94話 遺されたものは
――私は罪を犯した――
大量の獣を世に放ち、混沌へと導いた元凶。
――ひとりの少女に罪を擦り付けた――
世界の破滅を回避した英雄と称えられ、褒美を賜ることになった。
「然れば、身寄りのない子らのために、孤児院を経営したく存じます」
アデルト・クリストはせめてもの贖罪として、拾える命だけでも救い上げようと試みた。
その行動は多くの人々に感動を与え、彼の周囲には共感する善人が集まった。
――私は偽善者だ――
虚構の物語を創り上げ、自身の心を守るために慈善活動を行う。
そんな欺瞞に満ちた自己満足も、やがて破綻を迎える。
「せいか、ありがとうね」
いつしか聖王と呼ばれるようになったアデルトは、子供たちの純真無垢な笑顔に耐えきれなくなった。
いずれ戻ると言い残し、信頼に足る七人の者に運営を任せて旅立った。
こんなものでは満たされない。生きがいであった研究も、子供たちの笑顔が脳裏に焼きつき手につかない。
もっと大きなことを。
文明を変えてしまうほどの偉業を――。
幸い、手立てはあった。
魔鉱石と仮に名付けた石の有用性は高い。安全に、大量生産できる土壌を造れば人類は大きく発展するだろう。
南に見える大きな丘陵地帯。まずはこの地にダンジョンを造る。
そのためだけに、風の精霊王エアリエルと盟約を結んだ。
人手はラグナロクによって召喚された無数の巨人たち。掘り起こした土は向こうの世界に捨てた。
そしてエアリエルの空間把握能力により、地表との距離が正確に導き出される。ゲノーモスの力により、頑丈なつくりに仕上がっていく。
「ねぇ、これって、何を作ってるの?」
ひと月ほどすると、エアリエルが疑問を口にした。
魔鉱石は人類の発展に欠かせないものだとアデルトは説いた。
「へぇ~。その、鞄の中に入ってるのがそうかな?」
エアリエルは自身の能力で石の影を捉えた。
目ざとい行為だと億劫になったアデルトだが、冷静に対処する。
「これは魔鉱石を加工したものだ」
名付けるならば精霊石だろうか。こちらの有用性も伝える。
すると、エアリエルは石に興味を持った。風以外の精霊術を使ってみたいとアデルトにねだった。
しかし、これは召喚獣を閉じ込めた石。精霊術の行使などできない。
ダンジョンが完成すれば使わせてやる、そう言っても聞かないエアリエル。ならばその石は何だと疑問を抱くのは当然であった。
仕方なく召喚獣を閉じ込めた石だと打ち明けたアデルトだが、それによってエアリエルは機嫌を損ねてしまう。
「そんなことするなら、もう手伝ってあげないもんね!」
説得を試みるも失敗に終わる。
しばらく考えさせてほしいと伝えたアデルトは、彼の召喚を解いた。
「ダンジョンの建造は一旦中止する。向こうの世界へ行く準備をしよう」
幸いにも光る土塊は手持ちにある。結晶化を促進させるために、アデルトたちは異界の門をくぐった。
「召喚――【エアリエル】」
「やっと、決まったんだね」
ひと月近く掛かってしまったが、ようやく準備が整った。
「あぁ。結論が出た。幽閉――【タルタロス】」
有無を言わせずエアリエルを閉じ込める。絶望する表情を見るのは忍びないが、背に腹は代えられなかった。
こうしてエアリエル不在の中、最初のダンジョンが完成したのである。
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シーレが引き継いだ記憶。ロプトが調べ、ハクに託した情報。
聖王がダンジョンを造り、世界を騙しつつも人類の発展に大きく貢献した。そんな事実を聞かされ、重苦しい空気に包まれる。
テトが封印されていた【丘陵回廊】。途中までの規則正しい構造は、エアリエルの力によるものだった。
次はメアを封印した【渓谷の洞穴】の建造に着手したのだろう。入り口がそこかしこにあるのは、測量不足によるものと推測される。
失敗を活かして三度目は、地中深く掘り進めてリルを封印した【鉄の森】。そうやって魔王を討伐したなどと吹聴し、ダンジョンの成り立ちを隠してきた。
となれば、魔王と苛烈な戦いを繰り広げ、王国中央部を荒野に変えてしまったという話の信ぴょう性がなくなる。そこでメアたちの記憶だ。
メア、リル、テン、テトの四人は同じ人物に使役されていた。
封印された時の状況は再召喚された直後だったため、何がなにやら分からぬうちに暗く狭い場所に閉じ込められてしまった。
しかし、直前までの記憶は確かな情報だ。
突然、モンスターが大量に発生し、討伐に向かったという事実。そして、ハクから伝えられた、【異界の扉】によるダンジョン特有の現象。
「初代聖王は、中央部の荒野で行った実験の失敗を隠蔽した。赦されないことだけど、真実は伏せるべきだと考えている」
「二次被害を防ぐ、か」
封印石の製造、及び所持の容疑で一斉摘発。取り調べの中で別の悪事が発覚した者には追加で罰則を。そこが落としどころだとアルは指摘した。
これ以上の情報となると、民衆による教会関係者へ向けた暴動が懸念される。秩序を保つことが難しくなってしまう。
「それは我らが決めることではない。が、進言しておこう」
アルは続けて教会内部の情報を伝える。情報源を明かすとややこしくなるので、詳細は後回しにして重要な箇所に絞る。
「枢機卿は三人始末した。相手の戦力はかなり削れたと思う」
内、一人はロプトがやったのだが、これも後回しでいいだろう。
「犯罪行為をずいぶんあっさり暴露するんだね」
「襲われたんだから仕方ない。詳細はあとで説明する」
そうしてアルの知り得た教会の動向を伝え、概要の伝達は終了した。
「二つ、ある」
難しい顔をしたラディアンが口を開いた。
「本日中に確かめねばなるまい。アルよ。付いて来るがいい。勿論、神獣も一緒にだ」
「兄上!」
何をするか察したローディが声を上げる。それを手振りで制止するラディアン。
「せめて、父上に判断を仰ぐべきです!」
「全権は私に委ねられている。お前も気付いているだろう」
「確かに、その可能性は高いです。ですが――」
「なればこそ! 確認する必要がある。たとえそれが汚名を被ることだとしても、誠実さだけは失うわけにはいかぬ」
ラディアンの決意は固い。
すべてを諦めたローディは俯き、黙してしまう。
「では、行こうか」
彼女たちに目配せをしたアルは、静かにラディアンの後を追った。
到着したのは資料室。ちょっとした図書館かと思うほどに広い。
「これは私が言えた立場ではない。だが、できれば他言無用願いたい」
「分かった」
奥へと歩きながら、ラディアンは続けた。
「八〇〇年前。おとぎ話のような戦があったのは事実だ。私の先祖が当時の記録を残している」
たくさんの書物が保管された本棚の間を抜けて、突き当たり。扉の鍵を開けたラディアンは振り返る。
「それにはこう記されていた。旅する五人の少女たちと知り合い、一つの鞄を預かった。そうして彼女たちは戦地へ赴いた、と」
中に入り、奥へと進む。
「少女の召喚術は人知を超えていた。いつまでも帰らぬ彼女の理論を解析することで、モルドー家は成り上がった。我らは彼女の知識を奪ったのだ」
目の前にはボロボロになった鞄がひとつ。色褪せ、表面が剥がれた箇所も多いがなんとか原型を留めていた。
「リザ――」
メアがぽつりと零す。
「やはり、見覚えがあるのだな?」
初めて耳にした前任者の名前。メアの表情を見るに、とても仲が良かったのだろう。
「すまぬが一人にしてやってはくれんかの」
「そうだな。それがいい」
テンの申し出に同意するラディアン。メア一人を部屋に残し、アルたちは静かに退出していった――。