93話 未来の英雄、集いし若人
王都から一日と少し。ここ、サディールは王都と比べても遜色のない規模を誇る大都市であった。
拡張に拡張を重ねた都市構造は複雑さをより一層深め、それぞれの区画のみで全てが完結するほどに繁栄を極める。
そんな活気あふれる街中を歩くアルたち一行。召喚術の権威であるモルドー家が治める街ということもあり、当然にしてアルは浮足立っていた。
しかし、監視されている恐れがあるため、散策したい気持ちを堪えてディセージの宿を探す。道中、烏を見かけるたびに身が引き締まる思いだった。
知らないほうがいい事もあるもんだなと苦笑したアルは、封筒の裏面に記載された簡易地図を頼りに、少し迷いながらも何とか目的地に到着した。
「すみません。紹介されてここに来ました」
店主に封筒を手渡す。
封じ目を確認した店主は中身を取り出し紹介状を一瞥。そして奥にいる人物へ声を掛けた。
「おーい、お客さんだ。案内を頼む」
現れたのは夫人と思われる人物。店主は「例の」とだけ伝えると、宿の外に出ていった。
「では、ご案内しますね。こちらへどうぞ」
言われるがまま受付から奥へと入る。厨房を抜けて生活感あふれる部屋を通り、納戸の中。床板をいくつか剥がし、梯子を使って地下の収納庫へ。
大小さまざまな木箱が積み重なった様子が精霊石の光により映し出される。隙間を縫うように奥へと進み、下へと続く階段の前で夫人は歩みを止めた。
「この先、侯爵様の屋敷へと繋がっております。道中、暗いのでお気を付けください」
「ありがとう。精霊石は手持ちがあるから大丈夫ですよ」
鞄を漁り、光の精霊石を提示する。
「二つ持っているので」
「そうでしたか。では、ご武運を」
軽くお辞儀を交わして別れの挨拶を済ませたアルは、先の見えない緩やかな階段を下っていった。
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「合図だ。ディセージ前。数は三」
「問題なく辿り着いたみたいだね」
素早く再召喚を三回。眷属の位置を把握するタガラに向けられたメッセージ。
「やけに早いですね。シンシアの合図から十日も経っていないでしょう?」
「彼の力は私たちの想像をはるかに上回っているようですね」
嬉しい誤算だとグルーエルは答える。こちらの準備はまだまだ終わる気配すら見せていないが、彼が持つ情報を先に知れるメリットは大きい。
「では、迎えに行って参ります」
「お願いします」
そうしてグルーエルは退出した。
「カルロス。私も兄上を呼んでくるので、集中を切らさずレオを探してください」
片目を開けてローディを捉えたカルロスは、またすぐに目を閉じる。
その様子に安心したローディは、タガラに監視を頼む必要もないかと部屋を後にした。
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狭い通路の先に光が射した。ちょうど誰かが地上への出口を解放したらしい。それと同時に、やはり監視されていたのだとアルは悟った。
地上へと続く階段をのぼり、迎えにきた人物を目視したアルは、ため息と共に外へと出る。
「俺はお前が怖い」
「どうしてだい?」
久しぶりの再会で、唐突な憎まれ口。それを受けてなお平然とするグルーエル。
「そういうところかな」
「それだけじゃ分からないな」
理由はいくつかあった。
監視者という、抗いようのない能力。
崩落と表現すべきところで沈下という言葉を選んでしまった。たったそれだけでアルの過去を暴いてしまう洞察力。
そして、何事にも動じない余裕を感じさせる立ち居振る舞い。それはアルが求めてやまない姿なのかもしれない。
「俺はお前が恐ろしい」
「これはひどいな。でも、皮肉を返すようだけど、俺は君が持つ魔力のほうが恐ろしいよ」
ごもっとも。そう思えるくらいにはアルも自覚していた。
「とにかく、案内するよ」
そうしてグルーエルに先導され、アルたちは会議室へと向かった。
「来たか」
扉を開け中に入ると、見知った顔が二つに見知らぬ顔が三つ。奥ではカルロスが椅子に座ってなにやら集中していた。
「私はラディアン。ラディアン・モルドーだ。本作戦の全権を任されている」
がっしりとした体格で、背丈はアルより少しばかり高い。暗い茶色の短髪を逆立て、少し濃い目の顔には力強い眼光。気品と威厳を兼ね備えた凛々しい風貌からは自信がみなぎっていた。
さすがは由緒正しき名家だとアルは感嘆する。
右手のひらを胸に当て、左手は軽く握って腰の後ろへ。左足を半歩下げて腰を浅く曲げたアルは最敬礼を行う。
「お初にお目にかかります。アルと申します。この度は――」
「かしこまらなくていい。我らは同志。そして、貴殿は未来の英雄だ」
口角を上げるラディアン。有無を言わせぬ期待がアルにのしかかる。
「いえ、私は今や平民。恐れ多くござ――「ならば聞くが」」
またもやアルの返答を遮り、ラディアンは続けた。
「その様な礼節をわきまえた平民が存在すると言うのか」
カルロスに視線を向けるラディアン。すべてを察したアルは、ため息が出そうになるのを何とか堪えた。
(あいつ……命知らずにも程がある)
しかし、平民が行うような所作ではないこともまた事実。アルはラディアンの言い分に納得するしかなかった。
「俺の時とはずいぶんと対応が違うね」
さっきの仕返しだろうか。疑いの目を向けつつ、アルは返答する。
「グルーエルとは冒険者として知り合ったから……かな」
「咄嗟の返答にしては、なかなかうまい返しだね」
屈託のない笑顔を見せる裏では一体なにを考えているのか。それを察するには彼のことをあまりにも知らない。
「折角の機会じゃ。妾からも一つ、お主に言っておこう」
神獣が人同士の会話に口を挟むのは珍しい。余程のことなのだろうかと、アルは心の準備をしつつメアに問う。
「どうしたんだ?」
「お主はたまに可笑しな言葉を使うじゃろう? その度にこう、背中がむず痒くなるのじゃ」
「あー、わかる!」
「主の言葉遣い、敬意を払うものだと理解はしておるのじゃが……」
「普段通りの主様が一番素敵だと思います!」
張り詰めていた緊張が一気に解けていくのを感じる。
こんな場面でも平常通りな彼女たちの影響を受け、アルの心も和らいでいく。
「解決したようだな」
すべてを察した様子のラディアンが話題を切り替える。
「アルよ。お前に紹介したい人物がいる」
先ほどから気になっていた、ラディアンの隣に控える人物。左手で大きな本を抱え込む姿に既視感を覚えていた。
「久しいな。こうしてまた巡り会えたこと、嬉しく思う」
「やっぱり……トートなのか」
「今はディートという名を授かっている。アルよ。お主のことは、片時も忘れたことはない。ここに、最大級の感謝を」
「あれは成り行きというか……」
――感謝は素直に受け取るべき。
メアの言葉を思い出したアルは、少し気恥ずかしくなりつつも、素直に受け取ることにした。
「いや、無事で何より。こちらも、協力に感謝する」
彼の存在が、世界の認識を大きく塗り替えた。
大胆な行動によって、形勢は一気に逆転した。
感謝すべきはむしろこちらのほうだろう。
「次は私の番ですね。アルさん、初めまして。ローディ・モルドーと申します。以後、お見知りおきを」
アルはその名に覚えがあった。
「確か、召喚獣との関係性を熟考することで見えてくる相互性の……」
「あれを読まれたのですか? これはお恥ずかしい。あれは十歳の頃に書き上げたものを、兄上にせっつかれて再編、出版したものでして」
耳まで赤くなった、幼く中世的な顔立ち。少しだけ長い髪を後ろで束ねた少年は、見た目に反して堂々とした口調で答えた。
「あれは良く出来ている。役に立っただろう」
「ええ、それはもう」
「みなさん! 挨拶も済んだことですし、情報共有といたしましょう!」
誤魔化すように取り繕うローディ。集中するカルロスを蚊帳の外に、話を進めるよう促す。
「そうだな。詳細のすり合わせは後で行うとして、まずはそちらの概要から聞こう」
長丁場となることが予想されるため、先に要点だけを伝えるようラディアンは求めた。
八体もの神獣が持つ情報。そして、シーレに引き継がれた記憶。
まだ言葉を発することができないため、抽象的なイメージにより得られた情報だが、それでも有用であることには変わりない。
深呼吸をして心を落ち着けたアルは、初代聖王の目的から伝えることにした。




