25:その頃、王都では
ネルテラント王国、王都中央には荘厳な王城が聳え立っている。
本日もひっきりなしに書類や書状が舞い込んでくる執務室で、国王クリストファーは頭を抱えていた。
「……つまり、元ラインワース子爵であるマグノリア嬢は、平民である親族に身上監護を悪用されて、財産を食いつぶされていた……ということだね? 代官?」
黒縁眼鏡の代官は、使命感に燃えてハキハキと答えた。
「はい。調査したところ、以前子爵家に雇われていた家令のルパート氏と連絡を取ることが出来ました。叔父一家は子爵家の人事にも口を出し、使用人たちを次々解雇していったそうです。ルパート氏も抵抗したのですが、孫夫婦をゴロツキに襲わせるなどと脅されてしまい、泣く泣く職を辞したそうです。ルパート氏はマグノリア嬢のことをとても心配しておりました。そして、こちらが領民たちの証言をまとめた書類です」
「なんと。酷い話だな……」
「以前屋敷に出入りしていた商会から、購入履歴の写しも手に入れました。男物の高級衣類に、マグノリア嬢とはサイズの合わないドレス、アンチエイジングを謳う化粧品や、やはりサイズの大きな指輪……。王都の劇場や高級レストランからは三人分の請求が頻繁にあったようです。マグノリア嬢が滅多に領地から出なかったことも領民たちが証言しております。彼女がたまに遠出をしても、冒険者業のために山奥へ行っていただけのようです。さらに、娼館の領収書も出てきました。マグノリア嬢が必要とするとは思えませんね」
ずらりと集められた証拠の数々に、クリストファー国王は溜息を吐く。
騎士団にも捜査を頼むつもりだが、現時点で叔父一家は十分クロに見えた。
「……そうか。わかったよ。再発防止のために、今後は国で後見人の審査をしよう。審査の基準や、誰が審査役になるかも決めないとね。定期的に面談も必要だ。これは次の議題に入れよう」
「承知いたしました。こちらで書類を準備しておきます。して、陛下。マグノリア嬢と、件の叔父一家についてはいかがされますか?」
「叔父一家は見つけ次第、処罰する。問題はマグノリア嬢だ。ラインワース子爵家を復興させることは出来るが、銀山は廃坑している。近年の税収は彼女が冒険者稼業で手に入れたレア素材のおかげとなると、彼女に領主を続ける気があるかどうか……」
クリストファー国王は代官に問いかける。
「マグノリア嬢と一度話したい。彼女が今どこで暮らしているか、きみは知っているのか?」
「はい。出立の際にマグノリア嬢からお聞きしました。彼女は今――……」
「クリストファー陛下! 失礼いたします! 先ほど廊下でフィンドレイ公爵家の使者にお会いしまして、とっても面白いことを聞きましたの! だからわたくしも一緒についてきましたわ!」
代官の台詞を途中で遮ったのは、華やかな美貌を持つデボラ王妃だった。
彼女がぐいぐいと背中を押している男性は、フィンドレイ公爵家の使者である。
使者は書状を持ったまま、困惑と畏れの入り混じった表情をしていた。
「どうしたんだい、デボラ? きみは今、アリーヤと一緒に過ごす時間では?」
「アリーヤのところへ行く途中で使者に鉢合わせましたの。使者の話が終わったらすぐに行きますわ。さぁ早く早く、陛下に話してちょうだい! あの、すっごい話題を!」
「は、はい……」
デボラ王妃に突かれた使者は、急いでクリストファー国王の前に跪いた。
「クリストファー・ネルテラント国王陛下へ、テオドール・フィンドレイ公爵様から書状をお持ちいたしました。フィンドレイ公爵家に妖精が現れたとのことです」
「は? 妖精だって!?」
すでに話を聞き出していたデボラ王妃は扇子の影で少女のようにニコニコしていたが、クリストファー国王や黒縁代官、同室していた従者や近衛騎士たちも目をまるくした。
無理もない。ネルテラント王国での妖精の目撃情報など、三百年も昔のことで、すでにこの辺りには生息していないと思われていたのだから。
クリストファー国王は慌てて書状を受け取り、中身を読む。
お堅いテオドール・フィンドレイらしい、実に角ばった文字で、妖精が現れた際のことが丁寧に説明されていた。
「……あのテオドールが酔狂でこんな手紙を送ってくるはずがない。本当に本当なのか? 彼の甥のもとに妖精が現れたと?」
「執務室で疑っていても仕方がありませんわ、陛下! フィンドレイ公爵を信じましょうよ! そちらのほうが面白いもの!」
「きみはいつでも肝が据わっているな、デボラ……」
「そうでなければ王妃なんて務まりませんもの。オホホホホ!」
デボラ王妃の自信満々で明るい笑顔を見ていると、クリストファー国王も『国を治めるだなんて過酷な運命を背負って生まれてしまったが、だからこそ、笑える時に笑っておかなければ精神がやられてしまうな。僕もデボラのように上手く肩の力を抜かなければ』と考えを改める。
「それもそうだ。妖精はテオドールの甥に懐いているようだから、今は災いの心配はしなくていい。深刻に考え過ぎるのはやめよう。とりあえず、妖精が現れた時のマニュアル通りに、こちらに敵意がないことを示さないとね。テオドールを王城に呼んでくれ。妖精が懐いているという甥も招待しよう」
「では、わたくしがお茶会の準備をいたしますわね! 妖精に会えるなんてとっても楽しみ! アリーヤも喜ぶはずだわ。あの子は妖精の出てくる絵本が大好きですもの。では、わたくしは先に失礼いたします!」
デボラ王妃が嵐のように去っていくと、黒縁眼鏡の代官が再び口を開いた。
「クリストファー国王陛下、ちょうどいい機会です」
「ちょうどいい機会?」
「先ほどお話していたマグノリア嬢なのですが、彼女は今、フィンドレイ公爵領で働いているはずなのです」
「なんと。そうなのか」
「フィンドレイ公爵様にこの数ヵ月で新しく越してきた領民を調べていただければ、マグノリア嬢を見つけることが出来るはずです」
「そうか。テオドールに頼むにはちょうどいい機会だな。お茶会で彼女の件も話しておこう」
まさか件のマグノリア嬢がフィンドレイ公爵家で子守り用魔導人形として働いているとは、誰一人思うはずもなく……。
クリストファー国王と黒縁眼鏡の代官は頷き合うのだった。
▽
「くそっ、マグノリアの奴、一体どこにいるんだ……!?」
現在、王都の安宿を根城にしている叔父は、イライラと爪を噛む。
最初は馴染みの貴族たちを頼ろうとしたのだが、ラインワース子爵家が爵位を返上したという情報がすでに出回っており、誰にも相手にされなくなったのだ。
『一緒に狩りをして遊んだきみたちが、まさかそこまで困窮していたとはねぇ。教えてくれれば誘わなかったのに。あの成金ふうの乗馬服には金がかかっただろう?』
『クスクス……。今、誰かわたくしに話しかけたかしら? あぁ、やはり気のせいよね。没落したくせに貴族様に話しかけるなんて、そんな恥知らず、いるわけないわよね? クスクス』
『資産もなく権力もない者を相手にしている時間があるわけないだろ。むしろ、きみたちに使った時間を返してほしいよ。その間にもっと良い人脈を築けただろうに』
叔父一家が平民になった途端(元から平民だが)、仲良くしていた誰もがあっさりと手のひらを返した。金の切れ目が縁の切れ目というわけである。
もちろん腹は立ったが、マグノリア相手のように怒鳴り散らすわけにもいかない。下手に出て追いすがったが、効果はまったくなかった。
叔父一家は仕方なく、身に着けていた衣装や装飾品を売って当面の生活費を工面し、日雇い労働者や旅人が使うようなボロくて不衛生な安宿に泊って、マグノリアの情報を集めることに専念した。
しかし、この広い王国でたった一人の少女を探し当てるなど、簡単にいくはずもなかった。
「どうするの、あなた。もうお金はこれだけよ。こんな汚い宿で寝るのも、残飯みたいな食事を食べるのも、私はもう嫌だわ。前みたいに綺麗なドレスを着て、高級レストランのフルコースを食べて、大きなベッドで眠りたいわ……! もちろんシーツはサラサラのシルクよ!」
「はぁ~……。マグノリアがこんなふうにいなくなることが分かってたら、ブスだけれど金だけは持ってる未亡人の愛人にでもなったのにな。マグノリアはあれで一応美人で貴族の若い女だったから、未亡人と比べると条件がいいと思っていたんだけれどなぁ……。はぁ……」
「お前たち、うるさいぞっ!! 私はもう一度外で聞き込みをしてくる!!」
妻の悲嘆や息子のぼやきを一喝して、叔父は安宿の部屋から飛び出した。
叔父だって望んでこんな落ちぶれた生活をしているわけじゃない。
そもそも父が愚兄をラインワース子爵家の跡取りに指名して、自分のことは平民として放逐したことが間違いだったのだ。
おかげで貧しい生活を強いられた。妻と結婚して息子も生まれると、さらに生活は火の車でどうしようもなくなった。
けれど愚兄が死んだという知らせが届き、マグノリアの後見人としてラインワース子爵家に戻ることが出来るようになったのだ。
この数年の贅沢な暮らしは自分のおかげである。
それなのに妻も息子も役に立とうとせず、文句ばかり言っているのだ。
(あれもこれも、悪いのはすべてマグノリアだ!! 絶対に見つけ出してやる!! まだあの娘の脛を齧り続けるぞ!!)




