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27:イセル坊ちゃまと街へお出かけ



「イセル坊ちゃま、ピヨン様。私が人間だということを隠していて申し訳ありませんでした……」


 街に着いてから正気に返った私は、地べたに這いつくばるようにして謝罪をする。

 一応人気の少ない場所を選んだけれど、もしも誰かが通りかかったら奇異の目で見られるようなポーズだ。もしかしたら私はまだ正気ではないのかもしれないわ……。


「いいのよ、マグぅちゃん。おかおをあげて?」

「……はい」

「マグぅちゃんはおにんぎょうしゃんごっこがすきなだけなのよ。ごめんはいりゃないの」

「いえっ、私はごっこ遊びをしていたわけでは……っ」

〈もうどうでもいいじゃない。あなたのバレバレの嘘のことなんて。そんなことよりも、もっと賑やかな場所へ行きましょうよ! あたし、人間の街に来たこと全然ないの。早く見てみたいわ!〉

「ピヨン様……」


 イセル坊ちゃまも妖精も、私の嘘に怒っていないというか、あまり興味がないご様子だ。むしろ街の中が見たくて仕方がないらしい。

 ……そうですよね。私のことなんてどうでもいいですよね……。


 どこか悲しい気持ちになりつつも、私は「いけません」と二人を押し止める。


「お二人のことをうっかり街まで連れて来てしまいましたが、これ以上はいけません。イセル坊ちゃまの安全が第一ですし、ピヨン様が人前に現れたら大騒ぎになります。フィンドレイ公爵家に戻りましょう」

〈ええっ!? ここまで来たんだからいいじゃないっ。あたしもイセルも、人に見つからないように隠れるわ!〉

「ダメです」

「おねがい、マグぅちゃん。ちょっとだけみにいくのよ」

「イセル坊ちゃま……」


 イセル坊ちゃまが垂れ目がちな大きな黒い瞳で上目遣いをされると、途端に強く出られなくなるわ。

 あぁ、本当に可愛らしい……!


〈ほら、イセルも屋敷にばかりいて退屈なのよ。この子にも刺激が必要だわ〉

「ですが、フィンドレイ公爵様に外出許可をいただいておりませんし……」


 正直、護衛の問題は私がいれば十分だ。Aランク冒険者だし。

 でも、子供の外出には保護者の許可が必要だ。

 妖精に説明してみるけれど、文化の違いか、まったく理解してもらえなかった。


〈ほらほら、早く連れて行かないとあなたの嘘をバラすわよ! それが嫌なら、あたしとイセルも街へ連れて行って!〉

「そ、そんな……っ」


 再び妖精から脅されてしまった。

 さっきまでは私の嘘に興味もなかったじゃないですか……っ!


 ……はぁぁぁぁぁ。フィンドレイ公爵様にイセル坊ちゃまを無断外出させたことがバレたら、とても失望されてしまうんでしょうね。

 フィンドレイ公爵様がガッカリした顔を私に向けることを考えたら、とても悲しい気持ちになった。もしかしたら軽蔑までされるかもしれない……。


 ……あれ?

 いつもは『怒られること』が怖いのに、今は『失望されること』のほうが怖いと思っているわ?


 自分の不思議な変化に首を傾げていると、イセル坊ちゃまと妖精が二人揃って私のローブを掴む。


「おねがい、マグぅちゃん。ぼくもまちをみたいの」

〈バラされたくなかったらあたしたちの要求を呑みなさい! イヒヒヒヒ!〉

「……お二人とも、私のローブに隠れていてくださいね。絶対ですよ」


 私は諦めて頷いた。

 それにしても、妖精は見た目も声も可愛らしいのに、笑い方だけは絵本に出てくる悪いお婆さんみたいね……。





 私はイセル坊ちゃまと妖精をローブで包む。

 イセル坊ちゃまの黒髪と黒い瞳がきちんと隠れていることと、妖精の姿が見えないかを確認する。


「息苦しくないですか?」

「うんっ! だいじょうぶよ、マグぅちゃん」

〈ちゃんと隙間から外の様子も見えるわ〉

「なら問題ありませんね」


 私が二人を抱きかかえて運べば、子守りをしている女性に見えるでしょう。

 そのまま冒険者ギルドへと向かう。


 道すがら、イセル坊ちゃまにどうして私が魔導人形ではないと気付いたのか尋ねてみた。


「だって、マグぅちゃんにだっこしてもりゃうと、ドキドキっておとがしてるの。しんじょうのおとよ。パパやママとおんなじ」

「……心臓の音でバレていたのですね」


 それは流石にバレても仕方がないか……、と納得する。

 暫くすると人通りの多い区域に入り、イセル坊ちゃまと妖精が「しゅごい! ひとがいっぱい!」〈人間の街もなかなか栄えているのね〉などと、はしゃぎだした。


 冒険者ギルドの中に入ると、冒険者や職員たちが「おいっ! 殺戮人形が子連れのようだぞ!?」「相手がいたのか!? 美人は美人だけれど、あんなにおっかねーのに……」「子育て中だから危険な冒険者業じゃなくて、フィンドレイ公爵家で働いてるのかしら?」などと、新たな憶測が飛び交い始めた。

 まぁ、イセル坊ちゃまと妖精の正体がバレていないなら、私は何を言われてもいいです……。


 受付のお姉さんにオウカ神聖王国の情報について尋ねると、「ご依頼の件ですね。ちょうど昨日、情報提供者が現れましたよ」と明るい声が返ってきた。


「別室にご案内いたします。そちらでご説明を」

「承知しました」


 お姉さんのあとに付いて行くと……。

 なぜか、ギルドマスターの部屋の前まで連れて行かれた。


「えっと……?」

「実はギルドマスターが昨日までオウカ神聖王国に出張中だったんです」

「では、情報提供者はギルドマスターということですか」

「はい」


 いつもは初対面の人に怖気づいてしまうけれど、今はイセル坊ちゃまがお傍にいるのに逃げ出すわけにはいかない。

 大人として(まだ未成年だけれど)恥ずかしい姿は、もうこれ以上見せられないわ!


 受付のお姉さんが開けてくれた扉を潜ると、筋肉隆々の大男が現れた。スキンヘッドだけれど、髭はたっぷり生えていて、眉毛も凛々しい。

 この方がフィンドレイ公爵領の冒険者ギルドマスターなのね。


「おおっ。きみが殺戮人形か!! 噂はかねがね聞いている!! 儂はギルドマスターのマックスだ!! よろしくな!!」

「あ……。私はただのマグノリアです……。よろしくお願いいたします……」


 爵位を返上したのでラインワース姓は名乗れない。

 私はビクビクしながら自己紹介した。


 ギルドマスターは私の手を掴もうとして、抱えているローブの塊に気が付いた。

 ローブの隙間から「わぁ、おおきいひとねぇ」と、イセル坊ちゃまの可愛らしい声が聞こえる。


「おや。息子さんかね? では、すぐにソファーへ案内したほうがいいな。受付嬢よ、すまんがお茶を用意してくれ。きみは果汁水がいいかな?」

「はいっ! ぼく、かじゅーしゅい、だいすきなのよ」

「はははっ! それはよかった!」


 勧められたソファーに腰かける。

 ギルドマスターはローテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰かけた。


「マグノリア嬢、息子さんのローブを取ってやりなさい」

「いえ。……この子が風邪を引くといけないので、このままで」

「そうか? まぁ、もう子供は寝ているような時間帯か。儂らが話している最中に眠ってしまうかもしれんし、そのままでもいいか」


 運ばれてきた果汁水をイセル坊ちゃまに飲ませると、「おいしーっ」と頬っぺたを両手で押さえている。

 ローブの隙間からはイセル坊ちゃまの顔半分しか見えていないけれど、口元の笑顔だけで、受付のお姉さんもギルドマスターもメロメロになってしまったようだ。


「さて、可愛い息子さんのためにも手短に終わらせようか。オウカ神聖王国についてだったな?」

「はい。よろしくお願いします……っ」

「儂がオウカ神聖王国に行くのは今回で二度目だったんだが、十年前よりも治安が酷くなっていた」

「オウカ神聖王国の治安が悪くなった原因はわかりますか……?」

「なんでも、六年ほど前にひとりの聖女を追放してから、あまり国の状況が良くないらしくてな」


 ギルドマスターは固い顎鬚を撫でながら、六年前に起こったという聖女追放事件を話し始めた。


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