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99話 吉と出るか凶と出るか

 その日、王国全土に前聖王の逝去が伝えられた。


 前聖王の葬儀は一部の者たちだけで慎ましく行われ、各地の教会でもごく一部の信者のみが祈りを捧げる。

 聖王祭ではさんざん浮かれていた大多数の民衆は関心薄く、軽薄なものであった。




 この様子なら教会を一斉摘発しても、民衆の混乱は最小限に抑えられるだろう。比較的平和なオルラント王国は兵士の数が少なく、国境から遠ざかるほどにその数も減る。

 少数精鋭といったところか。民衆への対応に回せる人数には限りがあるため、懸念材料の一つが解消されたと考えていい。


 そんな話をしていると、ラディアンが会議室に顔を出した。


「アルよ。クレセント・ヴォルテクスに会いに行くといい」


 唐突な話にアルは驚く。


「私情を挟んでいる暇があるのか?」

「問題ない。情報源であるお前たちからも話が聞きたいそうだ」


 クレセントは王子たちに指南している。つまり、王都へ行けば会えるということだ。

 ついでとは言え、再開の場を設けてくれたらしい。


「それに、これは訓練の一環でもある。狭い屋敷内ではできることも限られるだろう? この機会に自身の限界を確かめてくるといい」


 これまで行ってきた訓練は、加護の理解を深めると同時に繋がりを強固にするためのもの。結び付きが強くなるほど加護消失までの距離が伸び、加えて魔力の供給効率も良くなる。

 屋敷の中ならシリスでさえはっきりと分かるようになった。ならば次は、遠く離れた地で同じことをやろうというわけだ。


「王都までか……」


 モルドー家の資料にも、王都まで加護が消失しなかった事例は記されていた。それでもたったの五件だけ。いくら成長速度が速いとはいえ、契約して半年未満のアルでは望み薄だろう。


「ラディはどこまで届くんだ?」


 口角を上げたラディアンは無詠唱で狼を召喚すると、感嘆の声を上げるアルに向かって得意気に答えた。


「イブリスは幼少期に契約した召喚獣だ。こいつなら加護が消失することはない」

「それは凄いな。しかも無詠唱で召喚できるのは驚いた」


 アルは未だに真名を口にしないと召喚できない。

 真名以外の、例えばメアなら『獅子』でも召喚できるがそれさえ難易度が高い。二七という若さで無詠唱召喚を行えるラディアンの才能は圧倒的だった。


「私はイブリスの全てを理解し、一体化を成し遂げた。これは副次的に得られたものだ」


 八〇〇年以上続くモルドー家の歴史の中で、それを成し得た三人の内の一人。それがラディアン・モルドーという男だった。



「一体化ってどんな感じなんだ?」

「まだ目を通していなかったか。クレイディア・モルドーの手記。あれに詳しく記されている。読んでみるといい」

「手記か。後回しにしてた。今晩あたりにでも読んでみるよ」


 モルドー家の資料は膨大な量だった。まだ読んでいない学術書などもあり、それすら後回しにしているほどだ。


「残念だが出発は本日の昼からだ。屋敷外に持ち出すのはさすがに許可できない」

「そうか。なら仕方ないな。それにしても急な話だな」

「元々予定していた騎士の交流会。そこに紛れて王都へ向かってもらう。規模の大きなものではないがな」


 騎士団の中から三名と騎士候補の兵士二名。そして文官一名に、今回は騎士団長を含めた計七名。年二回の恒例行事であり、団長と副団長が交互に引率を務める。

 どこに監視の目があるのか分からないため、兵士に扮装して王都へ向かう。


「なるほど。恒例行事なら怪しまれることもないな」

「早速、準備をしてもらおう」




 こうして初めて着用する重たい鎧に身を包み、アルは王都に向けて出発することになった。


「私が騎士団長のオーメルだ。短い旅だが、よろしく頼む」

「アルだ。こちらこそよろしく」


 王都までは一日と少し。間には二つの街があり、最初の街で一泊の(のち)、次の街を飛ばして王都には夕方ごろに到着予定となる。


「それにしても大きな馬車だな」

「八名用の馬車だ。詰めればもっと乗れるが、馬の体力を考えると無理をさせるわけにはいくまい」


 三頭の馬で牽引する大きな箱馬車。それ自体の重量を考慮すると、定員は少ないほうがいい。



「精霊石まで取り付けてるのか」


 馬車に乗り込んだアルは光る石に目を向ける。紋様を確認すると、ウインド・シェルとストーン・スキン、二つの精霊石が埋め込まれていた。


「要人を乗せることもあるのでな。まぁ、交流会には毎回利用している馬車ではあるのだが」


 他にも幾つかの精霊石が常備されているらしく、侯爵家は金持ちだなぁと庶民的な感想を抱くアル。テトの武器も無償で作ってもらっていた。



「よし、馬車を出せ」


 全員が乗り込み軽く自己紹介を済ませると、王都までの道のりを進んだ。




------




 修道院、大司教の部屋。執務に追われるエーリッヒは頭を悩ませる。ワセト支部からの返書にはスキルヴィング・リバルドルの失踪が綴られていた。


「なぜ儂の時に限って、こうも事件が重なるのだ」


 そしてマクシムがエリアルで目撃したアルという人物。その十日ほど前からロプトが行方知れずとなっていたことから襲撃者であると推断し、彼の情報を探っていた。



「それにしても……信じ難い話だ」


 マクシムの推測では神獣を八体も使役している。信じられないことだが数は合っていた。

 ダンジョンの数は全部で九つ。回収した一つを除いて全てが襲撃者の手に渡ったと考えられる。


「しかし、それほどの者が実在するのか。……いや、常識は捨てるべきだろう。リーブルという怪物が存在するのだ」


 そんなリーブルは今、すべてを任せると言い部屋にこもって修練に励んでいる。大事なことではあるが、聖王としての自覚が足りないとエーリッヒは嘆く。



「ともかく、今は余計なことを考えておる場合ではないわい」


 返事は後回しにして書簡の確認作業へ移る。前聖王の葬儀で奪われた時間を取り戻すべく急ぐ。



 そうしていると、部屋の扉がノックされた。


「報告いたします。冒険者アルの所在ですが、サディールの街にて消息を絶ちました。過去についてはエリアルの街で冒険者登録後、メメクの街にしばらく滞在。半年ほど前に小さな騒動を起こして旅立った、とのことです。詳細はこちらになります」

「ふむ。下がって良い」



 報告書に目を通すエーリッヒ。エリアルに派遣した人員が入れ違いとなり、少数のまま追いかけたために見失ったのか。あるいは――。


「既にモルドー家と繋がってしまったのか……」


 アルという冒険者が枢機卿やザグレイスト・ローディエル司教を殺害したのなら、モルドー家に情報が渡ったことになる。そして、彼の身の安全は保障されるだろう。


 いくら多くの神獣を使役しようとも、相手が召喚士一人なら対処は簡単だ。寝込みを襲えばいい。

 足が付く可能性は高いが、そうなったとしても見返りが大きい分やらない手はない。


 そこまで考えたエーリッヒだが、楽天的に物事を捉えては命取りになると思考を切り替える。


「繋がったと想定しよう。となると……」


 こうなってしまった以上、悠長に構えていると状況は悪化するばかり。先手を打つ必要がある。


「そろそろあの時期だったな。削るには丁度良い」


 立案書の作成に移るエーリッヒ。まずは人選だが実行は枢機卿三名。リーブルは一度なにかを始めると、気が済むまで止まらない。断られるのは火を見るよりも明らかだった。


「説得は試みるが……徒労に終わるだろう」


 協調性のないリーブルに対し、常日頃から頭を痛めていた。

 組織に属するべきでない人間が、今や聖王とは何の冗談であろうか。上には狂人しかいないのかとエーリッヒは毒づく。


「ぼやいておる時間さえ惜しいわい」


 無理やり思考を切り替えたエーリッヒは、次にサポートを行う人員の選定に移る。戦闘には参加させないが、アクア・カーテンが行使できる構成を見繕う。


「奴等の行動は単純。あの場所が良いだろう」



 そうして立案書の作成を終えたエーリッヒは、顔を歪ませながら部屋を後にした。

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