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90話 自覚が足りない

 グルーエル・カトラス。

 アマツキの街で声を掛けてきた、泰然自若という言葉が似合う男。その立ち居振る舞いや人を安心させる心地の良い声に、冒険者では珍しい気品を感じた。

 アルは彼のことを面倒見のいい優男だと思っていたが、実はとんでもない恐ろしい能力を秘めた貴人だったのだ。




「あれも……これも……全部見られてたのか……」


 頭を抱えるアル。証拠として挙げられた、サイリン村での魚取り。烏はどこにでも生息しているため、すべてを視られていたのだと悟る。


「いえ、あの……私が報告を受けたのは、それだけですから……」


 シンシアの言葉はなんの慰めにもならなかった。


 つい先日まで行われていた聖王祭。その様子を監視されていた可能性が高い。

 少なくとも、アルには視られていたとしか考えられなかった。でなければ、付き人を遣わせたりはしないだろう。

 エリアルに到着してまだ三日。こちらの動きを完全に捕捉されている。



「気にすることでもなかろうに」

「メアはもう少し気にしたほうがいいと思う」


 国が総力を挙げて教会を一網打尽にしようと動いている。そんな中、呑気に魚取りをしていたなど羞恥以外の何物でもない。

 それだけならまだ救いようはあるが、敵を祝う祭りに参加していたという事実は非常に体裁が悪い。人混みに紛れて発見には至らなかった、などと都合のいい話はないだろうかと願うばかりである。


「味方が増えたのだ。悪いことばかりではない」

「そうです、前向きに捉えましょう」

「それはそうなんだけどな」


 敵国の祭りに参加した兵士は厳罰を免れない。貴族であれば、爵位の剥奪も充分に考えられる。王の裁量次第ではあるが、体面を保つためにも重い処罰が下る可能性は極めて高い。

 平民ならば咎められることはないが、追放された身とはいえ元貴族。その扱いをどうするかなど、アルには想像できなかった。


(まぁ、いざとなったら逃げればいいか)


 教会を潰してすべての問題が片付いた後、この件を咎めようものなら隣国へと亡命すればいい。それだけの力はある。

 功績が認められれば恩赦にも期待できるため、そう暗いことばかりではない。


 ともかく、メアたちには後で説明するとして、今は思考を切り替える。



「他のパーティが近い。休憩は終わりにして、先に進もうか」


 いつもは休憩で立ち止まることはないのだが、シンシアが辛そうだったので小休止を挟んでいた。歩きながらの説明は案外体力を消耗するものだ。


「あの、できれば、もう少しペースを落としてもらえればと……」

「すまない。気遣いが足りてなかった」


 精霊術士は身体強化が苦手なので、当然にして歩く速度も遅くなる。

 配慮していたつもりだが、それでもまだ速かったようだ。


 シンシアと歩調を合わせ、人から遠ざかるように奥へと進む。




「王家との連携は取れてるのか?」


 ひと通りの説明を受けたアルは、モルドー家とカトラス家の話ばかりだったことに違和感を覚えた。


「ラディアン様が王都にて調整を行っています。予定ではサディールに帰還している頃なので、直接、お伺いください」


 そう言って一封の封筒をアルに差し出した。


「これは?」

「紹介状になります。宿屋、ディセージの店主にお渡しください」

「分かった。こちらの用件が済み次第、向かうことにする」

「はい、お願いします。では、私は次の任務がありますので、これにて失礼させていただきますね」

「一人で大丈夫なのか?」

「この程度なら問題ありません。それに、私が足を引っ張っちゃってるようなので……」


 申し訳なさそうに俯くシンシア。彼女が言うように、探索効率は半分ほどに落ち込んでいる。感覚的にはまだ昼前なので、一人でも帰れるほどに浅い地点だった。


「いや、おかげでとても大事なことを聞けた。こっちが持ってる情報を早く伝えるためにも、すぐに見付けてサディールに行くよ」


 シンシアは深くお辞儀をすると、サーチを唱えてから出口へと向かった。



「よし、ここからは探索速度を上げていくか」


 今は手持ちが心許ないため、魔鉱石の採取にも力を入れつつ奥地を目指した。





 ギルドへ戻った頃にはすでに日も沈みきっていた。

 軽く掲示板を確認してから受付へと向かう。


「鑑定をお願いします」


 いつものように、採取した魔鉱石を机の上に並べていくアル。それぞれ品質が異なるため、仕分けしやすいようにと普段から心掛けていることだ。


「……え? え? え? こ、こんなに……」


 先日の受付嬢は途中から言葉を無くしていた。

 並べ終わったアルはもう一度声を掛ける。


「すみません、鑑定をお願いします」

「あっ! はい、お預かりします!」


 ここ最近は自重せずに魔鉱石を採取している。九人の大所帯ともなれば、多くの魔鉱石を持ち帰っても不自然ではない。――と思っていたのだが、彼女の反応を見るにとても珍しいようだ。

 今回はたまたま見付けたということにして、明日からは少し控えるべきかと思案する。


(いや、どうせもう国には把握されてるみたいだし、気にすることでもないか)



 品質が一定以下の魔鉱石は鑑定もすぐに終わるため、その場で代金が支払われる。

 しかし、今日はそれを待たずしてこちらの要望を伝えることにした。


「代金は全額、預金に回してください」

「かしこまりました」


 帰りが遅くなってしまったので、アルの腹の虫が鳴っている。代金は明日の朝にでも受け取ればいいだろうと、夜の街へと繰り出した。




------




 男は三つの魔鉱石を机の上に置いた。


「魔鉱石の鑑定、お願いします」

「はい、お預かりします」


 受付嬢が作業に取り掛かると、手持ち無沙汰になった男は世間話を始める。


「今の人、凄いね」

「あぁ、アルさんですか。凄いですよね」

「あの人、若く見えるけど、何年くらいやってるのかなぁ」

「まだ五年経っていませんよ。昔はちょっと頼りなかったんですけどね」


 あまり質がいいとは言えない魔鉱石を、奥の職員に渡しながら彼女は答えた。

 驚き顔を見せる男は聞き返す。


「そうなの?」

「ええ。先日、エリアルに戻ってきたのですが、当時とは見違えるようです」

「へぇ~。憧れるなぁ」

「マークスさんも凄いじゃないですか。登録してまだ十日ほどなのに、これだけ持ち帰れるのならすぐに追いつけますよ」

「そう? なんだか、照れるね」


 少しくすぐったさを感じたマークスは鼻を掻いた。


「ふふっ。でも、一人だと危ないので、あまり無理はなさらないでくださいね?」

「うん、気を付けるよ。ありがとう」


 マークスは振り返る。彼はすでにギルドを去ってしまったが、扉の辺りをぼんやりと眺めながら続けた。


「僕と同じくらいの歳なのに、仲間もたくさんいて、本当に羨ましいよ。仲間の人たちも、きっと凄いんだろうなぁ。何年くらいやってるのかな?」


 途中で受付嬢に向き直りつつ、マークスは問うた。


「アルさん以外はギルド証を確認していないので……どうなんでしょう?」

「へぇ~。でもきっと、凄いんだろうね」

「パーティを組むって、そういうことですからね。揉め事も当然増えるのですが、アルさんが代表して代金を受け取るそうなので、こちらとしては大変有り難いことです」


 人数が増えればその分だけ管理の手間も増える。仕事が減って助かるのだと暗に告げていた。


 彼女はギルド職員としての自覚がいささか以上に足りていなかったのだ。



 そんな世間話も奥からやってきた職員によって終わりを迎える。


「代金の受け取りはいかがなさいますか?」

「うーん、いいや。預金に回しておいて」

「かしこまりました」


 そうしてマークスは満足気にギルドの出口へと向かう。

 扉に手を掛け、ぽつりと一言。


「見付けたかも」


 不敵な笑みを浮かべた男は、そのまま夜の雑踏へと消えていった――。

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