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40:妖精の災い



 叔父様の怒声を聞いた瞬間に、恐怖で体が固まってしまう。


 どうして叔父様たちがフィンドレイ公爵領に?

 もう、つらい過去から逃れられたと思ったのに、また目の前に現れるなんて。

 フィンドレイ公爵家に来てから平和ボケしていた私は、久しく忘れていた叔父様たちへの恐怖にパニック状態になった。

 心臓が早鐘のように脈打ち、冷汗がドッと溢れて、指先から体温が下がっていく。

 頭の中が真っ白だ。


「なぜ私に無断で爵位を返上したのだ、この出来損ないのマグノリアめ!! お前のせいで私たちは散々な目に遭ったのだぞ!! 早くラインワース子爵家を取り戻せ!! 私たちは今までどおりにお前の金で遊んで暮すんだ!!」

「そうよ、そうよ!! 子爵家を取り戻したら、あんたは今度こそバーネルと結婚するのよ!! 死ぬまでこき使ってやるんだから!!」

「まさかお前が逃げるとは思わなかったぜ。夫としてきっちり躾けてやるから、覚悟しろよな、マグノリア!!」


 叔父様たちがこちらに近付いてくる。


「おっ。父さん、マグノリアがかなり高そうなブローチをつけてるぜ! 売ったらいい金になりそうだ」

「そうだな、バーネル。おい、マグノリア、そのブローチを寄越すんだ!」


 叔父様に手を伸ばされ、フィンドレイ公爵様からいただいたブローチを盗られそうになる。反射的に体を逸らす。


「いっ、嫌です……っ! これは大切なもので……っ!」

「いいから寄越せ!!」


 周囲を見回すと、近衛騎士たちはデボラ王妃殿下とアリーヤ王女殿下をお守りしつつも、『子守り侍女とその身内の揉め事で、王族に危害が加えられる可能性は低いだろう』と考えている様子だった。

 公爵家の護衛たちは『え? マグノリアさんは魔導人形だから、……あの三人も魔導人形なのか? いや、あの三人は流石に人間だろ』と、かなり困惑している。……本当にごめんなさい。


 護衛たちのそんな隙をついて、イセル坊ちゃまが私の傍に駆けつけた。


「マグぅちゃんをいじめちゃ、メッよ!! マグぅちゃん、こんなにこわがってりゅの!!」

「だ、だめです、イセル坊ちゃま……っ」


 イセル坊ちゃまは私と叔父様たちの間に立って、大きく両手を広げる。

 怖い顔で怒鳴り散らす大人を前に、イセル坊ちゃまも怖いのでしょう。手も足も震えていて、黒い瞳には涙が浮かんでいた。


「お下がりください、イセル坊ちゃま!」

「ヤッ! ママもパパも、ぼくがまもれなかったかりゃ、いなくなっちゃったの。マグぅちゃんもいなくなっちゃヤなの! ぼくがまもりゅの!」

「イセル坊ちゃま……っ」


 こんなに小さな子供だって、つらい過去を乗り越えて、目の前の恐怖に立ち向かっている。

 私だってもういい加減、叔父様たちのとのことにケリを付けなくては。


「叔父様、叔母様、バーネル兄様。もうやめてください! 私はあなたたちの金づるとして生きるのはもうまっぴらです! 叔父様たちも今までのことを反省して、一からやり直してください!」


 私がハッキリと拒絶すると、叔父様はさらに激高した。


「うるさい!!! お前なんかが私に口答えをするな!!! 黙って私の言うことを聞いていろ!!! このガキも邪魔だ!!!」


 叔父様は大きく腕を振り上げて、イセル坊ちゃまを叩こうとする。

 私はイセル坊ちゃまの前に回り込んで、彼を庇った。

 叔父様が振り上げた手は私の背中をバチンッと激しく打ったが、イセル坊ちゃまが打たれるより全然マシだわ。

 坊ちゃまが無事で本当によかった……。


〈ちょっと、あなた! 今、あたしの可愛いイセルを叩こうとしたわね?〉


 ふいに、低い声が聞こえてきた。どこからか、おどろおどろしい雰囲気も流れてくる。


 イセル坊ちゃまの帽子のリボンの影に隠れていたはずの妖精が、姿を現していた。

 普段はキラキラ輝く鱗粉を振りまいているのに、今はどうしてか黒い靄が彼女の周囲に漂っていた。


「ん? なんだ、この小さい虫みたいな生き物は? 魔物の一種か?」


 妖精はネルテラント王国では三百年以上も目撃情報がなく、もはやお伽噺の中にしか存在しない。

 そして叔父様には、お伽噺を読むような可愛らしい幼少期はなかったようだ。


〈あたし、この人間が嫌い! 消しちゃえ!〉


 止める暇もなく、妖精が片手を上げた。


 すると、突然、澄み渡った青空に黒い裂け目が現れた。

 雨雲や雷雲ではなさそうだわ。嫌な予感しかしない。


「ピ、ピヨン様! 叔父様がイセル坊ちゃまを叩こうとしたことは、姪の私が謝ります!! だから、どうかお鎮まりください……っ!!」

〈あたしはね、イセルのことだけじゃなく、マグノリアを叩いたことも怒ってるの。だから、あなたが謝ったって、この男は許さないわ。さぁ、始まれ! あたしの災い!〉

「本当にダメです、ピヨン様! 災いを呼んだりしたら、イセル坊ちゃまの身も危険なんですよ!?」

〈イヒヒヒヒ! 心配しなくても、イセルのことは災いから守ってあげるわよ。まぁ、どんな災いが始まるかは、あたしも知らないけれどねっ〉


 どうやら妖精の災いは、あの黒い裂け目からランダムで現れるらしい。

 黒い裂け目がどんどん広がっていく。


「皆さん、妖精の災いが始まります! 急いで近くの建物の中に避難してください!」


 とにかく周囲の人たちに避難指示を出すしかないわ。

 近衛騎士たちには王族の守りをお願いして、公爵家の護衛にイセル坊ちゃまを託す。

 ちょうどガラス細工のお店からオリバー様が出てきて、「安全確認が終わりましたので、店内へ――……って、何事!!? なんか禍々しい黒い裂け目が広場の真上に現れてる!!?」と目をまるくした。


「オリバー様! 妖精の災いです! イセル坊ちゃまと王族を店内へお連れしてください! 警邏の騎士や冒険者たちは、領民の避難を手伝ってください!」

「マグノリアちゃんはどうするの!?」

「なんとかするしかありません!」

「なんとかなるわけ!?」

「とにかく頑張ります!」


 さいわい、これから現れる災いの狙いは叔父様だ。叔父様たちは状況がわからず、周囲の人々が建物の中に避難したり、広場から逃げていくのを見て、首を傾げている。

 狙いがわかっているなら、ここに留まっていたほうが災いの動きを妨害出来る。


「あっ、マグノリアちゃん! 黒い裂け目から何かが出てきたよ!?」

「……あれは」


 出現した災いを見上げて、私は呟いた。


「飛竜種。……ワイバーンですね」


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