31:王城のお茶会①
王都に足を踏み入れるのは、両親が生きていた頃以来だ。
お父様が王城や仕事関係者のもとに行っている間、私はよくお母様に王立図書館へ連れて行ってもらった。入館料が無料なので、貧乏貴族にはたいへんありがたい場所だったのである。
お昼は中庭で持参したサンドイッチなんかを食べて、夕方まで読書をして(お母様は内職のレース編みをしていた)、お父様が迎えに来ると、親子三人で散歩をしながらタウンハウスに帰った。
胸の奥が温かくなる、優しいやさしい記憶。
たまに下級貴族のお茶会へ出席することもあったけれど、さすがに王城のお茶会は初めてだわ。
緊張で心臓がバクバクして、口から出そう……。
イセル坊ちゃまと妖精を馬車に乗せていると、フィンドレイ公爵様が玄関前に現れた。
フィンドレイ公爵様も普段以上に隙のない正装をしていて、まるで美術品のようだ。近づき難いオーラを放っている。
けれど馬車までやって来ると、私に向けて不器用そうな笑みを浮かべた。
「新しいお仕着せもよく似合っているな、マグノリア」
本日は王城に上がるので、イセル坊ちゃまはもちろんのこと、私の身だしなみもばっちり整えられている。
お仕着せはいつもより上質な生地で、襟元に綺麗なリボンがついているし、エプロンの裾にも繊細なレースが縫い付けられている。私が令嬢だった頃に着ていたドレスよりも高そうだわ。
もし汚したらと思うと、ますます緊張してしまう。
「……ふぃ、ふぃふぃふぃフィンドレイ公爵様。恐縮です」
「なんだ? 不具合か?」
フィンドレイ公爵様はガチガチになっている私の顔を覗き込み、心配そうに言った。
「じっ、人工頭脳に王城での振舞い方を学習させたばかりで、少々負荷がかかっていまして……っ」
適当なことを言って誤魔化そうとすると、フィンドレイ公爵様が「ならば丁度いいな」と、上着の内ポケットから何かを取り出した。
「これはいざという時のお守りだ」
「え……っ? これは……魔石のブローチですね」
「マグノリアの花を象ったデザインにした」
フィンドレイ公爵様が言うように、マグノリアの花の形をしていた。花の中心に、小粒だけれど質の良い魔石が埋め込まれている。
「とっても綺麗です……」
いざという時のお守りとは、『燃料切れになる前に使いなさい』という意味だと思う。
でも、オリバー様が味方になってくださったので生活が向上した(王都までの道中もタウンハウスでも、オリバー様のおかげでなんとか魔導人形生活を送れている。本当にオリバー様は神様だわ)。
銀行にも前の魔石を売ったお金がたくさん残っているので、当分はブローチの魔石を売る必要はなかった。
「この間も魔石をいただいたばかりですのに。またいただいてもよろしいのでしょうか?」
「あぁ、もちろん構わない。マグノリアは忍者を捕まえたり、オウカ神聖王国の情報を集めたり、こうして王都まで同行してくれている。働き者の魔導人形への労いだ」
……じゃあ、普通にブローチとして使ってもいいのかしら?
年頃の少女らしいことを考えて、胸をドキドキさせていると。
公爵様が、ブローチを見つめたまま固まっている私を見かねて、声をかけた。
「マグノリア。顔を少しあげろ」
「は、はい」
フィンドレイ公爵様は、私のブラウスにブローチを留めてくださった。
「……ありがとうございます、フィンドレイ公爵様。お守りのおかげで、いつでもどこでも大丈夫です」
「ああ。緊急事態に魔石を使ってくれ」
なんだか少し、緊張がほぐれたような気がする。公爵様のおかげだ。
「さて、そろそろ王城へ出発するか」
「はいっ」
▽
王城に着くと、王族の居住スペースがある最奥部へと案内される。
案内役の後ろにはフィンドレイ公爵様、イセル様、オリバー様、そして私が続く。
妖精はあまり多くの人に見られないほうがいいので、イセル坊ちゃまが羽織っているケープの中に隠れていて、今は姿が見えない。
「フィンドレイ公爵様。こちらのお部屋でお待ちください」
「案内ご苦労だった」
煌びやかな場所にはフィンドレイ公爵家でずいぶん慣れたと思っていたけれど、やはり王城は別格だった。
案内役が開けた扉の向こうには、豪奢なシャンデリアがぶら下がる広い応接室があった。磨き抜かれた大きな窓ガラスや、重厚な雰囲気のソファーやテーブル、そしてさらに壁にかけられた絵画や美術品の数々に圧巻される。
わぁぁぁ……、どれもこれも美術書で知っている作品ばかりだわ。そういえば王家所蔵だったっけ……。
フィンドレイ公爵様とイセル坊ちゃまが仲良くソファーに座り、私はオリバー様と並んで壁際に控える。
お茶やお茶菓子のサーブは王城侍女の仕事なので、今日はただイセル坊ちゃまのサポートに徹するのだ。
暫く待っていると部屋の扉が開き、美男美女カップルが現れた。二人の間には小さな女の子がいる。
「やぁ、待たせたね、テオドール。ようこそ王城へ」
「お会いしたかったですわ、フィンドレイ公爵。さぁ、アリーヤも挨拶をしてちょうだい」
「はじめまして、フィンドレイこうしゃく。おうじょのアリーヤともうします」
「クリストファー国王陛下、デボラ王妃殿下、ご機嫌麗しく。アリーヤ王女殿下、お初にお目にかかります。テオドール・フィンドレイと申します。五歳とは思えないほど、賢く美しい御方だと聞き及んでおりました。お噂通りですね」
「まぁっ! ありがとうぞんじます……」
まっ、まぶしいわ……!
ロイヤルとノーブルの会話があまりにもキラキラしていて、私は気持ち目を細めてしまう。
半年くらい前まで私も貴族の一員だったなんて、今では信じられない気持ちだ。
「イセル。挨拶をしなさい」
「…………」
イセル坊ちゃまはなぜか、大好きなフィンドレイ公爵様から逃げて、私のほうへと駆けてきた。
坊ちゃまは私の後ろに隠れて、お仕着せのスカートをぎゅっと掴む。
「……イセル坊ちゃま。もしかして恥ずかしくなってしまわれたのですか?」
「……うん。たすけて、マグぅちゃん……。ぼく、はずかしいの……」
イセル坊ちゃまはそう言いつつも、アリーヤ王女殿下をチラチラと見つめている。
横にいるオリバー様が指でハートを作り、『もしかしてイセル坊ちゃまはアリーヤ王女殿下にフォーリンラブしちゃったんじゃない??』と、こっそり指摘してくる。
対人関係が死んでいる私は、もちろん恋愛にも疎いので、オリバー様の指摘が正しいかどうかわからない。ただ、イセル坊ちゃまがアリーヤ王女殿下と仲良くなりたいと思っているのはわかった。
だって、私もそうだった。
同じ年頃の子供たちが参加するお茶会で、誰かとお友達になれたらいいなって思うのに、全然話しかけられなかった。恥ずかしくてモジモジして、でも私の顔はいつだって無表情だったから、皆から怖がられた。
私はイセル坊ちゃまと目線を合わせるためにしゃがみ込む。
頬っぺたがいつもより赤くて、黒い瞳の縁がちょっと涙が滲んでいて、眉毛が困ったように下がっている。
恥ずかしいという感情をこれほど豊かに表情で表せるイセル坊ちゃまは、私とは全然違う。
きっと誰とだって打ち解けられるはずだわ。
「イセル坊ちゃまはアリーヤ王女殿下と仲良くなりたいのでしょう? それなら勇気を出してご挨拶してみませんか?」
「……うん」
イセル坊ちゃまは小さく頷くと、すぐにキリッと表情を切り替えて、フィンドレイ公爵様のもとへ戻る。……私のお仕着せを掴んだままだったため、私も自然とそちらのほうへ移動する羽目になったけれど。
「テオおじしゃまの、おいの、イしぇルです! はじめまちて!」
わぁ……! さすがはイセル坊ちゃま! 可愛らしい……!
イセル坊ちゃまのハキハキした挨拶に、アリーヤ王女殿下も「きょうはたくさんおはなししましょうね」とイセル坊ちゃまの手を握っている。
これで一安心だわ。
安堵した瞬間、イセル坊ちゃまがケープの中から妖精を取り出した。
「あのね、こっちはピヨンちゃんなの」
〈初めまして、人間の王女様。あたしは妖精のピヨンよ。イセルと仲良くしてあげてね〉
段取りでは、国王陛下が妖精を見たいとおっしゃってから姿を現す予定で、イセル坊ちゃまにも説明しておいたのだけれど……。
先にアリーヤ王女殿下に妖精を紹介したくなってしまったみたい。
イセル坊ちゃまは妖精を両手に乗せて、ニコニコしている。
「まぁ……っ! とってもかわいいっ! わたくし、ようせいとまじょのえほんがだいすきなの! ほんものにあえて、うれしいです! イセル、ピヨン、わたくしとなかよくしてくださいねっ」
アリーヤ王女殿下も大興奮だ。イセル坊ちゃまの両手に顔を近付けて、うっとりと妖精を見つめている。
「ピヨン様、僕たちからもご挨拶をさせてください。ネルテラント王国国王のクリストファーです。お目にかかれて大変光栄だ」
「王妃のデボラですわ。まさか妖精に会えるだなんて夢のようだわ。ピヨン様、ネルテラント王国はあなたを歓迎いたします。お好きなだけこの国に滞在してくださいね」
段取りは多少変わってしまったけれど、国王夫妻も妖精に挨拶する。
〈歓迎してくれてありがとう。でも、あたしはこの国ではなく、イセルを気に入っているから、傍にいるだけ。そのことは間違えないでちょうだい〉
「承知いたしました。王家はフィンドレイ公爵家と協力して、イセルを守り育てていく所存です」
〈そう。ならいいわ〉
ネルテラント王家は妖精の機嫌を損ねないために、イセル坊ちゃまの味方になることを決めた。
たぶん、どこの国でも妖精に気に入られた者が現れたら、そういう対応しか出来ないでしょう。国を滅ぼされたくないもの。
でも、イセル坊ちゃまにはオウカ神聖王国から狙われているという事情があって……。
これからフィンドレイ公爵様が国王陛下に説明して、協力を仰ぐのでしょう。
予定が狂って情報が後出しになってしまったから、国王陛下もびっくりするかもしれないわね……。
私がフィンドレイ公爵様と国王夫妻の横顔をチラチラ眺めていると、国王陛下が「アリーヤ。イセルとピヨン様と一緒に、暫く庭で遊んでいてくれないかな? フィンドレイ公爵と大人の会話がしたくてね」と王女殿下に声をかける。
「だいじなおはなしなのですね? かしこまりました。イセル、ピヨン、おにわへいきましょう。おおきなブランコがありますの。とってもおもしろいんですよ」
「ブリャンコ? ぼく、だいすきなのよ」
〈イセルが好きなら、あたしも乗ってあげてもいいわ〉
イセル坊ちゃまと妖精、アリーヤ王女殿下が庭へと降りていく。近衛騎士や王城の使用人たちも一緒に。
フィンドレイ公爵様がどんな説明をするのか気になるけれど、今は子守り係としてイセル坊ちゃまのお傍にいなくては。
フィンドレイ公爵様とオリバー様に目配せをしてから、庭に続くガラス扉に向かう。
その時、国王陛下からこんな台詞が聞こえてきた。
「さて、テオドール。イセルについて、いろいろ詳しく聞こうじゃないか。まずはあの髪と瞳の色から頼むよ」
「……承知いたしました。陛下」
……さすがは国王陛下。
イセル坊ちゃまがオウカ神聖王国の初代聖女の血筋であることを、一目で見抜いていたみたい。
この後の会話も気になるけれど、職務を全うすべく私は庭へ下りて、イセル坊ちゃまたちのもとへ向かった。




