洞化の慟哭 前編
序章
静かな夜に響き渡る俺の怒声にもオーカスは目もくれず、暴れ馬を落ち着かせるように両手で制す。
「マスミ、落ち着いて。ほら、ひっひーふーだよ」
「それは妊婦さん用の呼吸法だわっ!馬鹿にしてんのか!?」
「おや?人はこれで落ち着くって聞いたんだけど…んー?」
すっとぼけた様子のオーカスに俺は青筋を立てながらふと違和感を覚えた。
オーカスが現れてからというもの、大きな声を発し続けたりと度重なるご近所迷惑を起こしている。だが、全くそれを咎める気配を感じない。
(なんだ…?この異様な静けさは…)
そう、ここは住宅街なのだ。数多くの住宅には仲睦まじい家族が眠りについてる深夜真っ只中。
その静寂さになんの一つも可笑しいところは無い。だが、ここまで生活音が届かない事ってあるか?
違和感は不信感に変わり、不信から不安の芽が実る。
唇を震わせながら自分を安心させるように少年の名を呼んだ。
「オーカス…、」
「マスミっ!避けてっ!!」
「っ!?」
突如、大声を放つオーカス。
その声に俺は足に力を入れ素早く横に移動し、受け身を取る。
僅か数秒、ドゴォンッとけたたましい轟音が鳴り響くとその衝撃から目を閉じた。
(なっ!?)
音が止み目を開けば俺が居た場所には人一人は消し飛んでもおかしくない爆発痕が出現していた。
その光景を見た直後、ゾッと肝が冷えはじめる。
俺は恐怖からカタカタと震える体を抑えるも突然の出来事に頭の処理が追い付かなかった。
「なんだよっ、なんなんだよっ!?これは!」
「始まったみたいだね。選星バトルロワイヤルの開戦だ」
「バトルロワイヤルっ!?そんな事、一度も聞いてないぞ!」
それって…生死を分けた戦いって事だろ。何故、星に願っただけでこんな危ない目に遭わなきゃならねぇんだよ。可笑しいだろう。こんなのは何かの間違いだ。
「…っ俺は、降りる!命を落とすかもしれない戦いなんて参加できる訳ないだろう!?」
「…無理だよ。僕と君は契約が済んでいる。その手に証が浮かんでいるのが何よりの証拠だ」
「だったら契約を破棄してくれよっ!」
「それも無理だ。契約はお互いが死ぬまで消える事はない。僕が死ねば君も死ぬし、君が死ねば僕も死ぬ。星隷との繋がりはそういう契約なんだ」
申し訳なさそうに眉を落としながら話すオーカスにぎっと睨みつける。いくら心苦しそうな顔をされていてもこいつとは会ったばかりの薄っぺらい関係だ。
目元を隠してどんな目で俺を見ているかも分からない。飄々とした態度のせいで胡散臭さがより俺の不安を駆り立てる。
その上、そんな後付けで重要な事を説明をされても納得いく訳がない。なんなんだよ選星って、死と隣り合わせが前提の戦いに底辺弱者の俺なんかが身を投じれる訳がないだろう。
「大体っ…」
「お話はお済みかなぁ?兄ィちゃんよぉ」
「っ!?誰だ!?」
声がする方へ即座に顔を向ければそこには誰もおらず、周囲を警戒する。
今、確かに男の声が聞こえた筈だ。
攻撃を仕掛けた張本人か?
だけどそんな人物は1人も見当たらない。
「どこだっ!どこにいる!?」
「さぁて、どこだろうなぁ?俺を見つけられないと兄ィちゃん死んじゃうぜぇ?」
真後ろから声が聞こえた瞬間、勢いよく腕をその方向まで振り回すが手応えを感じずそのまま空振りする。
その俺の動きを見た男はそれが可笑しかったのかギャハハと下卑た笑い声を響き渡らせる。
「隠れるのが上手いタイプと当たったみたいだね。初戦にしては少し厄介だ」
「言ってる場合かっ!どうすんだよ!?あいつ俺を爆破させようとまでしたんだろう!?」
「………基本、星隷と契約したパートナーの人間には一つの能力しか得ることが出来ないんだ。特例がない限りは、ね」
「は!?」
オーカスの話を聞いて、ますます相手の力に疑問が浮かんだ。目視出来なくする力は謂わば戦闘を避ける力。爆破の力は攻撃に役立つ力。どちらも相反する性質に同一の力ではないことは確かだ。だが警戒はより一層高まった。
俺は近くに潜んでいる男を注意しつつこの場から素早く去る。
(唸れ、俺のガチガチに凝り固まった筋肉っ。今を生きたければ寿命を減らせっ)
そんな思いを抱きながら静かな住宅街の狭い道をがむしゃらに走り出した。
オーカスはそんな俺に気づくと俺が逃げる方向に身を翻した。俺と共に平行して飛び続けながら彼は話し始める。
「どんな星隷か分かれば、その能力の特性が大体予想は掴めるんだけど…。目に見えない何かが爆破能力を持っているとは到底考えられない」
「げっほ、おぇっ、っ星隷で、そいつの特性が分かるのかっ!?」
俺の言葉を聞いて肯定するようにオーカスは頷く。
「うん。星隷は謂わば神話やその生物からなる"ミーム"の力が大きく影響するんだ。星隷を見つけ出せば、敵との戦い方を変えられるし、僕も君の力になれると思う」
その話が本当なら相手の正体が分かれば力を特定し勝敗を分けることが出来る。だが、パートナーが分からないのにどう動けばいい?
「星隷はどうやって見つけるんだ!?」
「基本、戦闘を開始してしまうと星隷は遠い場所に隠すことも、置いておく事もできない。離れていても半径5メートル…それぐらいの範囲が限界だね」
「その話を鵜呑みにすれば、そいつはパートナーの近くに潜んでるって事か!?」
コクリとオーカスは頷ずく。
ならば今回の戦いは、まず男の正体を炙り出す事に優先順位を変えるしかない。
「お話は済んだかぁ?なら、死ぬ覚悟は出来たんだろうなぁ!」
男の声がすぐそばまで聞こえた。敵に追いつかれているのに予想はしていたが意外にも、奴は近くまで迫っていたのか。
(単に君の運動不足が原因だと思うよ)
にこにこと笑いながらイマジナリーオーカスの声が聞こえた気がしたがそんなもんは頭の隅に追いやる。
目に見えない男は今も俺を追い掛けている。この戦いもそうだが今後、俺がこんな奴らに勝てる要素なんてあるのか?答えのない悪い考えが俺の頭を支配する。
(どうすりゃいいんだよ、この戦いっ)
「マスミ、君は契約したばかりでまだ自分の力がどういうものか理解も、扱う事も出来ない」
「あぁ"!?」
「それでも君はこの町に住み、生きてきた。長年積み重ねてきた当たり前は時に、目に留まる機会も少なくなり振り返る事もあまりないだろう。それでも…」
「っ…、だからっ、なんだよっ!?」
「それでも君が肌で感じて見てきた記憶は裏切らない。きっと、絶望的な君の状況を変える___打開策が見つかる筈だ。どうか落ち着いて、思い出してみて欲しい」
共に走り続けるこの少年は出会ってからこの時まで何故、こうも冷静でいられるんだ。
こいつはまるで俺があの男に勝てると確信している口振りで俺を諭してくる。
俺が死ねばこいつだって死んでしまうのに、俺はこんなにも恐ろしくて今すぐにでも戦いなんて降りたいのに。
そんな中でもオーカスの言葉が不思議と耳に残り、それは小さく脳内で反復し始めた。
(この町で見てきたもの…、記憶…思い出…。見えない…敵…見える…目視…、存在…証明……あっ)
ハッと見開いた俺の目に気が付いたのかオーカスは口元を綻ばせる。
「何か、思い出せたみたいだね」
「嗚呼!オーカス、これからある場所まで移動する。道中、危険を察知したら教えてくれよっ!俺はまだ死にたくないんでなっ」
「勿論!君が危ない時はすぐに助言をするよ」
その言葉を信じて俺は目的の場所まで走り続けた。
あれから数十分掛けて走り抜いた俺は擦り傷だらけの低い建物の前で立ち止まった。
「ここは、廃ビル…?」
「オーカス!敵は!?」
「今は気配が感じられない。途中、入り組んだ道を利用したのが功を奏したかな。流石、この町の子だね」
「まだ油断は出来ないっ。今からアイツに立ち向かう為の準備をする!」
「準備?」
俺はそのまま地下へと続く階段を駆け降りれば、その先にある薄汚れた扉に目掛け突進する。
大きな音を立てて開かれた扉を潜り抜けそのまま中に入れば、床には壊れた器物などがそこかしこに散乱していた。
どこを見ても今は使われていない場所だと理解ができる。こんな寂れた所で、真澄が何を始めるのかオーカスは気になった。
「マスミ、ここで何をする気なんだい?」
「オーカス!お前も手伝え!コレと同じ物を掻き集めて入り口に向けるんだ!」
「え!?こんな大きな物を僕に任せるの!?ちょっと、マスミ!」
「頼んだぞ!」と一言、彼に言い放ち俺も同様の物を集めては定位置に置いて行く。コンセントが利用できる箇所の把握も忘れるな。一分一秒の時間を無駄にする事は出来ない。
(手を動かせ、足を動かせっ!)
俺は必死に辺りを整地して男を迎え打つ準備を進めていく。
その直後、入口の方から靴音が鳴り響くのが聞こえた。敵がすぐそこまで近付いている。
オーカスもそれに気づいたのかすぐに静止の合図を送り、俺は目標の位置まで動き出す。
「本当にココにさっきの男は居んのかぁ?なぁ、キャメロン」
「いる、ココ、いる」
「そうか…、"何も知らなさそうな野郎"だったなぁ。あの男…」
「…ゴシュジン、へいき?」
自分の側で控えてる相棒は心配そうに俺を見つめてくる。
「そんな目で見んなよぉ、キャメロン。アイツに攻撃したあの瞬間から覚悟は出来てる」
「ごしゅじん…」
「お前も覚悟を決めろ。あの男は、絶対に"1番"にしちゃならねぇ」
「ウん…ボく、やレるよ」
覚悟を決めた相棒の言葉に俺はニヤリと口角を上げる。キャメロンはじわじわとその形状を変えて俺に力を与え始めた。
(頼りにしてるぜ、キャメロン…。俺たちはここで勝たなきゃならねぇんだ…っ)
全ては________…………。