91話 正しさの所在
今回も雑談がてらに奥地を目指す一行。アルの返答がまだ適切とは言いがたいので、真面目な話はそれほど多くはない。
それでも今後のことを考えると、前提となる知識やアルの見解を伝えておく必要がある。彼女たちは長く封印されていたこともあり、常識や時流には疎い。
「小難しい話はお主が考えれば良かろう」
「主様の思うように進めばいいと思います」
「どのような結果になろうとも、貴殿に迫る脅威は我が撥ね除けよう!」
こういった具合である。
人と神獣では生きる世界がまるで違う。すぐに移り変わっていく人世の理など、覚えていても仕方がないのだろう。
反応が得られた三人はまだ良い。テンとテト、それにクロに至っては衣装の話をしている。もう少し凝ったものを再現しようかなと、テトが二人に助言を仰いでいた。
「アルも苦労が絶えないな」
話が通じるのはハクくらいのものである。
「やっぱり、ロプトも苦労してたのか」
「そうだな。敵地では行動が制限されて思うようにいかないと言っていた。だが、襲撃者が現れたことで転換期を迎えた。お前たちのおかげだ」
価値観の違い。それはアルも理解しているのだが、複雑な心境に陥ってしまうのも無理からぬことだろう。
ハクとは充分に言葉を尽くした。わだかまりは解消した。頭では分かっていても、そう簡単に割り切れないのが感情というもの。時間をかけてゆっくりと消化していくしかない。
「結果論でしかないんだけどな」
襲ってきた相手を返り討ちにした。始まりはただそれだけで、その後も予定通りに各地のダンジョンを巡っていたに過ぎない。
小さな出来事が積み重なり、気付かぬうちに王国全土を巻き込まんとする大乱の中心に立っていた。
ロプトのように、自ら行動を起こしたわけではないのだ。
「それでもだ。ロプトの心は限界だった。私は彼に、何もしてやれなかった。結果論だとしても、お前たちの行動がロプトに希望を見せたのだ。その事実は変わらない」
むず痒くなるようなハクの称賛を受け、返答に困るアル。「次は右に行こう」などと、ちょうど現れた分かれ道を利用して誤魔化す。
これまでの行動を振り返ると、手放しで褒められるような正しさを積み上げてきたわけではない。選択を間違えてしまったことすらある。
他にやりようがあったのではないか。
もう少し考えるべきだったのではないか。
後悔先に立たず。ならば全ての過去を糧にして、今後に活かすしかないのだろう。
「感謝は素直に受け取るべきであるぞ」
短い沈黙を破るメア。器用に後ろ向きに歩きながら、アルの顔を覗き込む。
「お主が負い目を感じる必要は無いであろうに。あやつは戦いに敗れたのじゃ。勝者は堂々としておれば良いぞ」
アルの心境を感じ取ったメアは持論を展開した。
彼女らしい内容に人とは違った価値観だなと思う反面、勝てば官軍負ければ賊軍という言葉もある。
正しさなんてものは角度によって変わる曖昧なものではないのか。
誰にもはかることなどできないのではないか。
そう思うと、自分の中にある信念に従うことが、自身にとって一番の正しさとなる。迷いを断ち切る一助となる。
これから目的達成のために、さまざまな正義を踏みにじることになるだろう。その度に揺れていては、成し遂げること叶わない。迷いがあっては不覚を取る。
今のうちから心の準備を済ませたほうがいい。矛盾を感じたまま突き進めば、後に残るは焦燥感や無力感。それがどういった結果を招くのか、アルはすでに知っていた。
自身の経験だけではない。ロプトやルーセントのように、心を壊してしまう要因と成り得るのだ。
「ロプトは自分の意志でお前たちに接触した。彼が下した決断の結果でしかない。いや……ロプトが描いた結末は、まだ途中なのかもしれない」
過去を思い返したハクは「恐らくだが」と前置きを入れつつ、ロプトの思惑を代弁した。
「話し合いの結果がどうなろうと、ロプトの目的は引き継がれる。今思えば、負けることすら視野に入れていたのだろう」
「戦いに出向く者が負けることを考えてどうするのじゃ。何事も勝つ気で挑まねば、勝てるものも勝てなくなるであろうに」
そうしてモンスターを目視したメアは、一目散に駆けていった。
「彼女は気高いのだな」
「気高い……のか?」
価値観の違いを理解するにはまだまだ時間が掛かるのだとアルは悟った。
(弱肉強食……と言うよりも、これは物事に対する気概みたいなものか。宿に戻ったら改めて話をするかな)
気を取り直して探索に集中したアルは、奇妙な違和感に襲われた。
「あれ? 今の道、なんで右に行こうなんて言ったんだ?」
「お主、まさか……」
「いや、見付けたわけじゃなくて、今のは左に行ったほうが効率がいいんだよな」
普段なら選ばない。今日を振り返ると、そんな選択を何度かしていることに気付いた。
「片手間に探索しておるからそうなるのじゃ」
不満気なメアを余所に、アルは思考を巡らせる。
いつもはシーレから送られてくる情報を整理し、その中から最適な道を選んでいる。
判断がつかない場合や考えている余裕がない時には、シーレが示す先へと進むことはあった。だが、今回はそうではない。
(もしかして……シーレに選ばされた?)
シーレと意思疎通を図るも、当人にそういった認識はなかった。
「試してみるか……」
アルは呟くと、立ち止まって心を落ち着かせる。
(シーレ、奥まで確認してみようか)
それだけ伝えたアルは、できるだけ心を無にして情報を受け取る。確認する先をすべてシーレに任せる。
「見付けた。かなり遠い。急ごうか」
道中の構造などいっさい把握せず、まるで一本の細い糸で繋がっているような感覚。それを手繰るようにして奥へと進んだ。
「ようやく見えてきおったな」
急ぎ足で向かった祭壇は、辿り着くのに小一時間ほどを要した。誰もが驚き、感嘆の声を漏らす。
「シーレが頑張ってくれたおかげだな」
原理や理屈は分からない。検証する必要はあるのだが、今はそんな時間はない。
無理せず安全に戻るためにも、アルは契約を急ぐべく封印石に触れた。
「なんとか間に合ったよ~」
現れたのは緑の髪に、緑の服を着た小さな精霊。背中には半透明の白い翅が計四枚。羽ばたかせることなく宙に浮いている。
シーレと同じ風の精霊。大きな違いは髪の長さくらいだろう。
「おっ! さっそく見付けた!」
耳が隠れる程度の髪を揺らしながら、シーレの前まで飛んでいく。
「ボクはエアリエル。キミの名前は?」
シーレは喋ることができない。代わりに答えようとしたところ、エアリエルが続けざまに言葉を発した。
「ふむふむ。シーレって言うんだね。キミに決めた!」
腰まで伸びた髪を揺らしながら、シーレは小首をかしげる。困惑しているようだが、それはアルも同様であった。
「ちょっと待ってくれ。分かるように説明してくれないか」
契約する意思はあるのか。なぜシーレの名前を知れたのか。そして、何を決めたのか。
一度に聞きたいことが複数できたアルは、何から尋ねるべきか分からなくなってしまった。
まずは相手に説明をするよう促す。
「だって、この子、凄いんだよ! 継承するならキミがいいな~」
またしても謎が増えてしまう。
これではキリがないと、アルは一つひとつを順に聞き出すことにした。
「継承ってどういうことだ?」
契約とはまた違ったものなのか。余計な言葉は入れず、端的に説明を求める。
「継承は継承だよ。ボクたち、千年しか生きられないから、存在が消えちゃう前に力を引き継ぐんだよ~」
それで間に合った、と。
引き続きアルは、次なる疑問の解消に移った。
「シーレが凄いって言ってたけど、単一の能力でも高位の存在なのか?」
「えっ? そんな精霊、聞いたことないよ? どんな子でも、二つは持ってるからね~」
これは一体、どういうことなのか。
疑問の尽きないアルは、エアリエルに回答を求め続けるのであった。
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