2:無表情才女マグノリア①
私マグノリア・ラインワースは、ネルテラント王国の貧乏子爵家に生まれ、十三歳まで両親と暮していた。
小さい頃からの悩みは、生まれつき無表情であることだった。
私はいろんな人と出会って、お喋りをして、時に誰かを助けたり助けられたりして、打ち解けてみたかった。私のことを好きになってほしかった。
けれど無表情ゆえに、私は周囲の人たちから怖がられていた。
屋敷の廊下で使用人とバッタリ鉢合わせると、彼らは歩く呪いの人形でも目撃したかのように「ヒィ……っ!」と悲鳴を上げる。
両親に連れられて行った貴族のお茶会では、同世代の子供たちから「無表情で怖い」「気持ち悪い」と怯えられた。
他人のそんな反応ばかりを見ていると、『これ以上怖がらせるのも悪いよね……』と思って、私は自分から話しかけることが出来なかった。
そしてだんだんと、私は他人と話すのが苦手になっていた。
けれど、両親はずっと私の味方だった。
表情がまったく変わらない私のことを、
「マグノリアは世界で一番可愛いわ。月明かりのように輝く金髪に、宝石のような青い瞳で、ほっぺたはふわふわ。こんなに美人さんなんだから、無表情なんてちっとも気にしなくていいの」
「そうだよ、マグノリア。きみの瞳はとても雄弁で、きみが喜んでいるのも悲しんでいるのもすぐに伝わってくる。そのまま心優しい女の子に育ちなさい」
と、本気で愛してくれた。
「でも、でも。私はもっと誰かとお話がしたいんです。お友達だって、ほしいのです……」
「……そうよねぇ。マグノリアにはお父様とお母様がいるだけじゃダメなのよね。もっとたくさんの他人と関わって成長してほしいとお母様も思うわ。なら、内面を磨きましょう。勉強はマグノリアを助けてくれるわ」
「内面……? 笑顔に見えるように整形したほうがいいのではないでしょうか……? こう、口角を上げたり」
「その無表情はあなたが持って生まれたもの。個性だから卑下しなくていいのよ。だいたい、お友達を作りたい時にはね、見た目なんて清潔感があれば十分よ。一番大切なのは内面。礼儀正しく、相手の心に寄り添おうとする配慮。そして教養があることが大事なのよ。ねぇ、あなた」
「ああ。お母様の言うとおりだよ、マグノリア。教養のある人になるためには、まずはお勉強をしよう。お父様が家庭教師を探してあげるよ」
裕福ではなかったのに父は私のためにほうぼうに頭を下げて、数人の家庭教師を雇ってくれた。礼儀作法やダンスを教えてくれる先生や、領地経営や経理を教えてくれる先生、護身術の先生にお裁縫の先生、などなど。
曾祖父の代までは裕福だったので屋敷には高価な書物もたくさんあって、私は蔵書をすべて読むことにした。両親と王都に行く時は、王立図書館にもよく連れて行ってもらった。
こうして一生懸命、内面を磨いた私は――……お友達はまったく出来なかった。
むしろ完璧な礼儀作法を身に付けたせいで、お茶会では「以前より人間離れしていて怖い」と余計に怖がられてしまった。
でも、悪いことばかりではなかった。
領地の外では散々だったけれど、私の地道な努力を傍で見ていた使用人たちは少しずつ私を怖がらなくなっていった。
使用人が領民に「マグノリアお嬢様は見た目は恐ろしいけれど、とても頑張り屋さんのようだ」と話したらしく、外へ出れば領民から挨拶されるくらいには、人間生活を送れるようになっていた。
私は勉強の機会を与えてくれた両親に感謝した。
これからも両親の言葉を信じて努力していこう、と思っていた矢先――……両親は馬車事故で亡くなってしまった。
家族揃って王都へ行く予定だったのだけれど、直前で私が風邪を引いてしまい、私一人だけ屋敷に残ることになった。
両親はそんな私を心配し、王都での用事を済ませると、激しい雨が降っているにもかかわらず帰宅を急いでしまったのである。
濡れた山道を馬車で進み、運悪く崖から落ちてしまったのだった。




