は二本で、コウモリのように翼と一体型の腕を持っている。
飛竜種の中でも比較的小型で、あまり知能はない。けれど、だからこそ目につく生き物すべてに襲い掛かるような狂暴性を持っている。厄介な乱暴者だ。
その危険性からSランクの魔物リストに名を連ねている。
真昼間の平和な広場に、そんな恐ろしい魔物が突如出現してしまった。
上空を旋回しながら咆哮をあげるワイバーンに、人々が騒然とする。
「いやぁぁぁぁ!! 命だけはお助けを!! 騎士様、助けて!!」
「おいおい、マジかよ……。ワイバーンのお出ましだぜ……。俺はずらかるぞ!」
「そこの冒険者! どこへ行く気だ!? 避難誘導を続けろ!」
「ばか言うな! お国のために命を張るのは騎士の仕事だろうが!」
避難途中の領民たちは悲鳴をあげ、仕事を放棄する冒険者も出てきた。
さいわい、騎士や中堅以上の冒険者は広場に残って避難誘導を続けてくれている。
遠距離攻撃が得意な弓使いや魔法使いがワイバーンに攻撃を仕掛けてみるも、弓では硬い皮膚を通らず、中級程度の攻撃魔法は弾かれている。上級魔法なら勝負になるかもしれないけれど、この場に使える者はいないみたいだ。
早めにワイバーンをどうにかしないと……。
「とはいえ、私に空中戦は出来ないわ……」
城壁を駆けのぼった時のように、周囲の建物を使うことも出来るけれど、私の手の届かないところまでワイバーンが飛んで行ってしまったらどうすることも出来ない。
せめてワイバーンが地上に降りてきてくれればいいのだけれど……。
その場でワイバーンを観察していると、ワイバーンが急に降下を始めた。
矢のように飛び出したワイバーンは、大きく口を開けて、叔父様に襲いかかる。
「あっ、そうか。叔父様を狙って放たれた災いだから、ワイバーンの狙いも叔父様なんだわ!」
どうやら妖精の力で、ワイバーンは叔父様を攻撃するように暗示がかかっているらしい。
それなら叔父様目掛けて降下する時を狙って、ワイバーンをノックアウトしちゃえばいいんだわ!
私は早速ガントレットを装着する。
「うわぁぁぁっ!!! やめろっ、やめてくれっ!!! なんなのだ、この魔物は!!? 私に近付くなっっっ!!!」
「ギュェェェーッ!!!」
「おいっ、お前っ、バーネル!!! 私を助けてくれっ!!!」
「きゃあああ!!! 近寄らないで、あなた!!! こっちへ来ないで!!!」
「俺を巻き込まないでくれ、父さん!! 死ぬなら一人で死ねよ!! 俺は親の尻ぬぐいなんて、まっぴらごめんだね!!」
「なんだと!!? この私を見捨てる気か!!?」
ワイバーンに追いかけられている叔父様は、叔母様とバーネル兄様に助けを求めようとして、二人に嫌がられていた。
叔父様は憤怒の表情でさらに二人のあとを追っていく。
私をいびることには強く結束していたのに、ワイバーンの前では家族が崩壊してしまうのね……。
まぁ、叔父一家の仲が悪くなっても、私の知ったことではないわ。
今はワイバーンの横っ面を殴りつけて――……。
「マグぅちゃん! あぶないことはしちゃだめよ!」
遠くからイセル坊ちゃまの声が聞こえた。
思わずそちらに顔を向けると、ガラス細工のお店の中にイセル坊ちゃまがいた。窓からこちらの様子を見つめている。
……あ、イセル坊ちゃまの前では、血生臭いシーンを繰り広げたくないわ。
マッドタイガーの時だってダンスで誤魔化したのに、ここでワイバーンを血まみれにするような真似は……。
そう思った瞬間、私の体の動きが鈍ってしまった。
「ぎゃあ! 放せっ!! 私を放すんだ!!」
「くそっ、父さんのせいで魔物に捕まってしまったじゃないか!!」
「いやぁぁぁ!!! 誰か助けてちょうだい!!! 私は関係ないわ!!!」
一瞬の隙に、ワイバーンが二本の脚で器用に叔父一家を捕まえてしまった。そのまま上昇していく。
悲鳴を上げる叔父様たちと対照的に、ワイバーンは愉快そうな様子で広場を飛び回る。
ワイバーンは噴水に顔を突っ込んで破壊した。広場中が水浸しになり、噴水の瓦礫が散乱する。
「どうしましょう……。このままじゃイセル坊ちゃまたちが避難した建物も危ないし、叔父様たちもただでは済まないわ……」
叔父様を確保した以上、ワイバーンはそう簡単に地上まで降りてこないでしょう。
広場どころかフィンドレイ公爵領に破壊の限りを尽くし、その後はネルテラント王国全土を荒らす可能性もある。
どうにかイセル坊ちゃまに見られても誤魔化しがきく感じで、ワイバーンを倒す……というより、お帰りいただく方法はないものかしら。
さいわい、妖精が出現させた黒い裂け目は、まだ元の場所にぽっかりと開いている。
あそこにワイバーンを追い返すことが出来れば……。
何かいい方法はないか考えていると、広場の入り口から馬のひづめの音が聞こえてきた。
「マグノリア!!」
「フィンドレイ公爵様!? いったいどうして……」
忍者の件で国王陛下と一緒に屋敷に残っていたはずのフィンドレイ公爵様が、馬でやって来た。
彼の後ろには別の馬に騎乗する護衛長の姿も見えた。
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