12:魔導人形を導入した経緯(テオドール視点)
子守り用魔導人形の製作を依頼したらどうか、と初めに口にしたのは家令のアーノルドだった。
「十年以上前に、王都で有名だった魔導具師のメイソン氏が、学会で『ペット型魔導人形』を発表していたではありませんか。今では『ペット型魔導人形』は、事情があってペットを飼えない家庭や、医療や介護などで活用されています。動物型の魔導人形が作れるのなら、人型も作れるでしょう」
「……そうなのか? 私は魔導具は使うほうが専門で、製作に関してはよくわからんが」
魔導人形の外見はどうとでもなるかもしれないが、愛玩目的のペット型とは異なり、子守り目的となるとさらに複雑な構造になるような気がするのだが。
子守り侍女の仕事内容を思い返せば、着替えや食事や入浴の介助、本の読み聞かせや遊び相手も務めなければならないだろうし、何より、幼児の感情の発露に合わせてあやしたりしなければならない。
人間でも子育てはたいへんなことだが、魔導人形ならば幼児の感情を理解し対応する人工知能も必要だ。動作も複雑になるだろう。
私はアーノルドの言葉に懐疑的だったが、彼の息子であり私の補佐であるオリバーが明るい表情で頷いた。
「ペット型の誕生から十年も経っているなら、魔導人形の分野もさらに発展してるかもしれませんよ、テオ様。第一人者であるメイソン氏に依頼するだけ依頼してみたらいかがですか? 今は猫の手も魔導人形の手も借りたいくらいですし」
「……それもそうだな」
確かにオリバーの言うとおりだ。
イセルの子守り侍女の問題は早急に解決したい。子守り用魔導人形なら人間のように裏切ることもないだろう。
メイソン氏への依頼がダメならダメで、次の対策を考えればいいだけだ。
私が頷くと、オリバーが「では、メイソン氏の住所を調べてきますね~」と執務室を退室し、アーノルドも「では、イセル坊ちゃまの子守り侍女に関してはこれで。続きまして、他の使用人の補充に関してですが……」と次の話に移り、私もそちらに集中した。
そんな経緯で依頼した『子守り用魔導人形』だったが、まさか本当に製作されて公爵家まで送り届けられるとはな……。
正直、あまり期待していなかったので、公爵家の玄関ホールにマグノリアが立っていた時は驚いた。
「こ、公爵様にご挨拶申し上げます。『子守り用魔導人形マグノリア』です。公爵様のご期待に沿えるよう、誠心誠意努める所存でございます」
確かに、人間と比べればマグノリアの容姿は整い過ぎている。シミもホクロもない肌は白磁のように白く、近くで観察しても毛穴が分からない。顎を掴んで持ち上げてみると、人肌の温度を保つ人工皮膚の下に、しっかりとした人工骨を感じる。
人工毛か人毛を植えつけているのかは分からないが、きっちりと纏められているハニーブロンドの髪が艶々と光を反射していて綺麗だ。同色の睫毛も長く、海のように澄んだ青い瞳はガラスには見えなかった。公爵家の特産の一つである高級ガラスよりも美しかった。
これが人型の魔導人形……。
芸術作品としても価値があるな、と私はメイソン氏の腕に感心した。
すると侍女長のフィリアに「テオドール様、魔導人形とはいえマグノリアは淑女です。むやみやたらに触れてはいけません。顔を近付けるのも失礼ですよ」と注意される。
確かにそのとおりだと思い、私はマグノリアに謝罪した。
マグノリアはすぐにフィリアの傍に戻ったが、その動きが身体強化を使った騎士にも出せないようなスピードだったので、さらに感心した。
これほどの運動能力を持っているのなら、イセルの護衛としても安心だな。
……それにしても、マグノリアは本当に魔導人形なのだな。
年頃の女は、私を見ると顔を赤くしたり、うっとりとした表情をするものだが。マグノリアの表情はまったく変わらなかった。
欲のない目を向けられることがあまりなかった私には、彼女の様子が新鮮だった。しかも彼女は人ではないので、その裏を考えなくていいのが気楽だ。
かなり素晴らしいものを手に入れたのでは、と私は思った。
▽
こうして導入されたマグノリアは、私の期待以上に働き、たったふた月でイセルの声まで取り戻してくれた。
フィリアやアーノルドの話では、マグノリアには医療の知識もあり、イセルの音声治療までサポートしていたという。イセルが声を出せない間は読唇術で彼の意思を読み取っていた、とも。
メイソン氏にはマグノリアの人工知能にかなり多くの情報を入れておいてくれたらしい。とてもありがたいことだ。支払いには色を付けておくように、アーノルドに指示を出そう。
今も庭から楽しそうな歌声が聞こえてくる。
「「ちょーちょは~ まりゅ(る)で~おんなのこのおリボン~ はるの~こみちを~ ちょーちょのおリボンで~ ゆくのよ~」」
……この屋敷でこんなに長閑な光景を見られるのは、ゼオン兄上がいた頃以来だ。
公爵家嫡男としては、あまりにも無責任で非常識な人だった。
けれど私の兄としては――……大らかで頼もしい人だった。
あんな無残に殺されていい人では決してない。
「……私が必ずイセルを守り育てます、ゼオン兄上」
窓の外に見えるイセルの笑顔に、私は誓う。
ふと、イセルの隣で花冠を作っているマグノリアが視界に入る。
マグノリアは無表情のまま、ものすごい速さで指先を動かしており、ほのぼのとした光景から浮いていた。異質と言い換えてもいい。
それがなんだかおかしくて、私は笑ってしまった。