14:イセルの食事事情
イセル坊ちゃまは屋敷内や庭をよく歩き回るようになった。
そうなると自然に、公爵家で働いている使用人たちの存在が目に入り、イセル坊ちゃまは彼らに興味を持ち始めた。
「マグぅちゃん、おじしゃんがおはなをちゅんでいるのよ。どうちて?」
「庭師ですね。花や木を育ててくれているのです」
「マグぅちゃん、あそこでおねえしゃんがあわあわちてるの。きりぇいね」
「お洗濯をしているのですよ」
「おしぇんたく! ママもちてたの」
イセル坊ちゃまがキラキラと笑うと、私の胸がきゅ~んとなってしまう。
他の方々も同様らしく、庭師も洗濯女もメロメロの表情で、
「魔導人形さん、この花を坊ちゃまのお部屋に飾ってあげてくださいな」
「マグノリアさん、石鹸水はいかがですか? シャボン玉なら坊ちゃまもお喜びになるはずです!」
と、私に接近してくる。
使用人なので直接イセル坊ちゃまに話しかけるわけにはいかず、でも少しでも近くで坊ちゃまの笑顔を堪能したいらしい。
「おはなくりぇるの? チャボンだまも? ありがと!」
私が受け取った花や石鹸水を見て、イセル坊ちゃまがにっこりと笑う。
庭師と洗濯女の瞳にハートの幻影が浮かび、さらに周囲でこちらの様子を窺っていた使用人たちがゾロゾロと現れて、「魔導人形さん、採れたてのブルーベリーなんだが、イセル坊ちゃまのお口に合うだろうか!?」「これ、手慰みに作った動物の形の積み木なんだけれど、坊ちゃまにどうかな……?」とどんどん話しかけてくる。
ただでさえ会話が苦手なのに、こんなに知らない人に囲まれて緊張で泣きそう。無表情でプルプル震えてしまう。
「こんなにたくしゃん、みんな、ありがとっ! ぼく、うれしーの!」
……でも、こんなふうにイセル坊ちゃまが喜んでくれるのなら、私も頑張って仲介役をするしかないわよね。
大丈夫、私は子守り用魔導人形。他人と仲良く出来なくても、イセル坊ちゃまに忠実に行動出来ればそれでいい。
私は使用人たちの手にある贈り物をシュパパパパッと回収して、イセル坊ちゃまとともに子供部屋へと戻る。そろそろ昼食の時間だ。もちろんイセル坊ちゃまの。
「おにわ、たのちかったの! みんな、ぼくにやしゃしくしてくりぇてね、おはなもおもちゃももらったのよ」
「そうですね、イセル坊ちゃま。庭師から頂いた花はこちらの小さな花瓶に生けましたよ。石鹸水と動物の形の積み木は、お昼寝のあとで遊びましょう。ブルーベリーは本日の昼食のデザートになっております」
「わぁーい! ありがと、マグぅちゃん!」
「恐縮です」
「むむむぅ。マグぅちゃんのおことば、むじゅかちいね」
眉間にシワを寄せて「きゅーちゅくでしゅ」と言っているイセル坊ちゃまの前に、昼食を並べていく。
すると、イセル坊ちゃまは寂しそうに呟いた。
「ぼく、またひとりでたべりゅの? マグぅちゃん、いっちょにたべて?」
「いえ、私は……」
『魔導人形なので魔石しか食べません』と伝えるべきなのに、イセル坊ちゃまに嘘を吐くのが心苦し過ぎて、他の理由を口にしてしまう。
「使用人はイセル坊ちゃまと一緒に食事をすることが出来ないのです」
「どうちて? みんな、ぼくがきりゃいなの? きょうもやしゃしくしてくれたのよ?」
「使用人はフィンドレイ公爵家に住み込みで働いておりますが、イセル坊ちゃまのご家族ではないのです」
「じゃあ、ぼく、ずっとひとりでたべりゅの? パパとママは、いちゅもぼくとおちょくじしてくりぇたのに……」
見る見るうちにイセル坊ちゃまの大きな黒い瞳に涙の膜が盛り上がり、一瞬で決壊してしまった。
「わぁぁぁん! やあぁぁぁぁ! ぼく、やなのぉぉぉ!」
「そっ、そうですよね!? ひとりでお食事するのは寂しいですよね!?」
私は慌ててイセル坊ちゃまを抱きかかえ、懸命にあやす。
ひとりで食事をするのが寂しいなんてこと、私だって知っている。
今はもうすっかり慣れてしまったけれど、両親が亡くなったばかりの頃に一人分しか料理が並ばないテーブルを見て、呼吸も出来ないほどに泣いた。あの息苦しさは、確かに今でも私の中にあった。
イセル坊ちゃまはまだ四歳なのに、あの時の私と同じ苦しみを感じている。
子守り用魔導人形なのに、こんなに傷付いている彼を放っておくわけにはいかない。私には両親以外に『家族』として信頼出来る親族はいなかったけれど、イセル坊ちゃまにはフィンドレイ公爵様がいるのだから。
私がイセル坊ちゃまとフィンドレイ公爵様の仲介役をしよう。さっき、使用人たちにも出来たし。頑張ればなんとかなると思う……というか思いたい。
「イセル坊ちゃまが『叔父様』とお食事出来るように、私が話をつけてきます……!」
「おじしゃま? ぼく、おじしゃまとおちょくじすりゅの? とってもたのちみなの! ありがとー、マグぅちゃん!」
泣き止んだイセル坊ちゃまは、期待に満ちた瞳で私を見上げて、天使のように微笑んだ。
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