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曼珠沙華  作者: みなはら あるいは あやは
2/3

狂い狐 -昔語り-

-本文-  語り  みなはら



※お待たせいたしましたm(_ _)m

だいぶ前に九割がたは仕上がっておりましたが、日々の事とあやはの心情などがうまく描けず、だいぶ時間がかかっておりました。

まだ書ききれたとも思えないところもあるように感じますが、今はこれが精一杯です(^_^;)

ご笑納いただければ幸いです(o_ _)o

 あるところになぁ。

狐のあやかしが住んでおった。


 昔々のことじゃ。

未だ百姓や侍などが居て、

田畑を耕し、時に争い、

懸命に命を育てたり、

人同士で奪い合ったり、

生きてそして死んでいった時代。


 人の生と死が、今よりもずっと軽く、

けれども抱えた命や想いが、時には重くのしかかるようにも感じられていた、

世の中や命が、もっと鮮やかだった頃のことじゃ。



 いつの頃から居たか、とんとわからぬが、

あるときその狐は住んでいた近くの人里へ、

小さな集落へと住みだしたんだとさ。


 なぜそんなことをしたのか、

狐のあやかしと成る前の子狐のころに、人に助けられたとか、

もとから人の暮らしに興味があったとか言われるが、

正直なところ理由ははっきりとせんかった。


 けれども人に惹かれたあやかしは、

あやかしの仲間からは変わり者と呼ばれたりするそうな。


人を真似て、人の世に混じって、

人を愛して仔をなしたり、

傷つけ傷つけられ、居場所を追われたり、

そうした当たり前のことを、知ってか知らずかではあっても思うままにするのは、

普通のあやかしとはやはり違うものなのじゃろうな。


 人とあやかしとは、稀にうまくゆくことがあっても、大方はうまくいかなくて当たり前。

そんな世の中の出来事じゃった。



挿絵(By みてみん)



-◇-


 その狐のあやかしは、

注意深く人の中に溶け込んで、何年も人の集落へと住んでおった。


行き倒れを装い、時に人の心を狐の力で誤魔化しながら、村や集落へと住む居場所を得て、

それまでも、人の中で多くの時を過ごしていたそうな。


 利に敏く、人を欺くに長けることが化け狐の性とはいえ、あまりにも不用意なことをしておった。


いつだったか、もう少し考えてから彼らに近づいてゆけば良かったと、狐はのちに後悔をしたということじゃったがな。



 その狐は人のことが好きじゃった。

共に泣き共に喜び合う、そんな人の暮らしに憧れておった。

人で無かったから故に、人に焦がれておったのじゃろうな。


 そして人を好きであるが故に、

人で無い者、その身の内に居ないものへと向ける、人の冷たさや残酷さからは目を背けておったのじゃろう。



 狐が人の元に住み暮らすようになって、幾度めかの季節の訪れを繰り返す頃、

その彼岸の頃に、狐と人との繋がりは近くなり分かちがたくなってしまったのじゃな。


人に見せかけた狐のあやかしは、集落のひとりの男に想いを寄せており、

またその男も狐が偽っていた女へと惹かれておった。

幾度かの逢瀬を重ねたあと、男は狐の女へと想いを告げ、二人は将来を誓い合う事となった。


 幸福のさなか、けれども狐は自らを偽る(しこ)りを胸に抱えておった。

想いを告げられた相手へ、

男へと真実を告げ受けとめて欲しいという、

そんな望みじゃった。



 そうした折に、集落を災厄が襲ったのじゃよ。

戦国の荒れた世は、天下を狙う戦やそのための略奪も時に起こる、

そうした時勢のおりに、しごく当たり前に起こる出来事じゃ。


起きたのは、負け戦を落ちのびた侍の一団、野盗と化した暴徒からの襲撃、略奪じゃった。


人を傷つけ襲う力と心を持つ、そうした獣の如き相手たちに抗するほどの力を、そうした小さな集落は持ってはおらんかった。


 傷つけられるまま奪われるまま。

自らのいる集落が荒らされ壊されてゆくことが、当たり前のこととしてそうあることが、その時の狐には許せなかった。


心の迷いを持ったままで、あやかし狐の女は賊に対して踏み出してしまったのじゃな。



 狐は自らの(しょう)を明らかにして、真実を、あやかしの姿を男へと見せて、集落に危害が及ばないよう、野盗の群れを追い出すことを話したのじゃ。


 わたしのことを恐れないで。

 わたしを信じて、と。


狐は男へとそう告げて、

揺らめく狐火と呼ばれる炎を呼び出したのじゃった。


 あやかし狐の狐火は、人の心を迷わせる。

ゆらめきとまたたきで見た人を惑わせ、時には狂わせる。

人の心の浅い部分に分け入って手を加え、夢を見せることも、見たことを忘れさせることも、そうやって人を操ることもできる。


 狐の火によって、迷わせた心へと後押しをして狂わすことも、

火の力で直接傷つけ殺すことも、その狐にはできたのじゃ。


けれどもそうはしたくなかった。

人が好きな狐は、できるなら人を殺さずに脅かして追い返したかった。


 甘いと思うかな?

そうじゃろう、そうじゃろう。

そう思うじゃろうよ、確かに甘い。


けれどもそれがあやかし狐。変わり者といわれる狐の本性だったのじゃな。

難儀な性じゃよ。



 あやかし狐は一生懸命に考えておった。

まあ、そんな都合のよい方法なぞ、世の中には簡単にはあったりはしないものじゃ。


脅し迷わせて集落を救っても、きっと野盗どもは戻ってきてしまう。


悩んだ末に、

仕方なく狐は、集落から落ち武者共、野盗を連れ出して迷わせて、

集落の近くの山にある高い崖から、野盗どもを落として死なせたのだそうな。


挿絵(By みてみん)




 そうしてあやかし狐の力添えによって、その集落は危機を脱することが出来、人は救われた。

それでも、お話はめでたしめでたしとはゆかなかったのじゃよ。


集落の危機を助け、人を救っても、

結局、狐の心は救われなかったそうな。


 男は、信じて欲しいと告げた、狐の気持ちを信じられなかった。


狐だと知らず、愛すると言った男は、

人ではなかった女を見限り、

偽って集落へと住んだ狐のことを責めたのじゃな。


 そうして男は、狐のことを人々へと話してしまったのじゃよ。

集落の者たちは男を信じ、

狐の居場所は奪われて、罵倒と共に集落を追われたのじゃった。



 人で無く、不可思議な力を持つものに助けられても、

人は恐れから、人でない、その力ある者を(そね)み避け、望みも居場所をも奪ってしまう。


 狐は涙を流しながら、

人としての身で住んだ場所、ふるさととも思い、家族とも思えるものから追われ、かなしく声を上げながら、

ちいさく鳴く声を残し、その紅き花の咲きほこる集落から独り去ったのだそうな。


挿絵(By みてみん)




-◆-


 あやかし狐のその後のこと。


ここではまず、狐の言葉を借りることとしよう。




  呪う呪う

  怨嗟の如く


 悪かったのはわたし、

 間違えたのは自分だと解っている。

 けれども何かを怨み呪わねば、

 この身この心が収まらぬ。


 けれど、幾とせも惹かれていた、

 好いていた想いは壊せない、

 壊したくはない。


  だから

  だから


 目に付いた、

 きっかけを起こした相手に似た者を、

 壊し、呪う。


  人が憎い

  人が恋しい


  この憧れを

  この怨みを


 すべての出遭う、似ているものへとくれてやる。


  悲しみに苛まれる痛みも

  寄る辺なき不安と気持ち悪さも

  怒りも怨みも全て全て


 余すところなくこの全てを与える。

 爆ぜてしまいそうな、この心の(おり)を全て。


  愛しかった全てが

  いまはかなしい


  想う心に溢れる怨みが

  苦しくてたまらない


  狂える心が

  ないている


  かなしいと

  かなしいと


  この苦しみから逃れたいと




 その集落の近くにある峠道には、化け物狐が住むという。

峠を越える旅人に悪さはしないが、

その辺りを根城とする、侍から落ちぶれた野盗や山賊どもや、戦から落ちのびた落ち武者どもなどは、

化け物狐に目を付けられて、惑わされたあげくに、その命を奪われるということじゃ。


 迷わされた野盗ども、落ち武者ども。

森や峠を散々に迷わされたあげく、崖から落とされたものなどは未だ幸せなほうで、

お互いが殺し合いながら憤怒の形相で果てるもの、

狂いて哄笑を上げ果てたような、奇妙な笑みのまま(むくろ)を晒すものも数多くあったそうな。


 そして最も恐ろしい表情にて果てるものは、

曼珠沙華の赤の如き血の色に爆ぜた目玉から紅き涙を流し息絶え、

目のあった黒い穴から勢いよく噴き出た真っ赤な血は、

宵闇の昏き地べたに、血潮で紅き曼珠沙華の大輪を描き出すかのようだったという。



 そうした、特に恐ろしきさまの死者が見つかるのは、決まって彼岸の頃、

紅き曼珠沙華の咲き乱れる頃のことだったという話じゃ。




挿絵(By みてみん)



-◆◇-


 多くの時が流れていった。

狐を責め追うた集落の者はもう、この世に一人も生きてはいない。

時の流れの中、朽ちて消えてしまっていた。


狐は未だそこにいて、少し形を変えた伝承がまだ残っておった。


 いつの頃からかはわからぬが、その辺りにはあやかしの狐が住み、

峠の山賊共や戦の落ち武者共を迷わせて、時には狂わせて殺すという噂が流れておった。


 狐のことは、くるいぎつねと呼ばれ、

その辺りに住むもの、特に人の身で人を襲い、生きる糧とする獣の如き野盗や落ち武者、山賊などは、殊更にその狐のことを恐れて、

やがてはその辺りへと現れ、人を害し殺めることは無くなっていったと伝わっておる。


 その狐は人に狂い血に狂うても、

裏切られた集落へと怨みを晴らそうとせず、

そのためかは判らぬが、

過ぎ去った時を重ねていた集落に住む人々は、その追うた手も追われたものの心も知らず、

あやかし狐のお陰にて、その地にて平穏のもとに暮らしていたということじゃった。


くるいぎつねと呼びながらも、

その狐を敬い、畏れ、感謝をしながらなぁ。


これはそんな、かなしい狐の物語じゃ。

全てを知るものにとってはの。



 今は昔、ずっと前にこの辺りには、

そんな狐のあやかしが住んでおったそうな。



挿絵(By みてみん)




-おわり-

そうしたかなしい時を過ごした狐が稲荷の神と出会い、神使として仕えそして救われること。


それはまた別のお話。

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― 新着の感想 ―
[一言]  過ちと感じているのは、人に近付いた事なのか、あるいは親しき仲に成りて生まれた甘さの事か、それ故に人を殺めた事かもしれず、何処から悔いているのか判らぬそれを曼珠沙華の紅に見ては己を忌むなら、…
[良い点] 語り部口調がしみじみしていて、すぐに引き込まれました。冒頭の「昔々~」から「鮮やかだった頃のことじゃ」までの表現が、とてもよく時代をあらわしていて素敵です。 そこからはじまる、狂い狐の恋心…
[良い点] お話も、語り口も、何もかもが味わい深く、曼珠沙華の黒と赤のそのままに、しみじみと読ませていただきました。 ありがとうございます。
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