37:仮眠室
フィンドレイ公爵様に連れて行かれたのは、執務室の隣にある仮眠室だった。
仮眠室の掃除は侍女長が直々に行っているので、私も入ったことがなかった。思わずキョロキョロと見回してしまう。
仮眠用のシンプルなベッドに、これまた、うたた寝用と思われる揺り椅子、そして小さなテーブルとガラス戸棚がある。ガラス戸棚の中にはお茶の道具がしまわれていた。
公爵様の仮眠室とは思えないほどシンプルで、私は驚いた。
けれど、とても居心地がいい。
「どうした、マグノリア? これはなんだか……意外そうな表情か?」
相変わらずフィンドレイ公爵様は、私の無表情から微妙な違いを読み取った。
「も、申し訳ございませんっ。ただ、実用性を重視している部屋だな、と……」
「あぁ。ここは元は歴代公爵の肖像画が飾られていた部屋でな。気味が悪かったから肖像画を移動させたんだ。その後、私室に戻るのも面倒な時があって、ベッドを運ばせたり、お茶の道具を持ち込んでいたりしたら、このような感じになった」
「まだ発展途中なのですね」
「次はハンモックでも導入しようか悩んでいるところだ」
「とても素敵です」
フィンドレイ公爵様はガラス戸棚から、お茶の道具や魔導コンロを取り出す。
「フィンドレイ公爵様、お茶なら私がお淹れします」
「きみは休憩だ。その揺り椅子にでも座っていろ。心配せずとも、お茶くらい自分で淹れられる。私は元々はゼオン兄上の補佐として育てられたのだからな」
「……承知いたしました」
私は諦めて、言われた通りに揺り椅子に腰かけた。ゆらゆらと揺れて座り心地がいい。
フィンドレイ公爵様はこちらを見て、「魔導人形には分からないかもしれないが、なかなか眠気を誘う椅子だろう? 数十分程度の睡眠には、その揺り椅子を使っているんだ」と柔らかく目を細めた。
「私ばかり飲食するのは心苦しいな。そうだ、きみにも新しい魔石をやろう。交換するといい」
「いっ、いえっ! まだ交換しなくても平気です!」
「だが、ほかの者たちがきみから奇妙な音が聞こえたと言っていただろ? 万一のこともあるから、早めに交換するといい」
王城へ向かう際にいただいた魔石のブローチは、今も着けているのだけれど。
ブローチを使うのはなんだかもったいなくて……、というか、どうやって魔石の交換をして見せればいいの……???
「ほら、この魔石を使うといい。ブローチの魔石は非常用に取っておけばいいだろう」
「えっ? 公爵様、まさか魔石を持ち歩いていらっしゃったのですか?」
「最近は普段から持ち歩くようにしている。マグノリアに何かあったら大変だからな」
フィンドレイ公爵様は優しげな顔つきになる。
こ、この状況で魔石を交換しないなんて、私には無理だわ……。
本当にいったいどうすればいいのかしら……???
あっ、そうだわ!
昔、お友達がほしくてたまらなかった頃に、両親が『これが出来れば人気者になれるはずだよ』って、手品を教えてくれたことがあったわ! ついに披露する時が来たのよ、マグノリア!
「では、ありがたく頂戴いたします」
妙にワクワクした表情でこちらを注目している公爵様の期待を裏切らないよう、私は魔石を口に放り込むフリをして、ブラウスの袖口に隠した。
「なるほど。そうやって魔石を入れるのか」
「……はい」
「古いほうの魔石はどうやって取り出す……。いや、失礼なことを言ってしまったな。忘れてくれ、マグノリア」
「あ、はい」
魔石を口から入れるのだから、出すほうは……、と考えて追及をやめてくれたのでしょう。
私もこれ以上嘘を塗り重ねるのは心苦しいので、質問が終わってよかった。
暫くすると魔導コンロでお湯が沸いた。
フィンドレイ公爵様は実に丁寧な手つきで紅茶を淹れる。
ご本人がおっしゃっていたように、お兄様のサポートが出来るように努力した跡が見えた。
草いきれの匂いが部屋中に心地良く広がり、フィンドレイ公爵様は淹れたばかりのお茶を持って、ベッドのほうへ向かった。揺り椅子を私が使ってしまっているからだろう。
フィンドレイ公爵様はそのままベッドに腰を掛けて、お茶を飲んだ。
なんだかこうしていると、フィンドレイ公爵様がただの若い男性に見えてくる。
運命に翻弄され、もともと目指していたのとは違う道を歩くことを余儀なくされて、日々のしかかる重責に疲れた、ただの男性に。
まるで人生に悩んでばかりいる私に、近い存在みたいに見えた。
「……フィンドレイ公爵様は、自分の人生が嫌にならないのですか?」
ふと、私の口からとんでもない台詞が零れた。
待ってぇぇぇ!!? いくら自分の将来について悩んでいるからって、とんでもなく失礼なことを言っちゃったわ!!?
フィンドレイ公爵様の人生って最悪ですよね、って言っているようなものじゃない、それぇぇぇぇ!!!
私のばかばかばかばかぁぁぁぁ!!!
……もう消えたい。今すぐチリとなって、空気に溶けて消えたい……。
自分の発言に無表情のままフリーズしていると、フィンドレイ公爵は怒りもせずに答える。
「まぁ、そこそこ」
「……そこそこですか」
「冷酷な父上に、男狂いの母上に、破天荒な兄上が身内だったからな。もう少しマシな家庭環境だったらと思ったことはある。だが、そんなタラレバを考えてもキリがない。目の前の仕事を一つでも多く終わらせるほうが有意義だ」
……あぁ、この方は自分の人生から逃げずに戦っているのね。すごいなぁ。
フィンドレイ公爵様だけじゃない。
イセル坊ちゃまだって、つらい目に遭っても、努力して声を取り戻した。ブランクのためにまだきちんと発音出来ない単語もあるけれど、毎日精一杯頑張っている。
きっと、オリバー様や家令や侍女長や、ほかの方々も、自分の人生から逃げずに今日を生きている。
魔導人形だなんて嘘を吐いて、人としての責任から逃れて、自分の人生と向き合うことに怯えている私とは、全然違う。
近い存在なんかじゃない。ずっとずっと神々しい。
私は眩しい思いで、フィンドレイ公爵様を見上げた。
「それに最近、私の人生は少し自由になってきたぞ」
「……そうなのですか?」
「ああ。イセルが後継者になったおかげで、私が無理に結婚する必要はなくなった。さらに、非常に優秀な魔導人形も我が家にやって来てくれて、楽が出来るようになってきた。……だからあまり無理はするなよ、マグノリア。きみが壊れたら私も困るんだ」
「……はい」
あぁ、私、人間が怖くてたまらないと思っていたけれど。デボラ王妃殿下のおっしゃるとおり、叔父様に怒鳴られることが怖かったんだわ。
そういえば前にイセル坊ちゃまと妖精と街へ出かけた時に、フィンドレイ公爵様に怒られることよりも失望されることに怯えていたっけ。
私はお友達を作ることに憧れた子供の頃のまま、今もまだ、人の輪に入れたらいいと願っている。
そして、イセル坊ちゃまやフィンドレイ公爵様、オリバー様や使用人の皆さんの輪の中に、私もいたいんだ。
だから女官になることにモヤモヤしていたのね……。
自分の気持ちに気が付いて胸を押さえていると、仮眠室の扉が慌ただしく開いた。
家令がメイソンさんからの手紙を握りしめて、絶望に顔を歪ませている。
「テオドール様! やはりダメです! メイソン氏の文字がまったく解読出来ません! マグノリアの取扱説明書が……!」
「そうか。マグノリアにはとりあえず魔石を交換させたから、あとは時間を置いて様子を見よう。それでもマグノリアの調子がよくなかったら、メイソン氏に修理をお願いするしかないだろう」
……半日くらい経ったら、『おかげさまで完全復活しました』と皆さんに謝罪参りをしないといけないわね。
フィンドレイ公爵様と家令に「引き続き休むように」と言われて、私はやっぱり、この公爵家が大好きだと思ってしまった。
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