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18:妖精の来訪



 最近、オリバー様を見かけていない。

 フィンドレイ公爵様にお訪ねしたら「所用で他の領地へ行っている」とのこと。家令補佐も大変なようだ。人手不足だし。


 私も日々のお仕事に励んでいる。頑張りの甲斐あって、イセル坊ちゃまとフィンドレイ公爵様が週に三回は一緒にお食事が取れるようになった。

 家庭教師のおかげでイセル坊ちゃまはカトラリーの使い方もずいぶんお上手になり、お料理がお皿から逃げる事件も減ってきた。イセル坊ちゃまの些細な成長に感動して、私はついつい涙が滲んでしまう。

 フィンドレイ公爵様はそんな私を見て、「魔導人形にも一応、場面によって表情の違いがあるのだな。芸が細かい」と感心している。

 公爵様の観察力はとても優れていて恐ろしい。いつか人間だとバレてしまうかもしれない、とヒヤヒヤしてしまう。

 ……でも、気付いてもらえてちょっぴり嬉しいと感じている私も確かにいる。

 複雑な気分だわ。





 その日も、フィンドレイ公爵様とイセル坊ちゃまが二人で朝食を取っていた。

 私はイセル坊ちゃまの食事のサポートをしつつ、給仕と護衛の三役をこなしていたので、広い食堂には他の使用人の姿はなかった。


「マグぅちゃん、ちょうちょ! ちょうちょがおはようをいいにきたのよ」


 イセル坊ちゃまが指差す方向に、何やら翅のある生き物が飛んでいる。

 蝶々ではなく、トンボに似た翅を持つ虫のようだ。


「窓から入ったみたいですね。逃がしましょうか?」

「ああ、頼む」

「畏まりました」


 フィンドレイ公爵様の了承を得たので、私はシュシュシュッと気配を消して、飛んでいる虫に近付く。


 ……え? あれって本当に虫かしら?

 なんだか光る鱗粉のようなものを振りまいているし、小さな人間に翅が生えているように見えるのだけれど……。


 私は動きを止めて、視線だけは()()から目を離さないまま、公爵様に謝罪する。


「申し訳ございません、フィンドレイ公爵様。虫ではありませんでした。妖精です」

「……は?」

「ですから、妖精です。妖精にうかつに手を出すと災いが訪れます。手出し出来ません」


 フィンドレイ公爵様は驚きに固まっている。彼の持つスプーンから、ベイクドビーンズがぺちょ……っと皿に戻った。


 オーロラのように輝く薄い翅と人型の体を持つ妖精は、扱いの難しい生き物だ。

 妖精が気に入る相手になら幸運をもたらすが、機嫌を損ねれば恐ろしい災いをもたらすという。かつて妖精の幸運を求めた王がいたが、無理やり捕まえようとした結果、国が滅んだという話も有名だ。


 そもそも妖精なんて、各地を旅している冒険者でも滅多にお目見えするものではない。

 オウカ神聖王国周辺では数年に一度は目撃情報があったはずだけれど、このネルテラント王国での最後の目撃情報は三百年以上前だったはずだ。


 そんな貴重な妖精がここに姿を現した理由は――……。


「みて、マグぅちゃん! ちょうちょがぼくのてにとまったのよ! かわいーねぇ」


 やはり、イセル坊ちゃまが目当てらしい。


「ちょうちょはなにをたべりゅのかな? ぼくのオムレちゅ、たべりゅ?」


 イセル坊ちゃまは妖精に朝食を分けようとしたけれど、妖精が首を横に振った。


〈あたし、食べ物は要らないの。あなたの聖力をちょうだい〉

「妖精って喋れるのね……」

「妖精は喋れるのか……」


 期せずして、私とフィンドレイ公爵様の独り言が被った。


 妖精はイセル坊ちゃまの手に留まったまま、〈聖力が好きなの。あなたの聖力、とってもきれいだわ〉とねだる。


「……マグぅちゃん、どうしよう」


 イセル坊ちゃまは妖精が求める『聖力』が分からず、涙目で私に助けを求める。


 妖精の機嫌を損ねたら怖いけれど、イセル坊ちゃまをお助けしないと……!


「妖精様、イセル坊ちゃまは聖力の出し方をご存じありません。大変恐縮ですが、お教えいただけないでしょうか?」

〈そうなの? じゃあ、あたしが教えてあげる〉

「ありがとう存じます」


 妖精はイセル坊ちゃまの頭の周りをくるくると飛び、

〈あなた、お名前は?〉

「ぼく、イしぇル。きみのおなまえは?」

〈ないわ。イセルが好きに名付けてちょうだい〉

「じゃあ、ピヨンちゃん」

 などと楽しそうに話している。


 妖精と戯れる坊ちゃま、とっても可愛い……!


〈ふむふむ。なるほど、わかったわ。イセルが聖力を使えない理由。あなたは……まだとっても小さいんだわ〉

「ちがうよ。ぼく、よんしゃい。あかちゃんじゃないの」

〈でも、聖力を使いこなせるほどには大きくないのよ〉

「そうなの……? どうしよう、マグぅちゃん……」


 妖精の言葉に不安になったらしく、イセル坊ちゃまが再び私を見上げる。


「何か方法はないのでしょうか、ピヨン様?」


 たぶんパピヨンから名付けられた妖精に、私は問いかける。


〈イセルが聖力を使いこなすのはまだ無理だけれど、ちょっとだけ出せるようにしてあげる。……えいっ〉


 イセル坊ちゃまの形の良い額に、妖精が小さな唇でキスをすると、触れた部分がぽわりと金色に光った。

 坊ちゃまは額を撫でて、「なんだかポカポカすりゅ」と言う。


〈ほら、体の中にあたたかいものがぶわーって感じがするでしょ? それを両手から出すの〉

「こう?」


 妖精の説明はなんとも抽象的で、傍で聞いている私と公爵様にはまったく理解出来なかった。

 けれどイセル坊ちゃまには通じたらしく、彼が胸の前でかざした小さな両手から、金色の光が現れた。


〈これよ、これ! ありがとう、イセル!〉

「どーいたしまして」


 金色の光の中に妖精は頭から突っ込み、全身で吸収し始めた。とても美味しいらしく、体を嬉しそうにくねらせている。


 暫くすると聖力の塊は消え、妖精は満足そうに自身のお腹を撫でた。


〈イセル、お礼にこれをあげるわね〉


 そう言って妖精がどこからか取り出したのは――……金色に光るオリハルコンの塊だった。

 Sランク冒険者くらいでなければ、オリハルコンの採取は難しいと言われている。

 ネルテラント王国にもオリハルコン製の武器が数点あるのだけれど、どれも国宝として王家に保管されているので、私も実物を見るのは初めてだった。


「ありがと。キラキラできれーね」

〈イセルが大きくなったら剣でも作ればいいわ〉

「うん。わかった! テオおじしゃま、ぼくのけんをつくってくだしゃい!」


 無邪気におねだりするイセル坊ちゃまに、フィンドレイ公爵様は冷汗を浮かべつつも「あ、ああ……。分かった。イセルが剣術を習うまでは、厳重に金庫に保管しておこう。……警備を強化しなければ」と了承した。


〈あたし、イセルが大好きになっちゃった。これからはあなたと一緒にいるわ〉

「みて、マグぅちゃん。ぼく、ピヨンちゃんとおともだちになったの!」


 自分の頭の上に座っている妖精を指差して、イセル坊ちゃまが嬉しそうに笑う。


「おめでとうございます、イセル坊ちゃま。お友達が出来て嬉しいですね」

「うん!」


 妖精がイセル坊ちゃまを気に入ったのなら、追い出すわけにもいかない。というか、怖くて追い出せない。私はおめでとう以外に何も言えなかった。


 ……でも、イセル坊ちゃまが羨ましいわ。妖精とはいえ、お友達が出来るなんて凄いことだもの。


 視界の端で、フィンドレイ公爵様が私に手で合図を出している。『あとで執務室に来い』だ。

 ですよねぇ……。


お読みいただきありがとうございます。

ぜひぜひブクマ評価などいただけますと、さいわいです(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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