34:王城のお茶会④
「あははははは! いやぁ、もう、本当におかしいったらないわ! いつも澄ましているフィンドレイ公爵が、ドヤ顔で魔導人形だなんておっしゃるなんて! でも仕方がないわね? わたくしも、陛下たちのお話を横で聞いてなかったら、あなたが魔導人形だって信じてしまうところだったわ、マグノリアさん?」
別室に連れて行かれた後、デボラ王妃殿下はお腹を抱えて笑い出した。先ほどの分だけでは笑い足りなかったのでしょう。
私たちに同行してきた黒縁眼鏡の代官は、デボラ王妃殿下とは対照的に、呆れたような表情でこちらを見ている。
「ふぃ、フィンドレイ公爵様は何も悪くありません!! すべて私のせいなんです!! 嘘を吐いて本当に申し訳ございませんっっっ!!!」
王家に嘘を吐くなんて最低だわ。
フィンドレイ公爵様にも申し訳なくて、泣けてくる。
忠誠を誓ったのに、私のせいであの方に嘘を吐かせてしまった……。
本当は人間なのに、魔導人形だと偽るだなんて犯罪だわ。
……いや、これっていったい何罪にあたるのかしら?
嘘を吐いて相手の金銭や財産を騙し取ったなら詐欺罪だし、事実と異なる説明で商品を売りつけたら商取引の違反になるけれど。
やっぱり詐欺罪かしら? 高価な魔石を三つもいただいちゃったもの……。
でも、私の仕事内容が今は子守り侍女と護衛と領主の補佐になっているから、お給料の相場を考えると別にそこまでもらい過ぎというわけでもないような……? Aランク冒険者を専属で雇っていると考えれば、むしろかなりお安い……?
いえ、だめよ、私!! 嘘を吐いている分際で、自分の罪を軽く考えちゃいけないわ!!
悪いのは、まともな人間として生きられない私なんだもの!!
とにかく私はしゃがみ込み、床に頭を擦りつけるようにしてデボラ王妃殿下に謝罪する。
「いいわよ、いいわよ、そんなくだらない嘘で謝らなくても! 陛下もびっくりしてたけれど、怒ってはいないわ! あははははっ、……はぁ。笑い疲れちゃった。さて、マグノリアさん、魔導人形の件も面白過ぎてすっっっごく気になるけれど、先にお話ししたいことがあるの。あなたがラインワース子爵家を引き継いでいた間のことよ。ちゃんと立ち上がって、ソファーまで移動してくださる?」
「は……、え……? 過去の領地経営に何か問題でもあったのでしょうか……?」
デボラ王妃殿下魔導人形のフリをしている件ではなく、元ラインワース子爵領の話がしたかったらしい。
だから代官がこの場にいるのね。
「領地経営のほうではないわ。もともと限界領地だったのに、マグノリアさんは若いながらよく頑張ったわよ。そうではなくて、あなたの後見人が越権行為をしていたんじゃないかという告発があってね」
「後見人……、叔父様ですか?」
「まぁ、とにかく座ってちょうだい。代官が説明するから」
私はデボラ王妃殿下に促されて、ソファーセットのほうへ移動した。
▽
どうやら平民の叔父様が後見人として出来ることは身上監護だけで、子爵家の使用人を解雇したり、財産の使い込みは越権行為だったらしい。
それらのことは家令のルパートが補佐する予定だったそうだ。
なんだ……。そうだったのね……。
代官からの詳しい説明を聞いて、長年自分に重くのしかかっていた苦しみが、疲労感に変わる。体が脱力して、両肩が下がってしまう。
「それで、マグノリアさんはどうしたいかしら?」
「どうしたい、とは……?」
デボラ王妃殿下の問いかけに、私はどうにか顔を上げる。
「もちろん、あなたの叔父とその家族は見つけ次第、こちらできちんと処罰するわ。安心してちょうだい」
「……はい」
「私が聞いているのはマグノリアさんの今後のことよ。あなた、従兄と結婚させられるのが嫌で爵位を返上したのでしょう? 代官が領民からそう聞いたらしいわ」
チラリと代官のほうへ視線を向けると、彼は黒縁眼鏡のフレームに手を当てながら「きちんと聞き取り調査をいたしました」と頷く。
どうやら私の知らないところで、たくさんお世話になってみたいだわ。代官に感謝の気持ちを伝えておく。
「被害者のマグノリアさんのために、ラインワース子爵家を再興させることも出来るわ。でも、限界領地には変わりないから、結局あなたは難しい領地経営をしなければならないのだけれど」
「…………」
「ほかにもう一つ方法があるの。マグノリアさんが王城の官吏試験に合格して、女官になること。これなら代官として元ラインワース子爵領に派遣することが出来るわ。領地の税収が赤字になっても王家の予算で補填します」
元ラインワース子爵領に戻れば、またあの長閑な田舎で、私のコミュ障を理解している領民たちと一緒に暮せる。魔導人形なんて愚かな嘘を吐かずに、人間として。
ラインワース子爵家の再興ではなく女官の道を選べば、税収の赤字も気にしなくていい……。
「それとも、フィンドレイ公爵家での仕事を続けたい? そもそもどうしてマグノリアさんが魔導人形として働くことになったのかしら?」
「あっ、えっと、それは……っ」
私は子守り用魔導人形として働くことになった経緯を説明する。
するとデボラ王妃殿下は再びお腹を抱えて笑い出し、代官も苦笑いを浮かべた。
「それならますます、元子爵領へ戻ったほうがあなたも気が楽じゃないかしら?」
「…………」
でも、今はイセル坊ちゃまのお傍を離れたくないわ。オウカ神聖王国のことが心配だもの。
フィンドレイ公爵様もよくしてくださるし、オリバー様も私のサポートをしてくれている。
別に今のままでも……。
「あら。案外居心地がいいみたいねぇ」
「……はい」
「でも、魔導人形のフリなんて、いつまでも続けられないでしょう? いつか絶対ボロが出て、問題になるわ」
……すでに、オリバー様にもイセル坊ちゃまにも妖精にもバレている。
国王夫妻や代官も、なんなら冒険者ギルドの関係者だって、私が人間であることを知っている。
とうに私はボロが出ていた。ボロボロだった。
きっといずれ、フィンドレイ公爵様にも、ほかの使用人たちにも、私の愚かな噓はバレてしまうのでしょう。
人間だとバレてフィンドレイ公爵様に嫌われてしまう前に、屋敷から姿を消してしまったほうがいいのかしら……?
さいわい、こうして王妃殿下が新しい道を示してくださっているし……。
でも、どうしてこんなに胸が苦しいのでしょう?
「……あの、まだ、考える時間をいただけませんか? 急なお話でどうしたらいいのか、……わかりません」
「それもそうね。返事はまた今度でいいでしょう。マグノリアさんの居場所もわかったことですし。陛下に伝えておきますわ」
「ありがとう存じます」
私に伝えたい話は終わったようで、先ほどの部屋へ戻ることになった。
「でも、話すことが苦手で人間が怖い、ねぇ……」
廊下の途中で、デボラ王妃殿下がふと口にする。
「わたくしはむしろ、マグノリアさんくらいポーカーフェイスが上手になりたいと思うけれど。貴族社会なんて腹の探り合いだもの。すごく便利よ、あなたの顔は」
私の無表情が羨ましい……?
そんな人がこの世にいるのかと、びっくりしてデボラ王妃殿下を見つめてしまう。デボラ王妃殿下は「本当に全然表情が変わらないわね。羨ましいわ」と微笑んだ。
そうか。デボラ王妃殿下なら、無表情さえ自分の長所にすることが出来るのでしょう。素晴らしい話術を用いて。
むしろ短所にしかならない自分の出来損ないっぷりにへこんでしまう。
「まぁ、自分の顔をどう思うかは、あなたの自由なのだけれど。わたくしはあなたのこと、お人形のようで綺麗って思うわよ」
「あ、ありがとう存じます」
私がお礼を伝えると、デボラ王妃は幼い子供を見るような目で私を見つめた。
「マグノリアさんの事情を考えると、あなたが本当に怖いのは、怒鳴られることのような気がするわ。そうでなければ、魔導人形のフリをしてまで人間社会に居場所を作ろうとは思わないのではないかしら」
「……そう、なのでしょうか?」
「まぁ、わたくしは適当に言ってみただけで、あなたの気持ちはあなたにしかわからないものなのだけれど。でも、まだ他人に対して期待や憧れを持っているみたいに感じるわ」
デボラ王妃殿下がポンと私の肩を叩く。
「とにかく、フィンドレイ公爵にはあなたが人間だってことは黙っていてあげるから、身の振り方に付いてよく考えてちょうだいね」
「は、はい……っ」
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