23:不審者騒動
私は身体強化を使い、城壁まで駆けていく。ガントレットはすでに両手に装着済みだ。
不審者はまだ私の存在に気付いていないようで、城壁のわずかな凹凸に手鉤と思われるものを使ってゆっくりと登っていた。すでに城壁の半分くらいの高さに到達している。
私は城壁に足をかけ、そのまま垂直に駆け上がる。
右足を前に出して、体が落下するよりも早く左足を前に出す。これを繰り返せばたいていどこでも走ることが出来るのだ。
昔、水面を走って見せたら、家庭教師にとても驚かれたけれど。
そのまま不審者のいる地点よりも高い位置まで駆け上がると、ようやく相手が私に気が付いた。
「うわっ!? 貴様っ、何奴……!?」
「それはこちらの台詞です」
不審者は全身黒尽くめの服装をしていた。
ボタンがなく、襟を重ね合わせるタイプの上衣と、足首のすぼまった下衣。そして頭巾と口元を覆う布。
これは確か、オウカ神聖王国にだけ存在する『忍集団』の衣装だわ。
やはり狙いはイセル坊ちゃまね。
「フィンドレイ公爵様の許可がない御方の訪問はお断りしております。このまま護衛長に引き渡しますので、牢屋でご用件をお話しください」
「な、何を言っているのだ貴様は!? なぜ、厳しい修行を修めた某よりも自由に城壁で動くことが出来るのだ……!?」
私は城壁から両足を離し、落下の速度を利用して忍者を蹴り落とす。
せっかくガントレットを嵌めたのに、今回は手を使わずに済んでしまったわ……。
「ぐあぁっ!!!」
一瞬で気絶した忍者の体を下敷きにして、私はそのまま地面へと落ちた。
忍者の体からバキゴキと音がする。あちこち骨折したみたいだ。これで逃げ出せないでしょう。
無傷の私は忍者の体からおりて、相手を拘束する。
確か、忍者は忠誠心が高くて、敵に捕らえられると自害しがちだと書物で読んだことがある。猿ぐつわもしっかり噛ませておこう。
危ないものを所持していないかボディチェックをすると、短刀に手裏剣、マキビシなどが出てきた。睡眠薬もある。すべて没収ね。
暫くすると、オリバー様が護衛長を連れてこちらにやって来た。
▽
忍者は気絶したまま公爵家の地下牢へと収容された。
イセル坊ちゃまの主治医でもある医師の見立てによると、忍者の状態は「あばらが三本折れているが、肺や臓器に問題ない。ただ、あばらは添木が出来ない場所だから、自然治癒しか方法はないがな。咳やくしゃみをするとさらに痛むぞ」とのこと。
よく考えてみると、今のイセル坊ちゃまには妖精がついているので、忍者がもし私を倒してイセル坊ちゃまのところへ辿り着いても、妖精が忍者をボコボコにしてしまいそうだわ。
骨折の痛み程度で済んでよかったと思う。
むしろ、忍者のせいで妖精の災いを招き、ネルテラント王国まで滅びる可能性まであった。
今後もイセル坊ちゃまのもとまで危険人物がやって来ないように、私が早めに倒さないと……!
「魔導人形氏、不審者を捕まえていただき誠にありがとうございます!! 護衛としても優秀だとテオドール様からお聞きしておりましたが、これほどとは!! やはり人工筋肉や人工関節が高性能なのでしょうか!? 一度、護衛たちにご指導を……!!」
「大変恐縮です」
決意を新たにしていると、護衛長から話しかけられた。
護衛長はかなり体育会系の熱い性格のようで、全身から発している圧が強くて怖い……。
私の両手を握ってブンブン振らないでぇ……。お役に立てて嬉しいけれど、ただの身体強化なんです……。
無表情でぷるぷる震えていると、地下牢にフィンドレイ公爵様が現れた。続いて家令と侍女長も入ってくる。
オリバー様が呼んできたらしく、彼は公爵様の隣にいる。オリバー様は私を見て、そっと目を逸らした。
いっ、一体どういう反応なんですか、それ……!?
もう人間だと公爵様たちにバラしちゃったのかしら?
あぁ、どうしよう……。怒鳴られるのは怖い……。
でも、バレたわりには公爵様の私を見る目付きが変わっていないというか、むしろ輝いているような気がする……?
「こいつが不審者か。マグノリア、お手柄だ。よくやった」
牢屋で気を失っている忍者を見て、公爵様は私に労いの言葉をかけてくださった。
どうやら、まだ私が人間だとはバレていないみたい。
オリバー様ったら、どうしてかしら……?
「大変恐縮です、フィンドレイ公爵様」
「オウカ神聖王国からの刺客だと思うが、なかなか奇妙な服装だな……」
「『忍集団』の忍者だと思われます。オウカ神聖王国の王族に仕えている影の者たちです。そちらのテーブルに彼の所持品を並べておりますが、忍者が使うといわれている武器と特徴が同じなので、ほぼ間違いないかと」
本好きだったご先祖様の書物の中には、異国の古本なども多くあった。たぶん流れの行商から買い付けたのでしょう。
眉唾物も多かったけれど、こうして実際の忍者を見ると、オウカ神聖王国の王族に仕える影の者について記した日記に関しては本物だったのだと思う。
あぁ、あんな貴重な書物まで売り払ってしまうなんて、叔父様は本当に酷い方だったわ……。
私の説明に、全員がぎょっとしたような表情をした。
「やはりオウカ神聖王国の王族が関わっているのか……」
「うわぁ~。せめてイセル坊ちゃまの力を狙った、バカ貴族くらいであってほしかったんだけれどなぁ……」
「ならばゼオン様を殺害したのも、向こうの王族という可能性が高いということですか!?」
「そういえば、殺害現場にこのような武器がたくさん散乱していました。敵の遺体は忍者の服装ではなくゴロツキのようでしたが、おそらく変装していたのでしょう」
「あぁ、ゼオン様と奥方様、おいたわしや……」
フィンドレイ公爵様、オリバー様、家令、テーブルの上にあった手裏剣を指差す護衛長、侍女長が一斉に話し始める。
どうやら公爵家の調査も難航している様子が見て取れた。
次に冒険者ギルドへ行ったら、私が出した依頼の確認をしましょう。オウカ神聖王国について何か分かるかもしれない。
……出来ればその時も、イセル坊ちゃまの子守り用魔導人形でいられたらいいのだけれど。
その後は私が知っている分の忍者の情報を皆様にお伝えした。
護衛長は「忍者を拷問しても口を割らない可能性が高いのですか……」と少々ガッカリしていた。それでもきちんと尋問を試みる、ということで話は落ち着いた。
「今日はよく頑張ってくれた。きみは本当に優秀な魔導人形だ」
地下牢から退室する際、フィンドレイ公爵様にそう褒められて頭を撫でてもらった。
初対面の時に顎を掴まれたのは怖かったけれど、大きな手のひらでそっと(たぶん人工頭脳を刺激しないように)撫でられると、亡くなった両親の手の感触や温かさを思い出して、胸がじ~んと熱くなった。泣きそう。
「……もったいないお言葉です」
私はそう言って、フィンドレイ公爵様が寝室へ向かうのを見送った。
さて、私も使用人棟へ移動したいところなのだけれど――……そうはいかない。
「マグノリアちゃん、ちょっと庭へ出よっか」
廊下の隅に立っていたオリバー様が、頬をかきながら苦笑していた。