3:無表情才女マグノリア②
悲しみに暮れる暇もなく領主の仕事を引き継いだ私のもとに、叔父一家――叔父様と叔母様と一人息子のバーネル兄様が現れた。
叔父様は十八歳で成人したあとはラインワース子爵家から出て、平民として暮していたのだけれど、『未成年の姪を放っておくことなど出来ない』と言って、屋敷に棲みつくようになった。
最初は優しい態度だった叔父様たちは、気が付けば家令のルパートを始め、多くの使用人を勝手に解雇してしまった。
みんな長年ラインワース子爵家に使えてくれた、怖がりだけれど優しい人たちばかりだったのに。もちろん私の家庭教師たちもだ。
私の味方が一人もいなくなると、叔父様たちは本性を現した。
両親の遺品や家財道具を好き勝手に使ったり、売り払ったり……。
このあたりのことはあまり思い出したくない。胸が押し潰されるように苦しくなるから。
それまで私は、他人に怖がられても『誰かと仲良くなってみたい』と思っていた。なんというか、人の持つ善性に憧れを持っていた。
でもこの時期に、そんな憧れや期待がぐちゃぐちゃになってしまった。
すべての人が叔父様たちのような悪意を持っているとは思わないけれど、私は他人が怖くてたまらなくなってしまったのだ。
叔父様は屋敷を好き放題するだけでは飽き足らず、王都に出掛けて高級品を買い漁ったり、観劇や高級レストランなどに通い始めた。
私宛に毎日請求書が届き、両親が残してくれた遺産は早々に食いつぶされてしまった。
新しい使用人も雇うお金もなくて、私は領主の仕事の傍ら、炊事や掃除や洗濯までしなければならなくなった。
もともと両親が残してくれた遺産は多くない。
かつてラインワース子爵領には銀鉱山があり、たくさんの鉱員やその家族がいて、彼らのために様々なお店があって栄えていた。
しかし祖父の代で廃坑となった。単純に銀が取れなくなったのである。
鉱員たちは家族を連れてほかの領地へ引っ越し、そうすると彼らをあてにしていたお店もどんどん閉店し、父の代では領民はもう半数以下になっていた。
だから私が知っているラインワース子爵領は、領民の多くが農業や畜産業に携わっていて、年老いた銀細工職人たちが今残っている銀で仕事をしているだけの、衰退した土地だった。
叔父様は廃坑が決まった直後に祖父から家を追い出された人なので、ラインワース子爵領の現状が分からないのだろう。祖父の頃のように羽振りのいい真似は出来なかったのに。
これ以上散財されるのは困るので叔父様に直談判をしたが、
「金が足りないのなら借りればいいじゃないか! お前の名義で! 私たちはお前を世話してやっているんだぞ!」
と怒鳴られた。
叔父様に怒鳴られるのが怖くて、叔父様と向き合うのが嫌で、口を噤んでしまった。もともと他人と上手く会話が出来ないし。
未成年の私には、後見人である叔父様を屋敷から追い出すことも出来ず、誰に相談すればいいのかも分からなかった。
もしかすると王家を頼れば良かったのかもしれないけれど、……後見人を替えてほしいと訴えたところで、話を聞いてくれるものなのかしら?
叔父様の次の後見人がまともとも限らないし。
せめて家令のルパートが残っていてくれていたらと、何度も泣いた。
そして幼かった私の結論は――冒険者になって稼ごう、というものだった。
冒険者ギルドに登録して、討伐した魔物を持って行けばお金に換えられることは知っていた。
以前、護身術の先生が「マグノリアお嬢様は身体強化がとてもお上手です。俺が教える技もどんどん覚えていくので、これはもう冒険者で食っていけますよ」と褒めてくれたのである。
私は早速ラインワース子爵領にある冒険者ギルドの小さな支店でギルドカードを作った。
受付のお姉さんは昔からの領民だったので、「小さい子供でも冒険者登録は出来ますけれど、それは薬草摘みとかのお小遣い稼ぎレベルなんですよ。マグノリアお嬢様、いくら領地経営が厳しいからって、収入の足しになるほど稼げませんよ?」と心配してくれた。
けれど私は断行した。
私は魔物に関する書物もたくさん読んでいて、それなりに詳しかったのである。その書物も叔父様に売り払われてしまったけれど。
私は冒険者デビューしたその日に、廃鉱山に棲みついていた一ツ目羆をソロ討伐した。Aランクの魔物なので、そこそこ強い冒険者でもパーティーを組んで討伐する魔物だったらしい。
受付のお姉さんはびっくりしていたが、無事に報酬をもらい、その月の支払いをなんとかすることが出来た。
叔父一家はそれからも変わらず贅沢三昧をして、私が冒険者として稼ぐという日々が続いた。
私は十三歳にして『殺戮人形』などという二つ名が付けられていた。
気が付けば銀細工職人たちが私が冒険者ギルドに卸したレア素材を買い求め、魔導具師にジョブチェンジしていた。
ラインワース領ではレアな魔導具が手に入るという口コミが広がり、買い求める人々が増えて、領地経営もなんとか黒字になってきた。私が冒険者として魔物討伐を続けられれば、今いる領民たちの生活はなんとかなるでしょう。
でも、私が死んだあとはレア素材が手に入らないので、結局は未来がない。
ラインワース領の今後を憂いたまま十七歳を過ぎた私に、先ほど叔父様が言ったのが『従兄バーネルと結婚しろ』である。
無理だわ。
私が成人したら、後見人である叔父様を追い出せると思っていたのに。バーネルお兄様と結婚したら死ぬまで搾取されてしまう。
バーネルお兄様と結婚したところで、領地経営を手伝ってもらえることはないでしょう。
一体どうしたらいいのかしら……。
「……とりあえず、金策のために魔物を狩ってきましょう。一つずつ片付けていけば仕事はいずれ終わりますから」
まずは今月の支払いを乗り越えるために、高額で買い取ってもらえる魔物を討伐しなくては。
私は冒険者服に着替えて、両手に愛用のガントレットを嵌めると、屋敷を出た。




