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17:特別ボーナス



 イセル坊ちゃまのもとに家庭教師がやって来るようになった。

 フィンドレイ公爵家の縁戚にあたる穏やかな老婦人で、絶えずおっとりとした笑みを浮かべている方だ。

 その昔は『鬼女官』と呼ばれて、王城中で恐れられていた人らしいのだけれど、六十代を超えた今はそんな過去を微塵も感じさせない。

 イセル坊ちゃまと初めて対面した時など、「孫の幼い頃を思い出しますわ」と頬を染めていた。


 授業内容は、まずは簡単なマナーや貴族らしい言葉遣いの練習だ。

 イセル坊ちゃまは「ぼく、テオおじしゃまみたいに、かっこよくなりゅの!」と張り切っている。

 フィンドレイ公爵様とのお茶会以来、坊ちゃまは叔父様にお会いするのを楽しみにしているのだ。あまり頻繁ではないけれど、たまにお食事を一緒にされている。


 叔父と甥の関係が良好で羨ましい。

 私は叔父様に会うと考えただけで胃が痛かったもの……。

 あの時逃げ出して本当によかったわ。


 さて、お二人がまたお食事出来るように、私もフィンドレイ公爵様のお手伝いを頑張らないと。

 最近の私は、イセル坊ちゃまが家庭教師に授業を受けているあいだと、イセル坊ちゃまの就寝後に、執務室に行っているのだ。


「今日はオリバーが外出していていつもより書類が多いのだが、頼めるか?」

「問題ありません、フィンドレイ公爵様。お任せください」


 大きな木箱に詰め込まれた溢れんばかりの書類を、私は身体強化を使って自分の机へと運ぶ。私専用の机が導入されたのだ。


 シュパパパパッと税収の計算をしていると、フィンドレイ公爵様が申し訳なさそうな様子でこちらを見ていた。


「すまないな、マグノリア。きみはイセルのための魔導人形だというのに、私の補佐までさせて」


 私は魔導人形なのにわざわざ気にかけてくれるなんて、フィンドレイ公爵様は思っていたよりもずっと優しい方なのね。


「構いません。フィンドレイ公爵様のお手伝いをすることは、イセル坊ちゃまのためになることですから」

「そうだな。またイセルと食事をする時間を作ろう」


 作業に戻ろうとしたが、フィンドレイ公爵様はまだこちらに視線を向けていた。


「いかがなさいましたか?」

「……本来、子守り係に話す内容ではないが。きみは魔導人形だから情報漏洩の心配がない。だから話しておきたいことがあるんだが……」

「え」


 情報漏洩の心配はまったくない。だって、仕事に関すること以外、他人と喋る機会がないし。

 でも私は本当は人間なので、本来話すべきことじゃないことは言わないほうが……。

 あぁ、また罪悪感で胸がチクチクするわ……!


「実は、イセルの黒髪や黒い瞳はとても珍しいものだ。オウカ神聖王国の聖女や聖人だけが持つ色だ」


 公爵様は結局、話すことに決めたらしい。重々しい口調で、イセル坊ちゃまがオウカ神聖王国の聖女の血筋であり、いずれは聖力が開花する聖人であること、両親を襲撃したのはオウカ神聖王国の関係者であると思われることを、私に話して聞かせた。


 そこまでは私も推測していた内容だったので、コクコクと機械的に頷くだけで済んだ。


 ただ、次の話には目がまるくなった。


「オウカ神聖王国の者たちは、イセルが我が屋敷にいることに感づいているようだ。あの子を引き取って以来、屋敷の周囲に不審者が増えている。護衛たちのおかげで侵入は未然に防がれているのだが、捕まえることが難しくてな……。後手に回っているうちに、イセルの子守り係や使用人たちも辞める者が相次いだ。どうやら元使用人の実家に妨害工作をしたり、買収していたようだ。次の使用人を雇おうにも、オウカ神聖王国に繋がっていると困るから、なかなか募集を出すことが出来なくてな。その結果、メイソン氏にきみの制作を依頼することにしたんだ」

「……そうだったのですね」


 公爵家なのに使用人の数が少ないのは、少数精鋭派だからじゃなくて、オウカ神聖王国の妨害にあっていたせいなのね。

 だからフィンドレイ公爵様の周囲も人手が足りず、仕事が山積みになってしまっていたんだわ。


 家令や侍女長もこの情報を共有しているのでしょう。

 私がイセル坊ちゃまの髪色を指摘した時、お二人は知らない様子に見えたのに。演技がお上手だわ……。


「イセルの周囲で異変があれば、すぐに私に知らせてほしい」

「はい。承知いたしました」

「あの子を頼む」

「お任せください」


 フィンドレイ公爵からの指示に、私はしっかりと頷く。

 可愛いイセル坊ちゃまを狙うなんて許せないわ。

 私が侵入者を見つけたら、ボコボコにしておきましょう。


「マグノリアは私の期待以上に働いてくれている。本当にありがとう」


 フィンドレイ公爵様は立ち上がり、私の机の前まで歩いてきた。

 不思議に思って彼を見上げていると、「手を出してくれ」と頼まれる。


「これをきみに。私からの感謝のしるしだ。好きに使うとよい」


 フィンドレイ公爵様が懐から取り出したのは――……Aランクの魔石だった。

 このあいだの魔石を売り払ったら、平民一家が半年は食べていけるお金が手に入ったけれど(そして四分の一のお金は、オウカ神聖王国の情報を集める依頼に使ったけれど)、この魔石なら平民一家で十年は遊んで暮らせそうだわ。


 ボーナスをもらって嬉しい私は、無表情のまま瞳を輝かせた。


「ありがとうございます、フィンドレイ公爵様。エネルギー補給(生活費)に使わせていただきます」

「ハハッ。魔導人形でも目を輝かすのだな」


 フィンドレイ公爵様は無表情の私の微かな変化に気付いて、おかしそうに吹き出した。


 ……私の微かな表情の変化を見抜いてくれるのは両親だけだったのに。気付いてもらえるなんてびっくりだ。

 それに、イセル坊ちゃまに笑いかける時はすごく不器用な笑みだったのに、自然と零れる笑顔は少年のように可愛らしいのね。二重にびっくり。


「また良い魔石があったら買ってきてやろう」


 公爵様はそう言うと、自分の執務机へと戻っていった。





「オリバー、少し頼み事がある」

「どうしたの、父さん?」


 外出先から帰ったばかりのオリバーに、父親である家令が呼び止める。

 家令の手には開封された跡のある一通の手紙と、金貨の詰まった革袋があった。


「メイソン氏にマグノリアの代金を送ったのだが、なぜか送り返されてしまってな。メイソン氏からの手紙もあったんだが……」

「ああ、マグノリアちゃんの生みの親ね。うわぁ。まったく読めないね、この手紙」


 判読不可能な癖字に、オリバーは顔を顰める。


「それでお前に、メイソン氏のもとまで直接支払いに行ってきてほしいのだが」

「いいよ、お安い御用だ。マグノリアちゃんにはこのあいだマジで助けられたから。メイソン氏にもお礼を言っておこう。ついでに、マグノリアちゃん2号とか制作出来ないか聞きたいし」

「そうだな。マグノリアを量産出来るのなら、何体か追加購入したいところだな」


 オリバーの言葉に、家令も深く頷いている。


「メイソン氏の住所はどこだっけ? ラインワース子爵領……って、ああ、ちょっと前に王家直轄地になった場所か。一週間くらいで着くね」


 こうしてオリバーは稀代の魔導具師メイソン氏のもとへ行くことになった。


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