21:本当に人間だった……
夕飯には少々遅い時間に、オリバーは飲食店が多く建ち並ぶ地区に来ていた。
魔導灯が道の端に等間隔に置かれているため、一帯は昼間のように明るく、遅い夕食を取りに来た家族連れや酒で英気を養おうとする大人たちが行き交っている。騎士が警邏しているので、治安も悪くなかった。
ガヤガヤとした人混みに紛れつつ、オリバーはとある食堂の中を覗き込む。
早朝から深夜遅くまで営業していて二階は宿屋になっている食堂は、特に冒険者たちから人気を博しているらしい。確かに各テーブルには冒険者の姿が多く見られた。
しかし、冒険者たちの食事の手が止まっている。誰もが一様に、奥のテーブルへ視線を向けていた。
ある者は畏怖の表情を浮かべ、ある者は崇拝の眼差しで――……マグノリアを見つめていた。
マグノリアは無表情で大盛りのパスタを食べている。
というか、口に入れた瞬間に消えている。
食事をするというのは生きていることの証だ。
ただ、マグノリアの見た目があまりにも人形じみており、食事のマナーも美し過ぎるために、見ている者の脳をバグらせて『料理が消えている』ように思わせていた。
大盛りのパスタが消失すると、店員を呼んで次の料理を注文する。
女将が引きつった顔で「よく食べるねぇ」と言うと、マグノリアは「あ……えっと、……お昼を食べ損ねて……」と目を泳がせながら答えていた。
「おっかねぇな、殺戮人形……。冒険者ギルドの職員から聞いたんだけどよ、あのマッドタイガーをワンパンで倒した挙句、気絶したマッドタイガーを操り人形のように動かして遊んでたんだってよ。イカれてやがる。俺は関わりたくねぇぜ……」
「そういえば、また高ランクの魔石を売りに来たらしいな。今度はどんな魔物を倒したんだか、気になるねぇ」
「フィンドレイ公爵家で護衛侍女をしているって話を聞いたわ。一匹狼の殺戮人形を手なずけるなんて、今度の公爵様はやるわね」
冒険者たちから聞こえてきた会話に、オリバーは頭を抱えた。
(マージーかーよ~~~!!! やっぱりマグノリアちゃんは人間だった……!!!)
午後の勤務まではよかった。
マグノリアは献身的にイセルのお世話をし(ついでにオリバーは妖精の姿も確認した。物語に登場するような愛らしい存在で、「これで一国を滅ぼすこともあるのか……」と、そのギャップに唖然とした)、イセルを寝かしつけたあとは執務室でテオドールの仕事を手伝っていた。
あまりにも完璧すぎる彼女の仕事ぶりはとても人間には見えず、オリバーも「やっぱ、メイソン氏に揶揄われただけだったのかも」と思うほどだった。
けれど、退勤後のマグノリアの行動がダメだった。
まず、誰も把握していなかった隠し通路から屋敷を脱出。
大昔にこの屋敷を設計したという有名な建築家が隠し通路好きということはオリバーも知っていたが、テオドールから聞かされていた隠し通路とはまったく別のルートだった。
壁のレリーフを動かして中に入っていくマグノリアを見た瞬間、オリバーは「何それっっっ!!?」と叫びそうだった。叫ばなかったことがむしろ奇跡である。
たぶんマグノリアが見つけた隠し通路は、テオドールが父親から教えてもらえなかったルートだろう。先代公爵の死はあまりにも突然だったので、仕方がなかったのだけれど。
魔導灯を用意していなかったオリバーは、前方でマグノリアが持つ明かりだけを頼りに半泣き状態であとを追った。真っ暗でどこに繋がっているかも分からない道なんて、本当に恐ろしすぎる。
無事に地下水道から外へ出られた時、オリバーはもうすっかりやる気を失っていた。
でもここまで尾行したのに途中でやめるなんて、苦労が報われない。
オリバーはなんとか足を動かし、街へ向かうマグノリアの尾行を続けた。
マグノリアはまず冒険者ギルドへ向かった。
ギルドカードを持っている時点で彼女が人間であることが証明されてしまったことに、オリバーは脱力した。
マジで人間だった……、と天を仰いでしまった。
周囲の冒険者がマグノリアを指差し、『殺戮人形』などと噂している声が聞こえてくる。
そういえば、そんな物騒な二つ名を持つ高ランクの冒険者がいたことをオリバーは思い出した。
直接依頼したことはなかったが、その冒険者が売りに出した魔物素材をフィンドレイ公爵家で購入したことがあったのだ。
マッドタイガーに圧勝出来るなんて人間じゃないと思ったが、高ランク冒険者なら納得である。
カウンターに並んでいたマグノリアは、自分の番が来ると、魔石の売却手続きを始めた。オリバーも見たことがある魔石だ。テオドールが所持している魔石の中でも一番高価な物だったからだ。
テオドールから「魔導人形であるマグノリアに支給したい」と聞いていたが……、人間であるマグノリアには不要なので、あっさりと職員に売っていた。
オリバーは「うわぁぁぁ……」と呻いた。
もしかしてマグノリアちゃんって、お給金より魔石を売ったほうが儲かるから、魔導人形のフリをしてるのかな? とオリバーは考えてドン引きした。
でも、金銭のためだけに魔導人形のフリをするのは、デメリットが多過ぎる気がする。
オリバーがマグノリアを監視していると、彼女は金貨の詰まった革袋を持ったままギルドを後にする。そして近くの銀行へ足を運び、金貨を預けていた。
その後マグノリアは街の賑やかな方向へ歩いて行き、日持ちする食料や消耗品を買うと、今こうして食堂で遅い夕食を取っているのだった。
(マグノリアちゃんがどういうつもりで魔導人形のフリをしているのか、問い詰めなくちゃなぁ……)
さいわい、メイソン氏からの情報でマグノリアが元ラインワース子爵であることは判明している。
フィンドレイ公爵家が現在頭を悩ませているオウカ神聖王国とはまったく関係のない元弱小貴族なので、スパイの心配はしなくていい。
食堂からマグノリアが出てきた。
女将から「ありがとうございました~」と挨拶されて、マグノリアは「あっ、ごっ、ごちそうさまです……っ」とペコペコと頭を下げていた。オリバーがすぐ近くに立っていることになんて、まるで気付いていない。
「……マグノリアちゃん」
「ひ……っ! お、オリバー様……っ!」
マグノリアは無表情のまま目を大きく見開き、そのまま顔色を青くした。




