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98話 会議室での一幕

 シリスと契約を交わして数日が経過した、とある日の昼下がり。

 いつものようにカルロスと同じ訓練をしていたアルは、軽い口調で問う。


「ヴォルテクス家には声を掛けているのか?」


 三大侯爵家に数えられるヴォルテクス家の話が一切出てこないことに、僅かばかりの違和感を覚えていた。


 派閥とまではいかなくとも、あまり仲の宜しくない家があるのも事実で、そういった内情は秘匿されがちである。踏み込んでもいいのだろうかと迷いはしたが、それでも味方に引き入れないという選択はあり得ない。敵に寝返っている可能性は低いが、そうだとしても話題には挙がるはずである。


 気軽に聞いてみたつもりのアルに視線が集まる。人が変わったように集中するカルロスでさえ目を見開いていた。


「どうしたんだ?」


 顔を見合わせる面々。この場にラディアンが不在なこともあり、ローディが代表して答える。


「ヴォルテクス家に対して思うところはない、と考えていいのですね?」

「あぁ、そういうことか」


 実家から追放されたことは既に知られている。ならば、その理由まで見当がついているだろう。

 気を遣って話題に出さないようにしていたらしい。


「自分の中では折り合いを付けたから大丈夫。向こうがどう思ってるかまでは分からないけど」


 召喚術を扱うにあたって、心の乱れは命取りになる。常に平静を保っていないと訓練にも支障が出る。感情のコントロールは重要であり、アルがグルーエルを羨む気持ちはここに帰結する。


「そうでしたか。兄上に伝えておきます」

「家の意向までは予想できないけど、兄上たちなら力になってくれる。それも伝えておいてくれ」


 ラディアンは現在、許嫁に会いに行くという名目でサディールを離れている。道中、立ち寄った街の領主と面会し、約束を取り付けるのが真の目的だ。



「あ、召喚――【クロ】」

「バッチリじゃん!」

「今のはちょっと危なかった」


 これは訓練の一環。彼女たちは屋敷の中を自由に移動し、指定された部屋に入ったのを確認すれば再召喚を行う。

 四階への立ち入りは許可されていないが、三階までの立体的な動きに対応しなければならない。

 そして今回、クロはテトと共謀して紛らわしい作戦を決行していた。上下に位置する部屋へ、同時に入室したのだ。


「騙せると思ったんだけどね~、残念」

「やるならここから直線上のふた部屋でやったほうがいい」

「あーね! 次はそうして――」

「召喚――【メア】」

「なんじゃ。勘付かれてしもうたか」

「あちゃ~。こっちも失敗か~」

「メアは分かりやすい」


 クロがアルの気を引いている間に部屋へと立ち入ったメアだが、アルはそれをいとも容易く看破した。

 加護だけでなくメア自身をよく理解していたアルは、彼女の居場所なら手に取るように分かる。なにより、何かを企む思考が駄々洩れなので、不意を突くことは不可能なのだ。



「なぁアル。やっぱり、なんかコツとかねぇのか?」

「感覚的なことだからなぁ。加護の捉え方は人によって違うみたいだから、俺の感覚を伝えたところで意味はないと思うし」


 カルロスが助言を求めるが、こればかりは当人同士の問題だ。カルロスだけでなく、レオの性格なども関係してくる。



(召喚術は心を映す鏡……か)


 思考を巡らせたアルは、一つの可能性を提示する。


「レオと手合わせしてみたらどうだ? メアが言うには手合わせすると相手の心に触れることができるらしいぞ」


 二人のやり取りを思い返したアルは、戦闘狂のカルロスに仕方なく付き合うレオという構図に活路を見出した。


「なんだそりゃ。召喚術とは関係ねぇじゃねーか」

「俺も心に触れるってのは理解できなかったけど、加護が本体なんだとしたらやってみる価値はあると思う」


 モルドー家の資料からも、加護が本体である可能性は示唆されていた。

 確かめる術がないため実際のところは分からない。だが、アルだけでなくモルドー家が長い年月をかけて辿り着いた答えなら、信ぴょう性は高いと言えるだろう。


 それにこの方法が正解ならば、カルロスにとってはまさに一石二鳥の妙案だ。やらない手はない。


「なら試してみるか。最近、体動かしてねぇからなまっちまいそうだしよ」

「そうだな……俺もあとで相手してくれ」

「……その数で勝負になんのかよ」

「いや、あの頃とどれだけ差があるのか確かめたいから状況は合わせるよ。あと、シーレも継承してから加護が強まったけど、そこは大目に見てくれ」


 当時はまだ加護への理解が浅かった。契約してひと月も経っていなかったため、今とは雲泥の差だ。

 加えて剣術の腕も上達している。確かめるには絶好の相手だろう。


「あん時はめちゃくちゃデタラメな動きだったよな。狼相手にしてる気分だったわ」

「リルの加護は少し特殊だからなぁ。【神速】に近い感じかも」

「たまに加速すんのはそれでか。やりにくかったわ」

「その割にはしっかり対処してたよな。しかも、あの時は本気出してなかっただろ?」


 角鹿の神獣を使役していた男と戦って分かったこと。相手を殺さないよう気を付けながらの戦闘では思い通りに動けない。カルロスの剣には殺意がなく、それは手加減をしていたと同義である。


「別に手を抜いてたってわけじゃねぇんだけどな」


 カルロスはそこまで口にして何かを思い出したようで、メアに向かって問い掛けた。


「そういやレオが言ってたんだけどよ、手加減してたらしいじゃねーか」

「ふむ。そう捉えることもできるであろう。じゃが、妾が頂点であると理解させるためには必要な行為であるぞ!」

「だからってわざと攻撃食らうことねーだろ」

「言われてみれば……」


 メアたちは交互に殴り合っていた。人状態では見たことがない泥臭い戦い方で、獣状態でもメアの身のこなしは卓越している。ならば全ての攻撃を食らうのは不自然だった。


「まぁ、メアって変な拘りがあるからなぁ」

「変とはなんじゃ! 大事なことであるぞ!」


 メアの生態を理解しても、共感や納得ができるかは別問題である。


「召喚――【ヨル】」

「あら。皆さん、お揃いで」

「お前どうやって区別してんだよ」

「どうって言われてもなぁ。分かるもんは分かるんだから仕方ない。二体目契約して違いを確かめてみたらどうだ?」

「それはあまりお勧めしません。混乱する恐れがあります」


 加護の理解が進んでいない現状では悪手だとローディは答える。解決の糸口になる可能性はあるが、最悪の場合、停滞してしまう危険性をはらんでいるという。


「試せることは、すべて試してからにするべきです」

「なら先にレオと手合わせからやってみるか」

「それはそうとカルロス。ちゃんとレオを探していますか? アルさんは話しながらでも居場所を把握していますよ」


 化け物と一緒にするなと失礼な悶着を繰り広げる中、ヨルがアルに耳打ちする。


「そうか。なら、伝えておくか」

「お任せします」


 遠慮がちに教えられたことを、アルは少し大げさに伝えることにした。


「レオなら部屋で独り、寂しそうに待ってたらしいぞ」

「浮かない顔してたね~」


 悪乗りするクロ。実際に部屋で待機していたらしいが、アルと同じく話を誇張している。


「マジかよ」

「何やら思い詰めておったな。早く召喚してやると良いじゃろう」

「さすがにそれは盛ってねーか?」


 話を大きくしすぎたせいで疑いを持たれてしまう。悪戯もここまでのようだ。


(やっぱり、俺もメアに似てきてるな)


 どうせ似るならもっといい面を。そう思ってしまうのは仕方のないことだろう。

 理解が深まっている証拠でもあるため、悪いことばかりではないのだが。



 アルが複雑な心境のなか再召喚されたレオも複雑な表情を見せ、カルロスに苦言を呈すのであった。

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