「らしさを探す午後」
「これが、うちのロングセラーなの。昭和の頃から作ってる洗面台」
女性社員が棚の奥から取り出したカタログには、懐かしさと温かさを感じるデザインが並んでいた。
直線よりも丸み。真っ白よりも少しだけベージュがかった陶器。どこか人の手のぬくもりが残るようなフォルムだった。
「最近はスタイリッシュなデザインが主流だけど、うちは“暮らしに馴染む道具”を作ってるの」
その言葉に、澤村の中で何かがつながる音がした。
(これが、この会社の“らしさ”——)
かつての自分なら、こういう話は聞き流していた。
求められるものを数字で捉え、早く結果を出す。それが営業の正義だと思っていた。
でも今は違う。
神崎のスケッチ。桐谷のカレー。ミーティングでの緩やかな会話。
それらが少しずつ、自分のなかの“営業”を変え始めている。
事務所を出て、澤村はコンビニのイートインでノートを開いた。
そこに、手書きで文字を並べていく。
《手ざわり、ぬくもり、家族の記憶。使う人の暮らしに寄り添う形》
《最新ではなく、最適。シンプルではなく、親しみやすさ》
そんな言葉を並べていくうちに、自然と手が動いた。
——ひとつの構図が浮かぶ。製品に触れる子どもの手。横に立つ母親の笑顔。その背景に流れる柔らかな午後の光。
イラストは描けない。
でも、伝える手段は、言葉でもいい。
(これを“提案”として持って行こう)
ノートを閉じ、顔を上げる。
不思議と、背筋がすっと伸びていた。