16:テオドールとイセルのお茶会
なんとか時間を捻出して、三十分だけだけれどイセル坊ちゃまとフィンドレイ公爵様のお茶会をすることになった。
場所は庭に面したテラスで、テーブルの上には動物型にくり抜かれたクッキーや、花の形に絞られたバタークリームが乗ったカップケーキ、断面の彩りが綺麗なサンドイッチなどが用意されている。どれもイセル坊ちゃまの食べやすい大きさだ。
成人男性である公爵様には少々物足りないサイズかもしれないけれど、量はあるので大丈夫でしょう。
私はイセル坊ちゃまに果汁水をお出しして、公爵様の前には普通の紅茶を置く。
「……はじめまちて、おじしゃま。ぼく、イしぇルなの」
「私はテオドールだ。きみの父上の弟にあたる」
「パパのおとぉと? ておどりゅ……?」
「テオ叔父上、もしくは叔父様で構わない」
「テオおじしゃま」
お二人が対面するのは、私がフィンドレイ公爵家に来てから初めてだ。
イセル坊ちゃまは恥ずかしさと緊張でもじもじしながら挨拶をする。心細くなったのか、傍に控えている私のスカートをぎゅっと掴んでいた。可愛い……!
フィンドレイ公爵様は少しだけ目を細めた。
……もしかすると、微笑んでいるのかもしれない。あまりに不器用な笑みなので、分かりづらいけれど。
笑顔が苦手なご様子に、私は勝手に公爵様へ親近感を抱いた。
「イセル、上手に話せるようになったな。心配していたから、回復してくれてよかった」
「……しんぱい? テオおじしゃま、ぼくのしんぱいちてたの?」
「ああ」
「……ふふふ!」
イセル坊ちゃまはふにゃりと顔を綻ばせた。
心配は愛情から派生するものだ。イセル坊ちゃまはフィンドレイ公爵様からの愛情を理解して、嬉しくなったのでしょう。
すっかりいつもの調子に戻ったイセル坊ちゃまは私のスカートを放して、公爵様のほうへと身を乗り出した。
そしてテーブルの上のクッキーやカップケーキを指差しては、「これ、うしゃちゃん。ぼくもぬいぐりゅみをもってりゅの」とか、「おはな、きょうもおにわでみたのよ」と公爵様に一生懸命話している。
……他人に尻込みしない性格って、本当に羨ましいわ。イセル坊ちゃまの天真爛漫さを少しでいいから私に分けてほしい……。
イセル坊ちゃまとフィンドレイ公爵様のお皿にそれぞれお茶菓子を盛り付けながら、私は黄昏た。
ふと、庭の奥のほうからガヤガヤとした音が聞こえてくる。
何事だろうかと音のするほうへ顔を向けると、オリバー様が冒険者ギルドの紋章が入った作業服姿の男性たちに大きな檻を運び込ませていた。きっと職員ね。
鉄製の檻の中には、マッドタイガーと呼ばれるAランクの魔物がいた。
巨大な牙と鋭い爪を持ち、毛皮が赤と黒の縞模様なのが特徴だ。残忍な性質で、自分がお腹いっぱいの時も獲物を捕らえては、甚振り殺して遊ぶ魔物だ。
「このマッドタイガーはやっとの思いで捕獲したんですよ。何かの余興に使うみたいですけれど、本当に気を付けてください。かなり獰猛なんです」
「分かってますって。きっとすぐに済むから」
気楽に言うオリバー様に、冒険者ギルドの職員たちは『本当に分かっているのか?』と心配そうな様子だ。
「あっ、マグノリアちゃーん! ちょっとこっちに来て! 余興を手伝ってよ!」
「承知いたしました。一体どんな余興でしょうか?」
イセル坊ちゃまとフィンドレイ公爵様のお傍を離れ、私は庭へと降りる。
冒険者ギルドの職員たちは私を見て「おやっ」と目を見開いた。
侍女として働いていることは冒険者ギルドに伝えたけれど、勤め先については伝えていなかったので、フィンドレイ公爵家で会うとは思わなかったらしい。
無言で彼らにお辞儀をしつつ、この場で『殺戮人形』などという二つ名は出さないでほしい、と念じる。芋づる式に人間であることがバレてしまうので。
「この魔物をマグノリアちゃんに倒してみてほしいんだ。護衛モードの強さも知りたくてさ!」
オリバー様の瞳は、純度一〇〇%の期待に輝いていた。まったく悪気がない。
冒険者ギルドの職員たちは、まさか私が魔導人形のフリをしていると思うはずもなく、「なるほど。彼女の護衛侍女としての能力を測りたいってわけか」「それなら問題ないな。瞬殺だろ」と頷いている。
え? まさかこの場で? 魔物をタコ殴りにしろというのかしら?
両親の悲惨な事件を目撃した、イセル坊ちゃまの前で???
「オリバー様、イセル坊ちゃまに事件のことを連想させるようなことはしてはいけません……!」
「えっ!? あっ、そうか……! 血生臭いことは駄目だった! ごめん、俺が配慮がなかった!」
オリバー様が慌てて余興を中止しようとしたが、タイミングが少し遅かった。
Aランク冒険者・殺戮人形の腕前を生で見たかったギルド職員たちが、すでに檻の扉を開けてしまっていた。
「ガルルルルルル……っ!」
庭に降り立ったマッドタイガーが唸り声をあげる。
私の腕ほどの大きさがある二本の牙や、血に飢えた舌がよだれでテラテラと光っていた。
さいわい、イセル坊ちゃまはテラスにいて、状況を察したフィンドレイ公爵様に抱きかかえられていて安全だ。「まっかにゃねこしゃん、かわいーね! とってもおおきいのね~」とニコニコしている。
イセル坊ちゃまはマッドタイガーをただの大きな猫だと思っているご様子。……なら、可愛い猫のイメージのままで退場してもらわないと。
私は急いでガントレットを嵌めた。念のため持ち歩いていてよかったわ……。
そして、どの人間を甚振って遊ぼうか悩んでいる様子のマッドタイガーの前にサッと立ちはだかる。
すぐにマッドタイガーの標的に選ばれた。
「ギャオオオォォォ!!!」
「まぁ! 猫さんからダンスのお誘いですね! イセル坊ちゃま、私は少々失礼して、こちらの猫さんと踊らせていただきます」
「マグぅちゃん、ねこしゃんとおどりゅの? とってもたのちみなの!」
私はマッドタイガーに近付き、イセル坊ちゃまから見えない角度でマッドタイガーの顎にパンチを入れる。脳震盪を起こして一瞬で気絶した。
意識のないマッドタイガーの体を抱え、ダンスを踊っているように見えるようにマッドタイガーを振り回す。
たまに空中へマッドタイガーをぽーんと投げて、下でキャッチすると、周囲から大歓声が巻き起こった。
「マジか、マグノリアちゃん……! まさかワンパンで魔物を倒しちゃったの!?」
「おおっ、流石だな~。このマッドタイガーを捕まえた冒険者たちは五人パーティーで一週間かかったって話だったけれど、ここまで格が違うとはなぁ」
「いいもん見れたぜ。あとでギルドのみんなに話してやろう」
オリバー様が驚き、冒険者ギルドの職員たちが興奮している。
「きゃー! マグぅちゃん、しゅごいのね! ダンス、とってもじょーじゅ!」
「ほう……。護衛としての性能も完璧だな」
イセル坊ちゃまは嬉しそうに両手を叩き、そんな甥を抱きかかえているフィンドレイ公爵様は満足そうに頷いていた。
キリの良いところで、気絶したままのマッドタイガーを檻に入れて、しっかりと扉を閉める。
その後は職員たちがマッドタイガーを回収していき、オリバー様も「今回は本当にごめんね~」と再度謝ってくれた。
「でも魔物を一発殴っただけで倒せちゃうなんて、マジで人間じゃないね。マグノリアちゃんが本物の魔導人形だって理解したよ~」
「だから言っただろう、オリバー。マグノリアは魔導人形だと。それもとても優秀な」
「はいはい。もう疑ったりしませんって、テオ様」
……魔導人形だと嘘を吐いているのは自分なのに、納得されると複雑だわ。
人間じゃない、という言葉に傷付くなんて勝手すぎるのに。
とにかくイセル坊ちゃまを怖がらせずに事態が収拾して、本当によかった。
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