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96話 相互作用

 翌朝、悠々と準備を済ませたアルは、メアたちを呼びに行くため部屋を出る。

 再召喚してしまえば早いのだが、それを行わない理由は特にない。何となくという漠然としたものである。


 扉を閉めて歩き出そうとしたところ、メアとリルが部屋から出てきた。


「そろそろじゃと思ってな」


 アルが驚いていると、テンとテトも顔を出した。


「どうかしたかの」


 二人は耳が良いので聞こえていたのかと思っていると――。


「あら、皆さんも気付かれたのですね」

「ヨル殿の言ったとおりだな」

「ハクさんとクロさんを呼んできますね」


 アルの行動を把握しているようだった。


 召喚主と召喚獣は相互関係にある。こちらが彼女たちを理解していくように、彼女たちもまたアルを理解していく。

 このまま理解を深めていけば、隠し事などできないのではないか。それはそれで少し怖いものがあるなと、アルは苦笑した。



「行こうか」


 全員揃ったところで会議室へと向かう。静けさに包まれた廊下を歩いていると、執事長と鉢合わせになった。


「おや、アル殿はお早いのですね。お声掛けは不要でありましたか」

「昨日は早めに寝たもので。他の人はまだ自室ってことですか」

「ええ。そろそろ朝食の準備が整いますので、お先にお召し上がりください」

「わかりました」


 執事長と別れたアルは、行き先を変更して食堂へと足を運ぶ。メアたちの好みは前日に伝えていたが、鮮魚の仕入れにはまだまだ時間が掛かるだろう。




 そうして食事を始めたところで、アルは思い切って聞いてみることにした。


「メアたちの食への拘りって、やっぱり前任者の影響なのか?」


 メアがぽつりと零したリザという人物。モルドー家と八〇〇年前に知り合い、鞄を預けて戦地へ赴いた一人の少女。

 彼女に使役されていたメアたちだけが食事に関心を示している。無関係とは思えない。


 前々から気になっていたことではあるが、自身と重ねて聞くのを躊躇っていた。

 しかし、昨日の様子をみるに、問題ないのだろう。



 互いに顔を見合わせたメアたちは、なにやら不明瞭な会話を始めた。


「これは暗黙の了解というものであろう。お主ならば案ずる必要はないのじゃろうが、皆はどう思う?」

「僕は、大丈夫だと思うなー」

「わっちも問題ないと考えておる」

「?」


 何の話をしているのだろうかと、アルはパンをかじりながら様子を見守る。


「私事ではありますが、精神に異常をきたす人もいましたので、少しばかり不安は残りますね」

「やはり、皆も経験があるのだな」

「我は発狂した者を知っているぞ」

「たまにいるよね~」


 興味深い話に発展した。


 前任者の話をすると、精神が崩壊する恐れがあるらしい。

 どういった理屈なのか興味は尽きないが、自身で試してもいいのだろうかとアルは思案する。


(ヨルの加護があれば大丈夫な気はするけど……)


 精神を安定させる【生命の躍動】でも抗いきれない人がいると聞けば、躊躇われるのも無理もない。



「それって、どれだけ危険な行為なんだ?」

「今回に限れば危険性は低いであろう」

「前任者が同性の場合、特に男性が続くと顕著に表れるからの。前回は女性なので問題はないじゃろう」

「それってつまり……ただの嫉妬では?」


 思いのほか単純な話だった。


 人と見分けがつかないほどの容姿。

 自分だけが召喚できる特別な存在。

 とても頼もしく、こちらを尊重してくれる相手。

 それは独占欲からくるものだろう。理屈としては理解できる。


 ただ、アルは召喚獣を家族としてみている。理解はできても共感はできなかった。



「ん? どうした?」


 静まり返る室内で、アルに視線が集まっていた。


「確かに……」

「人の性質を考慮すると……」

「考えられますね……」

「人と我らは種族が違うのだぞ?」

「異種族を愛玩とするのは人くらいなものじゃからの。言われてみれば、有り得ない話ではない」

「人とは珍しい生き物なのだな」


 動物を食用とする反面、ペットとしても扱う特異な性質を持ち合わせる。それは人くらいなもので、彼女たちの目には好奇に映った。


「考え方は人それぞれ違うだろうけど、見た目が人と変わらないんだから恋愛感情が芽生えても不思議はないと思う」


 彼女たちの容姿は整っている。常日頃から行動を共にしていれば、間違った見方をしてしまうのも仕方のないことだろう。


「その点、主は問題なさそうじゃの」


 結論が出たところで、アルは再度問う。


「それで、やっぱり前任者の影響なのか?」

「そうじゃな。妾とリルは大きく影響を受けておる」

「わっちもそれほど関心があったわけではない。そこの二人ほどではないにせよ、影響を受けておるのは事実じゃの」

「僕は、元からかなー?」


 考えれば考えるほど興味深い。


 いつ、どの時点で関心を持ったのか。それを知るにはどれほど過去を遡ればいいのか。詳細を把握するには時間がいくらあっても足りないだろう。

 ただ一つ言えるのは、召喚獣、特に神獣は召喚主の影響を受けて変化する。これを踏まえれば、自身の不可解な言動にも一応の説明がつく。


 召喚主と召喚獣は互いに影響し合っている。ローディ著書の学術書にも記されていたとおり、相互関係にある。

 召喚獣が変化をみせるというならば、召喚主にも同じことが言えるということ。アルは加護との結び付きが強くなるほどに、自身の変化に疑問を抱いていた。


 違和感を覚えたのはメアとのやり取りからだった。

 彼女にはいたずらっ子な一面が見受けられる。出逢った時にもアルをからかうような言動をしており、事あるごとにこちらの反応を見て楽しんでいる節があった。

 ここ最近の自身の言動を振り返ると、影響を受けているとしか思えない。これは彼女たちの核を成すなにかが精神に入り込んだことによる弊害であり、加護そのものが本体であるとの推測が立つ。



 モルドー家の資料から回答が得られるのではないか。そんな期待を抱きつつ食事を済ませたアルは、いの一番に会議室へと到着した。




 中でしばらく待っていると、ラディアンが顔を出した。


「昨日のとおり、ハクを借りたい。こっちだ」


 向かった部屋には四名の文官。机に大きな地図を広げ、その上には資料が散乱していた。


「彼らは情報の精査を担当している。ハクの持つ情報、彼らに伝えるといい。頼めるか?」

「構わない」

「では、ハクを借り受ける。アルは私について来るといい」


 そうしてハクを残し、アルたちはラディアンの後を追った。



「どこに行くんだ?」

「資料に目を通しておきたいと言っていたな。その一環だ」


 長い廊下を抜け、吹き抜けになったロビーから一階へ。建物の西側へと向かう。


「少女が遺した知識。その中に一つだけ、部分的な理論ではない完成された召喚陣があった」


 突き当りにある大きな扉を開け、中へと入る。



「準備は完了しております」

「うむ。ご苦労であった」


 中央には巨大な召喚陣。いくつもの紙を繋ぎ合わせ、二メートル四方にわたって描かれていた。

 これを用意した文官風の男は一礼し、そのまま退出。アルに向き直ったラディアンは、眼光鋭く告げる。


「いくら検証を重ねようとも、この召喚陣は反応を示さなかった。だが、少女が遺した理論に間違いはない。実証された全ての知識が適切に組み込まれている。故に、我らはこれを正しく描かれたものだと結論付けた」

「魔力不足じゃな」

「我らも同じ考えに至った。ならば、今こそが証明の時! その膨大なる魔力をもって、我らが悲願! 果たすことを強く要望する!」



 八〇〇年の長きにわたり、解明されずに遺されていた召喚陣。遂に正体を暴く時が来たのだと、ラディアンは声高に宣言した。

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