「はじめての、ちゃんとした評価」
神崎が手に取った提案資料を、静かに目で追っていた。
桐谷も隣で覗き込みながら、表紙の文字を指先でなぞる。
《暮らしに、記憶をのせて》
手描き風のフォントと、柔らかな写真。
堅苦しい業界用語も、派手なキャッチもない。けれど、そこには確かに“何か”があった。
「……これ、澤村さんが一人で考えたんですか?」
桐谷がぽつりと訊ねる。
「はい。今日、先方の話を聞いて。
伝えるなら、数字より、言葉と空気のほうが合うと思ったんです」
正直、少し不安だった。
これまでの職場なら、こんな曖昧な資料は“甘い”と一蹴されていたはずだ。
だが、神崎はニッと笑って頷いた。
「めっちゃいいじゃん。ちゃんと、その会社のこと考えてるの、伝わってくるよ」
桐谷も嬉しそうに言葉を継ぐ。
「わたし、このコピー好き。“記憶をのせて”って、なんか…懐かしくなる」
評価——それも、数字じゃない“目の前の人の反応”という形で返ってくることに、澤村は戸惑っていた。
(……こんな形で認められるの、いつ以来だろう)
ふと、遠い日の記憶が蘇る。
まだ前職にいた頃。頑張って作った企画書が、先輩に「自己満足だな」と一言で否定されたあの日。
それ以降、誰にも心を見せずに、結果だけを追いかけるようになった。
その姿を、元妻は静かに見つめ、やがて何も言わなくなっていった——
「次の打ち合わせ、俺が同席するからさ。一緒に出そう、この案」
神崎の言葉が、澤村を“今”に引き戻す。
「……はい。お願いします」
その言葉は、少しだけ素直に、自然に出ていた。