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「お前は人間に向いていない」と言われた無表情才女、いっそのこと魔導人形のフリをする  作者: 三日月さんかく
第1章

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19/59

19:公爵家の過去



 イセル坊ちゃまのことは家庭教師にお任せする。

 妖精がくっついているけれど、酸いも甘いも経験した『鬼女官』は一目で状況を把握してくれて「彼女を刺激しないようにいたします」と言ってくださった。

 なんて頼もしい方なのかしら。

 もしかすると王城には、妖精に関するマニュアルが用意されているのかもしれないわね。対応を間違えて国を滅ぼされたら困るもの。


 そういうわけで執務室に向かうと、すでに家令と侍女長、そして初めましての護衛長の姿があり、重々しい表情で執務机に座っているフィンドレイ公爵の姿があった。


 家令と侍女長、護衛長が焦った様子で私のほうに近付いてくる。


「妖精が現れたとテオドール様からお聞きしたが、イセル坊ちゃまのご様子はどうだ?」

「イセル坊ちゃまに危害を加える様子はないのですよね、マグノリア?」

「坊ちゃまに危害を加えなくても、テオドール様や使用人に対してどう出るか分からないでしょう。護衛の配置はどうするべきか、魔導人形氏の意見もお聞かせください!」


 イセル坊ちゃまと妖精はすっかり打ち解けて、いつも通り家庭教師の授業を受けていること。『鬼女官』はたいへん肝が据わっていること。護衛の配置に関しては今までどおりで問題ないことを伝える。


「妖精は気に入った相手に幸運を与えます。イセル坊ちゃまが妖精から危害を加えられることはありません」

「幸運とは、具体的にどのようなことなのだ?」

「書物によると、命の危険を回避出来たり、盗賊王の失われた宝物を見つけて億万長者になったり。道で助けた相手が実は王族で、それが縁で姫君と結婚したという話もありました。ささやかなものですと、くじ引きで一等が当たったり、人気の歌劇で最前列の席が取れたり……」

「なるほど。つまり『運の良い人』になれるのですね」

「はい。ですが、妖精が気に入らない相手には災いが起こり、災いが大きいと国が滅んだこともあります」

「ふわっとした話なのに、恐ろしいですね……」


 三人の相槌に、私も同意する。

 幸運も災いも小さいことならそれほど問題ないのだけれど、大きいと他人の人生まで変えてしまうレベルだから、扱いが難しい。


「私たちに出来ることは、今までどおりイセル坊ちゃまを立派にお育てして、お守りすること。それだけです」


 人の身に出来る対策などほぼないことを伝えれば、三人から諦めのような空気が流れた。


「マグノリアがそう言うなら、仕方がないな。テオドール様、王家へ妖精に関する報告をしなければなりません。書状をご用意ください。その間に使者に馬の準備をさせておきますので」

「私は使用人たちに伝えてきましょう」

「では、護衛たちには自分が。これで失礼いたします」


 護衛長に続き、家令と侍女長が退室していく。


「私への用件は『皆様にご説明すること』でよろしかったのでしょうか?」


 フィンドレイ公爵に食堂で合図をしてきた理由を尋ねれば、疲れた口調で「いや……」と首をゆるく横に振られる。


「きみの妖精に対する見解を聞きたかった。さきほどの説明は助かった。礼を言う」

「恐縮です。ちなみにイセル坊ちゃまの出自をご存知なのは……?」

「マグノリアの他には、あの三人とオリバーだ」

「把握いたしました」

「……彼らは昔から私個人に忠誠を誓ってくれているから、もちろん信用している。だが、マグノリアは私を絶対に裏切らないと確信出来るから気が楽だ」


 フィンドレイ公爵様がポツリと言った。


 弱音のようにも聞こえるけれど……。

 私は誰かに弱音を吐いてもらえるほどの信頼関係を築いたことがないので、これがフィンドレイ公爵様の弱音なのか判断出来なかった。


 これって、どう返事をすればいいのかしら?

『誰かに裏切られたことがあるんですか?』なんて聞き返すのはさすがに不躾すぎるし。魔導人形のフリをしてるから『裏切られたらへこみますよね』なんて共感するわけにもいかない。どうしたらいいのだろう。


 ……魔導人形らしく、ただ黙していればいいかしら。

 でも、黙ったままでいるのが心苦しいほどに、フィンドレイ公爵様は私に対する安心と、ほかの何かに対する寂しさが入り混じった表情をしていた。

 私は結局話しかけてしまう。


「……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか? フィンドレイ公爵様は立派な領主です。あなたに忠誠を誓う方は、彼らの他にもたくさんいらっしゃるはずです」

「たくさんいなかったから、今こうして人材不足に陥っているのだ」


 そういえばそうだった。

 話の内容に気を付けたつもりだったのに、無神経なことを言ってしまった。


 どうして私はこんなに会話が下手なのだろう。今すぐ自室のベッドにダイブして、枕に顔を押しつけて『わー!!!』と大声で叫びたい。

 もちろんそんなこと出来るはずもないので、無表情のままプルプル震えるしかない。


「まぁ、私一人のせいではないのだがな。先代公爵であった父上からして、人望がなかった」


 フィンドレイ公爵様が自嘲気味に言う。


「父上は人を人とも思わない傲慢で冷酷な性格だった。私や兄上に対しても、躾というより虐待と呼ぶに相応しい教育を行った。兄上が愛想を尽かして家を出たのも仕方がないと私は思った。

 そんな父上のもとで働いていた使用人たちは、いつも父上に怯えていた。父上は自分が奴隷のように扱っていたガラス職人の手によって殺されたが、悲しむ者はいなかった。貴族なんてものは他人から恨みを買うものだが、あまりにも多くの恨みを買い過ぎたのだ」

「先代公爵夫人は、夫の死を悲しまれなかったのですか?」

「母上か。母上は兄上と私がある程度成長すると、役目は終わったとばかりに別宅で暮らしていた。十歳も年下の男に入れ挙げたあげく捨てられて、失意の中で首を括った。父上の死よりも、愛人に振られたことのほうが悲しかったらしい」


 私はまたしても余計なことを言ってしまったらしい。冷汗が止まらないわ。


 でも、フィンドレイ公爵家に人材がいない理由はよく分かった。

 先代公爵様の時代は恐怖政治による支配で人材流出を防いでいたけれど、領主に対する忠誠心は育たなかった。先代公爵夫人も家向きのことを放棄していて、より拍車をかけたのでしょう。

 フィンドレイ公爵様が家門を継いだ時点で危うかったのだ。

 そしてイセル坊ちゃまがやって来て、オウカ神聖王国による妨害が始まった。

 結果、忠誠心のない使用人たちがどんどん離れていく事態に……。


 ……フィンドレイ公爵様が気の毒過ぎるわ。身内に恵まれてなさ過ぎる。

 私は親戚には恵まれなかったけれど、両親は尊敬出来る人だったもの。


「私は今まで、あの四人くらいしか信頼出来る相手がいなかった。……まぁ、万に一つもないとは思うが、この先『素晴らしいと評判の女性を妻に迎えること』になっても、私は相手のことを簡単には信じないだろう。そういう疑り深い性格になってしまった。だが、きみは違う。マグノリアは魔導人形だからな」


 公爵様はそう言って、キラキラ輝く瞳で私を見つめた。


 ど、どうしましょう……。

 罪悪感がすごいわ……。


 もう『本当は人間なんです!』って謝罪してしまいたい。

 でも、謝った瞬間に、フィンドレイ公爵様にものすごいトラウマを植え付けてしまいそうで怖い。

 ただ自分が他人と交流するのがつらかったから始めた嘘が、誰かを傷付けるかもしれないだなんて、想像もしていなかった。


「私はフィンドレイ公爵様を裏切りません。あなたに忠誠を誓います。……そう、設定されておりますので」


 魔導人形だなんてとんでもない嘘を吐いている私だからこそ、向けられた信頼だけは絶対に裏切らないようにしよう。


 私がじっと公爵様を見つめると、彼はしっかりと頷いた。


「知っている。私がメイソン氏にそう依頼した。だが、きみの口から直接聞くと案外嬉しいものだな。ありがとう」


 フィンドレイ公爵様からの信頼を守り続けるためにも、人間だとバレないようにしなくちゃ。

 私は覚悟を改めた。


 ふと、フィンドレイ公爵様は壁に置かれた柱時計に視線を向ける。


「もうじきオリバーが帰って来そうだな。さっさと王家への書状を書いてしまおう」

「そういえば、オリバー様はどこへ外出中だったのですか?」

「きみの生みの親の元だ。メイソン氏がなぜか報酬を受け取らないので、オリバーに行かせたんだ」

「はい???」


 オリバー様がメイソンさんに会いに行った???

『子守り用魔導人形マグノリア』などという架空の魔導具の支払いのために???


 思わず固まってしまった私に、公爵様が「どうした、マグノリア? 誤作動か?」と心配そうな視線を向けてくる。上手く反応出来ない。


 人間だとバレないよう心を新たにしたばかりなのに、どうしましょう……。





「マジかー……。マグノリアちゃん、マジなのかよ……?」


 オリバーは帰りの馬車の中で頭を抱えていた。すでに馬車窓からはフィンドレイ公爵家の屋敷が遠目に見えている。

 これからどうマグノリアを問い詰めればいいのか、オリバーも悩んでいた。


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