30:王家からの招待(テオドール視点)
王家からお茶会の招待状が届いた。イセルも王城に連れて来るように、と書かれている。
どうやら王家は妖精を歓待したいようだ。人間が妖精相手にどうこう出来るはずもないので、せいぜいネルテラント国に良い印象を持たせたい、というところだろう。
「アーノルド、オリバー」
「いかがなさいましたか、テオドール様?」
「お呼びでしょうか、テオ様?」
「王家の茶会に出席することになった。イセルも一緒だ。暫し屋敷を空ける」
「かしこまりました。では支度を整えます」
「俺がテオ様に同行ですよね? では、護衛長のところに行って、道中の護衛について相談をしてきます!」
「あぁ」
家令のアーノルドは王都にあるタウンハウスへ手紙を送ったり、オリバーが退室したりと、慌ただしい雰囲気になる。
侍女長のフィリアも王都行きを聞きつけたらしく、執務室にやって来た。
「テオドール様。イセル坊ちゃまが王城に上がるのでしたら、マグノリアも同行させなければなりませんね」
「そうだな。イセルの外出着はいくつか用意してあるはずだが、マグノリアの衣装はあるのか?」
「マグノリアは子守り係なので、ドレスではなくお仕着せで問題ないかと思います。ですが、場所が王城ですから、普段のものより上質なものを用意させましょう」
「頼んだ」
「承知いたしました。……ふふふ」
「一体どうした、フィリア?」
いつも生真面目なフィリアが勤務中にこんなふうに笑うとは。なかなか珍しい。
夫であるアーノルドも不思議そうに彼女を見つめていた。
「マグノリアは魔導人形ですのに、外出着についてあれこれ考えるだなんて、まるで若い娘を気にかけてあげているようだと思ってしまいまして。なんだかおかしくて」
「……確かに。それもそうだな、ハハハ」
いや、マグノリアがいっそ人間の若い娘なら気にかけなかっただろう。
不仲な両親のせいで、私には元々結婚願望がなかった。
誰かと結婚しても、罵り合い、憎み合うだけの夫婦になることしか想像出来なかった。
そんな相手を持つくらいなら、一生独身で構わないと思っていた。
嫡男ではない私はそれが許される立場でもあった。
けれど、ゼオン兄上が家を出ていってしまったために、私が公爵家の跡取りとなってしまった。
面倒な立場を押しつけてきたゼオン兄上に一言文句を言ってやりたい気持ちにはなったが、恨んではいなかった。
ゼオン兄上が傍にいてくださらなければ、私があの両親のもとで歪まずに成長出来るはずもなかったから。
私はそのままフィンドレイ公爵家の後継者として振る舞った。
父上が自業自得で殺されて、母上も愛人に捨てられたことを苦に自殺して、望んでもいなかった公爵の椅子が早々に回ってきた。
両親の代で信用が地に落ちてしまった公爵家を、アーノルドたちに支えられながらなんとかここまで回復させた。
そんな私に熱い視線を向けてくる妙齢の女性は多かったが、私にはどうしても、彼女たちの手を取ることが出来なかった。
目の前で女性がどんなに美しい微笑みを浮かべていても、可憐な仕草や心優しい言動をしていても。
『いずれ私以外の誰かを一番にして、私を罵るのだろう。母上のように』
『そして私は父上のように冷酷な眼差しで妻を見つめ、別宅に押し込めるのだろう』
と恐れてしまう。
私はゼオン兄上のように毒親の呪いから自由になることも出来ず、アーノルドとフィリアとオリバーのような仲良し家族は作れない。どんなに彼らに憧れていても。
親というものは生きている間も死んだあとも、子供に様々な影響を与える。
それが悪影響だとわかっている場合でも、抜け出すのは容易ではないのだ。
公爵家のために跡取りを用意しなければならないのはわかっていたが、往生際悪く女性から距離を取っていた頃にやって来たのが、イセルだった。
イセルが現れたことによって跡継ぎ問題が消えた私は、もはや結婚をする必要がない。妙齢の女性に対して、礼儀以上のやり取りを考えなくていいのだ。
むしろ、相手に無駄な期待をさせないように『気にかけてはいけない』くらいだった。
だが、マグノリアは魔導人形なのでそういった配慮は必要がない。
自分の心に素直になって接していい存在だった。
「なんだか、新たに娘が出来たようで楽しいですわ」
「フィリアもか。私もマグノリアには何も気にせず構うことが出来て、存外楽しいと感じている」
「テオドール様はもしかすると、世話好きなのかもしれませんわね」
「私がか? それは盲点だったな」
そんなことを話していると。
当のマグノリアがイセルを連れてやって来た。イセルの頭には妖精が停まっている。
「フィンドレイ公爵様。少々お時間をください」
「ああ、構わないが」
どこか重々しい雰囲気を醸し出すマグノリアに、私は頷いた。
マグノリアの用件は、なんと、イセルの母親がオウカ神聖王国の廃聖女だという情報だった。
イセル本人の証言と、マグノリアが独自に入手したオウカ神聖王国の現状について話を聞き、私もフィリアもアーノルドも唸る。
「イセルを狙っている犯人は、聖王ランドルフの可能性が濃厚ということか……」
「捕らえた忍者に揺さぶりをかけてみてはいかがでしょうか、テオドール様?」
「それにしても、独自に情報を入手出来るだなんて凄いですな。やはりもう一体、魔導人形がほしいものです」
ちょうど護衛長との話が終わったオリバーも戻って話を聞いていたが、アーノルドの台詞を聞いた途端、乾いた笑みを浮かべた。
「ちょうどいい。王城に呼ばれているから、妖精の説明ついでに聖王に関する話もしてみよう」
「……フィンドレイ公爵様は王城へ向かわれるのですか?」
「私だけじゃない。イセルも呼ばれている」
「テオおじしゃま、ぼく、おしろへいくの?」
「ああ、そうだ。王城のケーキやお茶菓子もおいしいぞ?」
「わぁい! とってもたのしみ! マグぅちゃんもいくのよ!」
「私も……ですか?」
マグノリアは不思議そうに小首を傾げている。
メイソン氏は本当に芸が細かいな。魔導人形にこんな人間らしい仕草を設定するとは。
「もちろんマグノリアも同行だ。イセルの子守り係だからな」
「承知いたしました。……王城なんて初めてだから、緊張します」
後半の台詞を、彼女はボソッと呟いた。
「ハハハ。おかしなことを言うな。きみは魔導人形なんだから王城に行くのは初めてに決まってるだろ?」
そもそも魔導人形が緊張するはずもない。
もしかしたら彼女なりの冗談だったのかもしれない。
私が指摘すると、マグノリアは一瞬固まった。
「ソッ、ソウデスネ!? マドウニンギョウジョークデス……」
「賢くて戦闘力もあって情報収集も得意な上に、冗談も話せるとは。本当にきみは素晴らしい魔導人形だな」
私が手放しで褒めると、マグノリアは「……キョウシュクデス」と震える声で言い、イセルと妖精を連れて退室していった。
なぜかオリバーが頭を抱えていた。
▽
聖女サクラの名にちなんで国名を変えた経緯がある『オウカ神聖王国』だが、その文化や街並みは周辺国と大きく変わらない。
城壁に囲まれた小さな聖都には、石畳の道が敷かれ、煉瓦造りの家々が建ち並んでいる。
住まう人々はどこか暗い表情で働き、時折、ここからは見えない魔の山の方向に視線を向けた。
何かよくない予感はするのに、それを口に出してはいけない緊張感が国中を覆っていて、人々は結局うつむく。聖王ランドルフが間違えることなど一つもないのだと、思考を放棄した。
聖王ランドルフは聖都中央にある、白亜の城の玉座に腰掛けていた。
権威を示すためにゴテゴテとした飾りが彫り込まれ、黄金を塗りつけた椅子の座り心地は最悪であったが、聖王ランドルフは今日も柔和な微笑みを浮かべていた。
「……今、なんとおっしゃいましたか?」
「連絡が途絶えた上忍フジバヤシの足取りがわかりました。フィンドレイ公爵家に捕らえられている模様です」
忍集団の中でも上忍の位を持つ者が捕らえられたという報告に、さすがの聖王も口元が引きつった。
「まさか。我々の離間工作により、フィンドレイ公爵家は人材不足になっていたはずです。警備にも穴が出来るくらいに。その状況で上忍が捕まったのですか?」
「はっ。何やらフィンドレイ公爵家に、新しき魔導具が導入されたらしく……」
「新しい魔導具?」
優秀な人材を失った穴埋めは容易ではない。それを痛感している聖王にとって、フィンドレイ公爵家が今どれほど苦しい状況なのか想像に難しくなかった。
どうやって警備を強化したのか不思議に思っていれば、まさかの魔導具だという。
「精巧な人型の魔導具だそうです」
「人型!? そんなものが実用化されたのですか!? 私はこれでも最新型の魔道具をいろいろ知っているつもりですが、人型の魔道具なんて信じられませんね」
「報告書にはそう書かれているのですが……」
疑いの目を向けてくる聖王に、臣下は冷汗をかくしかなかった。
「もう一度調査をお願いします」
「畏まりました。調査員を増やしましょう」
退室していく臣下を見送ると、聖王ランドルフはすぐに笑顔を消した。
(人型魔道具の真偽はともかく、上忍が一人捕らえられたのは事実だろう。サブリナの息子をまだ手に入れることが出来ないとは、厄介だな……)
聖王ランドルフは窓の外に顔を向ける。
そこからも魔の山の状況は見えなかった。
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