39:いつか、魔導人形をやめる日
領地視察も滞りなく進んで行く。
デボラ王妃殿下の熱い希望でガラス工房を見学したり、孤児院や医療施設などにも足を運んだ。
王族の姿を見る度に領民たちが歓声を上げたが、騎士や冒険者の誘導のおかげで大きな混乱は起きておらず、イセル坊ちゃまもアリーヤ王女殿下も終始楽しそうなご様子だ。妖精も大人しくしているので、周囲に姿がバレることもなかった。
次は美しい噴水がある広場に立ち寄る。
周辺には様々な高級店が連なっていて、王侯貴族がお買い物をするにはぴったりの場所だ。
さっそく、アリーヤ王女殿下がガラス細工のお店に目を止めた。
「ショーウィンドウにかざられている、ひよこのおきものがとってもかわいいです。おかあさま、わたくし、ぜひこのおみせにはいりたいですわ。イセルもそうおもうでしょう?」
「うんっ。いろんなどーぶつ、いっぱいキラキラで、きれぇなの」
「あら、とても素敵なお店ね。オリバー、このお店に立ち寄りたいのだけれど、いいかしら?」
「畏まりました、デボラ王妃殿下。店主から入店許可を取ってまいります。護衛に店内の安全確認をさせますので、少々お待ちください!」
「よろしくお願いね」
オリバー様と護衛二名が、ガラス細工のお店に入っていく。
私はイセル坊ちゃまのお傍に控えていた。
イセル坊ちゃまはアリーヤ王女殿下と並んで、ショーウィンドウに飾られた可愛らしいガラスの置物に目を奪われている。
瞳の中にまでガラスの反射が映り込んで、黒いお目めがキラキラだわ。なんて可愛らしいのかしら。
イセル坊ちゃまの愛らしさに和んでいると、デボラ王妃殿下に声をかけられた。
「ごきげんよう、マグノリアさん。今日はなかなか話しかけるチャンスがなくて。ようやく挨拶が出来て嬉しいわ」
「ごっ、ごきげんよう、デボラ王妃殿下。私などに気にかけていただき、たいへん光栄です」
王妃がよその子守り係に率先して話しかけるなんておかしいから、タイミングを見計らっていたみたい。
デボラ王妃殿下がにっこりと微笑む。
私は相変わらず、スン……とした無表情しか出来ないのに、デボラ王妃殿下はあまり気にしていないようだ。器が大きい方だわ。
「フィンドレイ公爵領はとてもいいところね。先代の頃はいろいろ批判もありましたけれど、代替わりしてからは領民の表情も明るく見えるわ。公爵が尽力されているのね」
「私は、以前の公爵領については噂でしか知りません。ですが、今の公爵領はとても素晴らしい場所で、フィンドレイ公爵様もとても素晴らしい御方です。……私はこの場所が大好きです」
「あら、そうなの」
デボラ王妃殿下は私の言いたいことを正確に察して、首を傾げた。
「それは、あなたの元領地よりも? 女官の道は選ばなくていいの?」
「元領地のことは、嫌な思い出もあるけれど、両親との大切な思い出もたくさんあって、嫌いになんかなれません……」
他人と話すことは苦手だけれど、なんとか自分の気持ちを正確に伝えようと、必死に言葉を選ぶ。
「女官のほうが、もしかしたら自分に向いているかもしれません。王妃殿下がおっしゃっていたように、魔導人形のフリなんていつまでも続けられるはずがありませんし……。でも、今はここにいたいのです。フィンドレイ公爵家が好きだから」
「あら。じゃあこれからも魔導人形だと、大好きな周囲の人々を騙し続けるつもりなのね?」
「いいえ」
好きだから、ここにいたい。
でも、好きだからこそ嘘を吐きたくない。
単純に良心の呵責だけじゃなくて、私の心が、フィンドレイ公爵家の人々に誠実でありたいと願っている。
「ですから、期限を区切ろうと思います」
「期限?」
「オウカ神聖王国の件にケリをつけて、イセル坊ちゃまの身の安全が確保されたら。私はフィンドレイ公爵家を退職します」
オウカ神聖王国のことは私がいつか絶対にケリをつける。聖王ランドルフだって、頑張ってボコボコにする。
それでイセル坊ちゃまのことに憂いがなくなったら。フィンドレイ公爵家の皆様に、これまでのことを謝罪しましょう。特に、フィンドレイ公爵様の忠誠を裏切ったことをきちんと謝らなくちゃ。
そして、責任を取って退職する。
人間のマグノリアに戻ったら、官吏試験を受けて、女官として元ラインワース領に派遣してもらいましょう。
「だから、それまでは……っ。どうか私のことを見逃してください……っ!」
私が深くお辞儀をすると、デボラ王妃殿下は深い溜息を吐いた。
「……マグノリアさんって、本当に可哀想なくらいばかよねぇ。ばかな子ほど可愛いって言葉の意味が、少しわかっちゃったわ」
デボラ王妃殿下はそう言って、困ったような微笑みを浮かべた。
「前にも言ったけれど、わたくしや陛下から、あなたの嘘をフィンドレイ公爵にバラす気はないわ。もう、あなたは気が済むまで存分に自分の人生を足掻きなさい。そしてあなたが区切った期限が来たら、必ず王城に来なさいね。ネルテラント王家は優秀な人材をいつでも待っていますから」
「うっうっうっ……! ありがとうございます、デボラ王妃殿下……!」
「ちょっと、無表情のままボロボロ泣かないで。本当にあなたの表情筋はどうなっているの……?」
相変わらず呪いの人形みたいにしか泣けない私の顔を、デボラ王妃殿下はハンカチで拭ってくださった。
自分が言いたいことを、どうにか伝えることが出来てホッとする。
そろそろ安全確認も終わって、店内からオリバー様たちが出てくる頃かしら、と顔を上げると。
「ようやく見つけたぞ、マグノリア!! こんなところまで逃げおって!!」
なぜか、広場に叔父様が現れた。
後ろにはバーネル兄様や叔母様の姿もあり、三人はカンカンに怒っている様子だった。




