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第二話 食事

 ドナトス修道士は自分の体が揺れているのを感じて目を開けました。


 何やら胸のあたりを、ぽすんぽすん、と軽く叩かれています。

 一瞬混乱しましたがすぐに思い出しました。木箱の中に生首が……。

 急いで半身を起こすと体の上で跳ねている生首と目が合いました。

「おい、また気絶するなよ」

 生首がはっきり物を言いました!


 焦ったドナトス修道士は乱暴に生首を払いのけました。

「あああ悪魔!近寄るな!」

 転がった生首は、しかしすぐに飛び跳ねてまた体の上に乗ってきました。


「無礼な坊さんだな。俺は奇蹟みたいなもんで生首になったんだぞ。もっと大事に扱え」

 奇蹟、と言われてドナトス修道士は幾分落ちついて生首を眺めました。

 自分より少し年上でしょうか。少し長い金色の髪は乱れ、埋められた木箱の中にいたせいか皮膚は白っぽくても鼻筋の通った顔は普通の人間です……仏頂面ですが。


「俺は首だけだが人間だよ。色々あって木箱に押し込められていたんだ。しかしこんな穴の中に箱ごと放り込まれていたとはな……まあ話は後だ。まずブドウ酒を飲ませてくれ。喉が渇いた」

 いきなりの図々しい要求を聞いて、ドナトス修道士は呆れた分落ち着いてきました。

「ブドウ酒は持っていませんが……あなたは飲む事ができるんですか?」

「できる。物も食えるぞ。自分でも理屈はわからんがな」

「はあ」

「持ってないなら、ブドウ酒の飲める所に連れて行ってくれ」

「ええとそれはその。あの、まずあなたの名前を教えてもらえませんか?」

 生首は少し考えるような表情を見せました。

「名前か。そうだな、とりあえずコスドラスと呼んでくれ」

「コスドラス……変わった名前ですね」

「ふん。お前さんの名前は?」

「ドナトスと言います。修道士として神に仕えています」

「坊さんなのは見りゃわかる。よし、ドナトス。さっさと出かけよう」


 ドナトス修道士は途方に暮れつつ、とりあえず村を出ることにしました。

 誰かに見られたら大変ですから、とにかくもう一度木箱に入ってくれとコスドラスに頼み、恐る恐る生首を両手で持ち上げて(とても軽いのが意外でした)慎重に納めてから蓋をして、袋に入れて背負うと教会の外に出ました。


 通りかかった村人に近くに教会か修道院がないか尋ねると、街道をしばらく歩けば修道院の建物が見えると教えてくれたので、そこを目指すことにしました。修道院ならばブドウ酒もあるでしょう。


 夕焼け空の下、杖をついて歩きだすと、少しだけ重くなった背中からコスドラスが話しかけてきます。

「おい、久しぶりなんだから俺にも風景を見せてくれよ」

「少しの間我慢してください。あなたを抱えて歩く訳にはいかないんですから」

 ドナトス修道士は、仕方なく返事をします。

「そういえば、生首を抱えて歩いた坊さんがいたな」

「あの方は異教徒に斬首された自分の首を抱えて守護天使と共に歩いたんですから、今の私とは全然違いますよ」

 久しぶりに外に出たせいか饒舌なコスドラスに、どうか黙っていてくださいと頼みつつ何とか修道院に辿り着きました。


 さほど規模は大きくありませんが、門の前でドナトス修道士が一晩の宿を願い出ると、快く迎え入れてもらえ、宿泊者のための部屋に案内されました。

 少し体調が悪いので、と食堂での夕餉は断りブドウ酒とパンの塊と果物を部屋まで持ってきてもらう事が出来ました。担当の修道士に篤く礼を言って、扉を閉めようやく息をつきました。


 質素な寝台の上で袋から出した木箱を開けると、コスドラスが身軽に飛び出してきたので、ドナトス修道士はひそかに安堵しました。

 もし悪魔なら、聖域である修道院の中で無事ではいられないでしょうから。


 ロウソクの灯りに浮かぶコスドラスは、のん気な表情で回転しながら室内を眺め回しています。

「さっきも思いましたけど、一人で動けるんですね」

「少しぐらいなら飛び跳ねて移動できる。長い距離は無理だけどな」

「そうなんですか」


 ドナトス修道士が小さな食卓の上にコスドラスを運び、杯に注いだブドウ酒を口元に持っていてやると器用に啜って、なかなか美味いと満足気です。

 気になって見守っていましたが、首の下からぶどう酒が流れ出してくるような事はありませんでした。

「胴体が無いのに不思議ですねえ。飲んだブドウ酒はどこにいってるんですか?」

「さあな。俺にもわからんよ」

 コスドラスはパンも果物も一口ずつ食べましたが、齧るのが辛いと言ってそれ以上は口にしませんでした。でも久しぶりの食事は楽しいと機嫌がいいので、柔らかいお粥やスープなど食べ物の種類に気を使ってやれば良かったかなと、ドナトス修道士はほんの少し後悔しました。


「さて、これから先あなたをどうしましょうか」

 ドナトス修道士も食事を終えてから、寝台の上に座り込んで目の前に鎮座したコスドラスに溜息まじりに問いかけます。

「身内などはいないんですか?」

「いない」

「そんなあっさりと……」

「いないんだから仕方ないだろう。ところで、お前さんはこれからどうするんだ?」

「私ですか?私はアラペトラ国の大修道院に行く途中ですから、旅を続けますよ」

「アラペトラ国?坊主の国か。ずい分遠くまで行くんだな」

「ええ。まだまだ長い月日を歩いて行かねばなりません」

「旅をしているなら丁度いい。俺も一緒に連れて行け」

「ええ?あなたをですか?」

 ドナトス修道士は驚きましたが、コスドラスは平気な顔です。


「俺も旅に出る必要があるんだが、さすがに首だけじゃどこにも行けないだろう。別に目的地はどこでもいいしお前さんがアラペトラ国を目指すなら好都合だ。俺も一緒に行く」

「しかし……」

「別に困らんだろう?お前さんが担ぐ荷物が少し重くなる程度だし、俺はブドウ酒さえあれば食料も不要だし宿賃もかからない。路銀が必要なら、俺が入っていた箱の宝石を売り飛ばせ。一応上物だぞ」

「何てことを!聖遺物箱の飾りを売るなどとんでもないことです!」


 コスドラスはふん、と鼻で笑いました。

「それは飾り付きのただの古い木箱だよ。もっともらしく見せるために宝石で飾ってあるだけで、有難くも何ともない代物だ」

「じゃあ、どうしてあなたはこの木箱に入れられて教会の祭壇の下の穴に隠されていたんですか?」

 さすがにドナトス修道士は少し腹が立って問い詰めましたが、コスドラスはそっぽを向きました。

「昔のことだからよく覚えていない」

「教会では、色々あって木箱に入れられたと言ったじゃないですか。素性を全然知らない人と旅をするなど……あなたが旅に出なければならない理由は何ですか?そもそも、なぜ生首になったんですか?元は普通の人間だったのですか?」

 コスドラスは無表情になり、不機嫌そうに呟きました。

「普通の人間だったが……他はあらかた忘れたよ」


 それきりコスドラスはドナトス修道士が何を聞いてもきちんと返事をせず、やがて目を閉じて眠ってしまいました。

 随分と自分勝手な、とドナトス修道士は呆れましたが仕方ありません。

 コスドラスをそっと元の木箱に入れ、蓋は閉じずに寝台の下に隠すように置いてから、就寝前の祈りを捧げ衣を脱ぎ、灯りを消して寝具にもぐり込みました。


 深夜になって、コスドラスは目を開きました。

 ドナトス修道士のかすかな寝息を聞きながら、彼は昔見た不思議な夢を思い出していました。

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