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4:ラインワース子爵領



 本日はAAランクのポイズンワームという魔物を討伐した。

 家屋くらいの大きさで非常に狂暴な魔物なのだが、口から吐く毒液から様々な薬を作ることが出来るので薬剤師に人気なのだ。

 常時討伐依頼があるのだけれど、毒液による攻撃が危険なので依頼を引き受ける冒険者は少ない。

 おかげで報酬金額が高騰していて、ふつうの下位貴族なら一年は遊んで暮らせる金額を数時間で稼ぐことが出来た。

 まぁ、今月の支払いで消えるのですけれど……。

 叔父様一家はお金を使うことに関して、本当に天才だ。

 三食全部フルコースの美食で胃もたれとかしないのかしら?

 レースや刺繍や宝石たっぷりの華美な衣装って、重くて着心地が悪いし。

 お茶会にパーティーに乗馬に観劇に狩りに……って、たくさんの人に会うから、私ならストレスがすごそうだわ。


 ……昔の私なら『お友達が出来るかも』って、頑張って出席しようとしたでしょうね。

 叔父様たちのせいで、本当に他人が怖くて仕方がない。


「はぁ……」


 もはや何度目の溜息かしら。

 私は報酬の金貨がみっちりと詰まった大きな袋を抱えたまま、冒険者ギルドの前にある広場のベンチから動けずにいる。屋敷に帰りたくない。

 ちなみに『殺戮人形(キリングドール)』などと呼ばれている私から金貨を奪おうとする人間など、この領地にはいない。

 何せ、私はAランク冒険者にまで昇格しているのだから。


 Aランク冒険者はざっくり説明すると、高位貴族から指名依頼が来るレベルの地位だ。とはいえ私自身が子爵位を持っているし、領地から離れられないので、指名依頼は殆ど受けていない。

 Aランクのメリットは、一年に一度でも魔物討伐をすれば冒険者ギルドの登録を剥奪されずに済むところだ。下のランクだと半年だったり、三ヵ月だったり、更新期限が短いのだ。

 Sランク冒険者になると軍事的にも重要視され、王家から専属打診が来ると聞く。私はもともと王家の臣下だし、そんな大層な地位は必要ないので、これ以上は昇格するつもりもないけれど。

 でも、Sランクになると更新期限が三年もあるところはメリットが大きいなと思う。


「はぁぁぁー……」

「どうしたんだね、マグノリアお嬢様。辛気臭い溜息ばかり吐いて」

「あ、魔導具師のメイソンさん……」


 隣に腰掛けたのは、かつては王都で魔導具師として第一線で働いていたというご老人だ。歳を取ってから都会の人の多さが嫌になり、十年ほど前にラインワース子爵領に越してきた。

 メイソンさんが指導してくれたおかげで、銀細工職人だったご老人たちが魔導具師にジョブチェンジ出来たのである。


「何か悩み事かね?」

「あ、えっと、……はい」


 無表情で不愛想な私でも、長年見ていれば領民も見慣れるのだろう。冒険者として魔物を討伐するようになってからは、レア素材のこともあって、挨拶だけではなく世間話をしてもらえるようになった。


 けれど、叔父様から従兄と結婚しろと言われているだなんて、話してもいいことなのかな?

 でも、領主の結婚だから領民にも関わることだし……。


 なかなか口を開かない私に、メイソンさんは苛立つことなく「ゆっくりでいいから話してみなさい」と言ってくれる。

 メイソンさんの気遣いが目に染みて、泣きそうだ。たくさんの人の目のある広場で泣くなんて、女領主として舐められてしまうのに。

 私は涙が零れ落ちないよう、慌てて口を動かす。


「と、友達の話なのですが……!」


 言ってから、私に友達が一人もいないことなど全領民が知っていることに気が付く。

 けれどメイソンさんは「……ほう」と素知らぬ顔で相槌を打ってくれた。


「友達は、お金遣いの荒い親族と暮しているのですが、自分が成人したら屋敷から親族を追い出そうと考えていたんです。でも、叔父様が従兄と結婚しろと言って、これからも家のお金を使われてしまいそうで……」


 話しているうちに悲しくなってきて、私は下を向いてしまった。


「……なんと酷い話だ、マグノリアお嬢様。お可哀想に」

「あの業突く張りのオジサン、マグノリアお嬢様が成人してもたかれるように従兄のバーネルと結婚しろって言ってるの? 信じられない! そんな結婚は了承しちゃダメですよ、お嬢様!」

「そうじゃ、そうじゃ! あんな馬鹿どもが領主一家となって大きな顔をするようになったらと思うとゾッとする! マグノリアお嬢様のためにもワシらのためにもなりませんぞ!」


 気が付くとメイソンさんのほかに、冒険者ギルドの受付のお姉さんや広場の周辺にいたお年寄りたちが集まっていた。

 若い人たちはどんどん王都に流出してしまったので、ラインワース子爵領の高齢化率はものすごく高い。もう十年も経てば限界領地になるだろう。

 そして受付のお姉さんは便宜上『お姉さん』と呼んではいるけれど六十代くらいのマダムである。


 彼らは私の友達の話、いや、もうすっかりバレて、私の話に怒ってくれていた。

 視界がうるうるしてしまう。表情は動かないのに。


「マグノリアお嬢様、いっそ爵位と領地を王家に返還したらいかがですか?」

「王家に返還……?」


 メイソンさんの提案に、私は首を横に傾げる。


「マグノリアお嬢様はすでに冒険者として名を馳せておりますし、領主として経理や事務仕事も出来る。あなたなら平民になってもしっかりと暮していけるでしょう。それとも、マグノリアお嬢様は爵位や領地に思い入れがありますか? 亡くなられたご両親の跡を引き継いでいるわけですし」

「いえ。私が爵位や領地を手放しても、天国の両親は許してくださると思いますけれど……」


 もともと未来のない領地だ。私の代で王家に返還しても構わない。

 メイソンさんの言うとおり、平民になっても私一人なら食べていくことは出来ると思う。

 でも、残される領民たちの生活が不安だった。


「私がレア素材を手に入れて来ないと、メイソンさんたちが困ってしまうのではないですか……?」

「我々のことを気にしてくださっていたのですか?」


 メイソンさんは驚いたように目をまるくした。

 受付のお姉さんやほかのお年寄りたちが笑い出す。


「大丈夫ですよ、マグノリアお嬢様。お嬢様が高ランク魔物を討伐しまくってくださったおかげで、あと五十年は枯渇しないくらいのレア素材が職人たちの手に渡っていますから」

「ははは! レア素材がなくなるより先にワシらのほうが死にますわ! お嬢様のおかげでだいぶ稼がせていただきましたしな。貯金もガッポガッポで、この間孫にたくさんお小遣いを送りましたわ!」


 そ、そうなのかな? 私、そんなにいっぱい魔物を討伐していたっけ?

 私一人が貧乏な間に、領民は豊かになっていたのね。確かに税収はずいぶん前から黒字だったけれど……。叔父様たちに勝手に使い込まれて、補填しまくっていたから……。


 でも、そっか……。爵位と領地を返還しても、領民は大丈夫なのね……。

 むしろ私が領主をしているより、王家から代官を派遣してもらったほうが、災害や未曾有の危機に瀕した時に国に助けてもらいやすいし。


「分かりました。爵位と領地返還について、王家に相談してみます」


 決めた。私はラインワース子爵領の最後の領主になる。

 私の代できちんと幕を閉じよう。


 これでもう領地の未来を憂うこともないし、叔父様もさすがに平民になった私にバーネルお兄様と結婚しろなんて言わないだろう。

 私の気分はもうすっかり晴れやかだった。顔は無表情だけれど。


 私はメイソンさんたちにお礼を言って、明るい気持ちで屋敷に帰った。


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