29:廃聖女サブリナ
イセル坊ちゃまが一生懸命に説明した内容をまとめると、サブリナ様は悲劇の女性だったらしい。
高い聖力を持って生まれたサブリナ様は、城にある聖堂で魔の山の結界に聖力を注ぐお役目を与えられていた。
……といえば聞こえはいいけれど、実際は幼少期から親元を離されて、聖力を搾取され続ける生活だったようだ。
聖力を使うとかなり心身が消耗するらしく、サブリナ様はお勤めが終わるとすぐにベッドで寝込んでばかりいたそうだ。
仕事とベッドを往復するだけ生活なのに、なぜかサブリナ様はいつの間にか悪女という噂が立てられていた。聖王ランドルフを脅し、周辺国から様々な献上品を要求する傲慢な性格だと。
噂を立てた犯人は聖王ランドルフだった。
オウカ神聖王国は周辺諸国から様々な献上品を受け取るようになってから、どんどん腐敗していった。聖王ランドルフも金品に溺れ、サブリナ様の名前を騙って周辺諸国から多くの献上品を巻き上げていたらしい。
サブリナ様は聖王ランドルフのせいで名誉を傷付けられ、周囲の人々から嫌われていた。
もちろんサブリナ様も最初のうちは否定していた。聖王を非難したこともあったらしい。
しかし、聖王は臣下や国民の前では聖人君子のような顔をして、サブリナ様のことを優しく窘める。
すると誰も彼もが聖王を信じて、サブリナ様をますます嘘吐き扱いした。
何を言っても本当の彼女を見ようとしない周囲の人々に、サブリナ様は嫌気が差していった。
特に、サブリナ様が実家を出たあとに生まれた妹ヴェネッサが『私のほうがお姉様より聖力が高いのに、お姉様が先に生まれたというだけでお城で暮らしていてズルいわ! 贅沢三昧すべきなのは私なのに!』と、やっかんでくることにうんざりした。
諸々のストレスが重なったサブリナ様は……、だんだんと髪の色が黒から白へと変わっていった。
それでも聖力には特に影響はなく、結界の維持には問題なかった。
けれど、ヴェネッサが『お姉様は聖力がなくなってしまったわ! 白髪になったのがその証拠よ!』と嘘を言いふらすようになった。
周囲の人々もそれを信じて、『いつまで聖女の座に居座っている気かしら』『贅沢が出来なくなるのが嫌なだけだろう。さっさと聖女を辞めろ』などと言うようになった。
聖王ランドルフもヴェネッサの言い分を信じ、ある日の夜会にサブリナ様を呼び出すと、『今度という今度はきみを許すわけにはいかない。廃聖女サブリナを国外追放とする!!』と言って、彼女を城から追い出してしまった。
生活をする術も知らないのに廃聖女となってしまったサブリナ様は、知らない街でお腹を空かせたまま、パンを得ることも出来ずに亡くなってしまう――……、などということはなく。
一人の吟遊詩人に拾われた。
彼はまるで高位貴族のように音楽に精通し、豊富な歌のレパートリーには権力者たちをも魅了する。甘い歌声と舞台役者のように整った顔立ちは、多くの女性たちを夢中にさせた。
そんな稀代の吟遊詩人の正体こそが、フィンドレイ公爵家元嫡男のゼオン様だった。
ゼオン様とサブリナ様は意気投合し、一緒に旅をすることになったそうだ。
そして次第に惹かれ合い、お二人は夫婦となった。
イセル坊ちゃまががお腹に宿ったとわかると、旅暮らしをやめて定住を始めたらしい。
サブリナ様が話していた内容を覚えていたから、イセル坊ちゃまは冒険者ギルドで拳が震えていたのね……。
あの場で話さなかったのは、私がイセル坊ちゃまに正体がバレるような発言はしないでほしいとお願いしていたからでしょう。
なんて健気なのかしら……!
「……でも、ぼくがうまれてから、ママはせーおーしゃまにねらわれるようになったの。『いっかちょにとどまったから、みつかった』って」
「『一カ所に留まったから見つかった』ですね。その言い方ですと、もしかすると聖王は、追放した彼女をずっと探していたのでしょうか……? 一体なんのために? 聖女ヴェネッサが結界を引き継いだのだから、もう用などなさそうなのに。サブリナ様はその用件を察していて、聖王と関わらないために、ゼオン様と旅暮らしをなさっていた……? その用件こそが、聖王がイセル坊ちゃまを狙う理由なのかしら……?」
イセル坊ちゃまを抱え直しながら、憶測を口にしてみる。
ギルドマスターから先ほど聞いたオウカ神聖王国の情報を思い返す。
聖女ヴェネッサはサブリナ様以上の悪女で、魔石や武器類を要求していると言っていた。
たぶんこれも、聖王ランドルフが聖女の名前を騙って、周辺国から集めているのでしょう。
さらに騎士団の遠征や演習も増えているだなんて……。
まさか、聖王ランドルフが世界征服を企んでいるとかはないわよね……?
それならイセル坊ちゃまを狙う必要もないでしょうし……。
……うーん。わからないわ。
「これはもう、フィンドレイ公爵様にご相談したほうがいいわね」
「テオおじしゃま? ぼくもあう!」
「はい。明日、フィンドレイ公爵様にお時間をいただきましょう」
「わぁい! おじしゃまとごしょうだん!」
〈もちろんあたしも傍にいるからね、イセル〉
「ピヨンちゃんもごしょーだんっ!」
とにかく夜ももう遅いので、イセル坊ちゃまをベッドに寝かせなければならない。
私は急いでフィンドレイ公爵家に帰った。




