95話 腹を探る
メアたちとの旅の途中、不運に見舞われ非業の死を遂げた少女。
彼女が遺した知識を利用することで、モルドー家は侯爵の地位を得た。
「死者の墓を暴く所業だ。批判は甘んじて受けよう」
当事者には伝えておかなければならない。その結果、世間に公表されても文句は言えない。そんな彼なりの正義感のもと、ラディアンは真実を語った。
「どうやら勘違いしておるようじゃの」
「勘違い、とは?」
真剣な表情で問うラディアンに対し、テンは関心薄くも答える。
「当人は戻らなかったのじゃろう? ならば、預けた時点で判断は主らに委ねられた。その扱いまではあずかり知らぬことじゃからの」
「お前たちの知識を私欲のために利用したのだ。それでも赦されると言うのか」
「わっちらはその様なつまらぬことに拘りはせんでの。有効活用しておるのならば、むしろ本望じゃろうて」
「難しくて、全然わかんなかったしねー」
ラディアンにとって、この反応は予想外だったのだろう。威厳に満ちていた彼が、僅かながら複雑な表情を見せた。
「そう……か。アルよ。召喚主として、お前の意見も聞きたい」
彼女たちが気にも留めないことならば、アルもとやかく言うつもりはない。とはいえ、そんなありきたりな返答を求めているようにはみえない。
少し考えたアルは、彼女たちの本質を伝えることにした。
「誠意には誠意を、悪意には悪意を。それが彼女たちなんだと思う。俺から言えることは、それだけかな」
気の利いた言葉は用意できなかったが、それでもラディアンには響いた。
「感謝する。聞いて正解だった」
当事者ですらないアルに意見を求めた理由。当然ながら、人の倫理観を問うたわけではない。
価値観の違う彼女たちの言葉をどう受け止めればいいのか図りかねていた。しかしアルの返答により、まっすぐ受け入れるのが正解なのだと理解した。
誠意には誠意が返ってくる。
結果として、彼には最良の回答になった。
ラディアンは迷いのない眼差しをアルに向け、何かしらの決意を込めた。
「矢継ぎ早ではあるが、この場でもう一つを聞こう」
二つあると言っていたラディアンは、最後の問いに移る。
「敵方の内部情報、どこで知り得た」
「さっき言ってた、始末した枢機卿の一人だ。いや、してしまった、と言ったほうが正しいかもしれない」
アルの様子はラディアンが想定していたものではなかった。
疑問の尽きない反応に、再度問う。
「詳細を聞こう」
ロプトの生い立ちと目的。そして、ハクに受け継がれた遺志。後回しにしていたそれらをアルは詳細に語った。
信頼に足る情報源だと考えているが、それはアルの主観を多分に含むもの。情報の精査は必要だろうことも付け加える。
「にわかには信じ難い内容だな」
特に、ケルベロスの持つ能力は異質だった。現段階では確認のしようがないため、対策するにも限度がある。鵜呑みにして作戦を立てても良いのだろうかとラディアンは零した。
「いや、失礼した。明日にでもハクと情報のすり合わせを行いたい」
「ハク、いいか?」
「構わない」
「あと、こちらからも一つ、頼みたい」
「聞こう」
「モルドー家が保有する、召喚術に関するすべての資料に目を通しておきたい」
書物ではなく、資料。アルは公表していない知識も含めて一切合切を要求した。
通常であれば通るはずのない欲深いものだが、ある程度の譲歩は引き出せると確信しての申し出だ。
先ほど、ラディアンはアルを試していた。危険分子であるなら致し方ない。そんな決意が込められた問い。
そちらの思惑には気付いているのだと言外に告げ、これで手打ちにしようと提案したのだ。
「……用意させよう。平民とは恐ろしいものだな」
「お互い様だ」
皮肉にも動じないアルに、ラディアンは上機嫌に笑ってみせた。
「我らは偉業を成し遂げるのだ。このくらいでなければ務まらない。気に入った」
「そりゃどうも」
腹の探り合いなどこれで最後にしてほしいものだとアルはため息をつく。今回は分かりやすくて助かったが、気付けば真綿で首を締められていた。そんな状況に陥るのは勘弁願いたい。
「親しい者は私をラディと呼ぶ。アルも是非、そうしてくれ」
「分かった」
本音で話せる相手だと認識した。アルはそう受け取り、了承することにした。
立場のある人物が、自身を愛称で呼ばせることなど滅多にない。これは相手を認めたという証でもあるのだ。
「待たせたようじゃな」
ひと悶着も終わった頃、メアが部屋から出てきた。
口調や表情だけでなく、加護にも曇った様子はみられない。ならば心配する必要はないのだが、アルは掛ける言葉が見付からなかった。
「思ったよりも早かったの」
「そうであるか? 皆の無事も伝えておいたのでな、案ずる必要はないぞ」
普段と変わらないメアがそこにいた。
「メアは強いんだな」
「当然であろう! 妾は無敵じゃ!」
言葉の意味を履き違えている気がしないでもない。そんな所までいつも通りだった。
「では、そろそろ戻るとしよう」
その後はお互いが持つ情報を共有し、細部や調整などは後日ということでお開きとなった。
「アル、ちょっといいか?」
そろそろ寝ようかという頃、カルロスが部屋を訪ねてきた。
「どうした?」
「ちゃんと挨拶してねぇなって思ってよ」
「そういや、珍しくずっと集中してたよな」
「珍しくは余計じゃねーか? いやまぁ、そうなんだけどよ」
寝ているのではないかと疑ったほどだ。
「まぁ、無事でなにより。レオも元気してるか?」
「問題ねぇ。俺もあいつもいつも通りだ」
空いているベッドに腰掛けたカルロスは本題に移る。
「なんか訓練でよ、加護を意識してレオの居場所を当てろって言われてんだけど、アルは分かるのか?」
「なかなか面白そうな訓練してるな」
常に一緒に行動していたアルは、意識して考えたことがなかった。居場所の把握はシーレの得意分野なこともあり、試したことすらない。
(ちょっとやってみるか)
アルは集中してメアたちを探してみる。
「隣の部屋。順番にメアとリル、テンとテト、ヨルとエリ。最後にハクとクロだな」
二人用の客室に割り当てられた組み合わせを言い当てるアル。思ったよりも簡単だったが、遠くなるほどに難易度が上がると予想される。
「お前それ知ってただけじゃねーのか」
「いや、知らなかったけど、そんなに難しくはないぞ?」
「お前マジでどうなってんだよ。っつーか寝る時も召喚してんのか?」
「そうだが?」
少しの沈黙のあと、カルロスは大きなため息をついた。
「いちいち驚いてたらキリがねーな。あんま考えねぇようにするわ」
魔力の総量だけでなく、回復量や供給量も人並外れているのだろう。そう考えると、カルロスの反応も仕方のないことかとアルは納得した。
「ところでよ、なんかコツとかあんのか?」
「どうなんだろうな。初めて意識したから分からないけど、たぶん、加護の理解度が高いと把握しやすいんじゃないかな」
ハクとクロは少しぼんやりとした感覚だった。距離も関係しているかもしれないので、はっきりしたことは分からない。ただ、契約した順番通り、つまり加護への理解度によって明瞭度に違いがみられた。
「やっぱ、まだレオの加護を理解できてねーのかな」
天井を見上げるカルロス。
随分としおらしくなったなとアルは思ったが、そもそも彼のことをよく知らない。第一印象が強く影響して、勝手なイメージを創り上げていたに過ぎない。
「加護に拘る必要はないんじゃないかな」
「どういうことだ?」
神獣たちとの旅の中で、アルには気付いたこと、気付かされたことがたくさんあった。
「加護は神獣、いや、召喚獣の本体なんじゃないかな。加護を理解するということは、レオを理解するってこと。だから、目の前にいるレオを知ることが、加護を理解することに繋がるんだと思う」
しばらく考えたカルロスは「なるほどな」と呟くと、立ち上がって気合を入れた。
「よしっ! 明日からレオと話してみるわ。サンキューな」
「今からやれよ」
「今日もずっと召喚しててよ、魔力がねーんだわ」
誰かさんと違ってなと皮肉を言い、カルロスは部屋を後にした。
「俺も早く寝るか」
明日にはさまざまな資料が手に入るだろう。連日の夜更かしが待っている。
どんな有用な知識が得られるのか。また、自身が感じている疑問の答えは見付かるのか。
期待に胸を膨らませながら、眠りにつくアルであった。