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9話 獅子の咆哮

「何から何まで世話になった。ありがとう」

「こっちこそ。メメクの情報、とても参考になった」

「感謝する」

「ありがとね~」

「また何かあったらよろしく頼む」


 案内してもらった宿の前で解散となった。

 それぞれ街の現状などの情報を交換し、お互いに有意義な時間を過ごした。


「よし、宿取ったら晩飯にするか」

「期待しておるぞ」


 アルは美味しいスイーツが食べられる店も、彼らから聞いていた。アル自身のお勧めではないが、これで一つノルマを達成したと言ってもいいだろう。


 宿を取り部屋に荷物を置くと、さっそく紹介された店へと向かった。




 中央通りを北に向かって少し歩くとすぐに見えてきた。

 それは聞いていたとおりの大きな建物で、外観からして少し嫌な予感がした。

 しかし、紹介されたからには一度は利用するべきだろう。彼らの親切心を無駄にしてはいけない。


 意を決したアルは、店の重厚な扉を開けた。


 落ち着いた店内はテーブルの数が少なく、ゆったりと(くつろ)げる広々とした空間。置かれた調度品の数々はそこまで値の張る物ではなさそうだが、店主の拘りが感じられる。

 ある程度は覚悟していたことだが、一端の冒険者が利用する雰囲気の店ではなかった。


 とんでもない店を紹介されたものだと動揺を隠しきれないアルであったが、一番いい店を紹介しようと思えばこうもなるかと気を取り直す。

 安くて美味い店を聞くべきだったが後悔しても遅い。店員に案内され席に着く。


 アルは安そうなものを、メアはマロンケーキを注文する。

 和菓子が一つも無いではないかとご立腹だったメアも、ケーキをひとくち口に含むと頬を緩ませていた。どうやらお気に召したらしい。


(なんか不安だなぁ)


 形容するならば、ペットに高級な餌を与えた時だろうか。舌が肥えてしまうのではないかという懸念が脳裏をよぎる。

 それでも上機嫌なメアを見ていると、まぁそれもいいかと思えた。



 会計を済ませ、店を出る二人。


「やっぱり高かった……」


 そう呟かずにはいられないアル。時価とは恐ろしいものだと再認識する。


 こういった高級店は品質を一定に保つため、基本的に値段の表記がない。

 対する大衆食堂はその日の安い食材を使用したり、量を調節して値段を一定にする。

 季節や流通によって変動する相場など、冒険者のアルには必要のない知識。調べようなどと考えたことすらなかった。


 手痛い出費ではあったが、メアが大食漢ではないのが唯一の救いだろう。獅子なのだからと少し身構えていたが、予想をいい意味で裏切ってくれた。


 このレベルの高級店に通える冒険者は限られる。何かのお祝い事で利用したのだろうか。

 貴族が利用するほどではないが、平民の中でも上澄みしか利用しない、そういった類の店だ。


 ギルドで質の良い魔鉱石を鑑定に出している人物に、生半可な店は紹介できないと思ったのだろう。たまたま見付けたという方便はあまり有効ではないようだ。


 そんなアルの気苦労もどこ吹く風といった様子のメア。


「妾はこの店が気に入ったぞ」


 舌の肥えてしまった獅子は(ほが)らかに言い放つ。

 アルはそれを聞かなかったことにして宿に戻るのであった。




 そういや宿も少し高かったよな、などと思いながら部屋に入る。

 借りた部屋は一つだけ。これは防犯の観点から一緒の部屋にしたほうが良いと思ったからであって、他意はない。

 それにベッドは二つあるのでギリギリセーフといったところだ。



 部屋で楽な服装に着替え、今後の方針を立てる二人。と言っても頭を悩ませるのはアル一人だけである。


 件の森は目と鼻の先。起伏の富んだ土地であり、奥へ行くほど高低差が激しくなってくる。

 そしてその先にそびえるのは大きな山脈。これが隣国との境界線になっている。


 今回向かうダンジョンは森の浅い場所。少し入った所に小高い丘があり、その裏側へ回ると崖を連想させる切り立った斜面が顔を出す。【渓谷の洞穴】と違って唯一の入り口だ。

 そこが奴らによって封鎖されたことで、ヴァンの冒険者は難儀しているのだとシアンは語った。この森では鉄鉱石が採れるので、鉱夫にでもなろうかと冗談めかして言うほどである。


 そして奴らの非道はそれだけではない。

 通行料を払ってダンジョンに入った冒険者もいたようだが、中で待ち伏せされて魔鉱石を奪われたという話もある。

 体力も魔力も消耗した帰り際を狙われ、魔鉱石を差し出すまで道を塞がれる。問答している間にモンスターが襲ってくるという寸法だ。



 ここまでくると、少し荒っぽいやり方で突破するのが確実だろうか。

 奴らの強さは分からないが、勝てる見込みも充分にある。あまり暴力には頼りたくないアルであったが、その選択も視野に入れる。


 いくつかの作戦をメアに伝え、明日は早朝から出発するため早めに就寝することにした。




 日の出と共にヴァンの街を出る。【鉄の森】がある小高い丘はすぐに見付かった。

 奴らはその入り口前で天幕を張り、野営をしているために煙が目印となる。


「聞いていたとおりだな」

「ならば、計画通りにやれば良いのじゃな?」

「あぁ、頼む」


 二人は入り口の反対側から丘上へと登っていた。

 そこから見下ろすと、朝食の準備をしているようだった。


「作戦決行だ」


 合図と共にメアが一歩前に身を乗り出すと、光を放ちながら獅子の姿へと戻る。

 外に居た奴らはその光に反応し、メアに視線が集まった。


「な……な、なんだあれは!?」

「ば、化け物だ!!」


 腰を抜かす者、呆然と立ち尽くす者、臨戦態勢を取る者など多種多様な反応を見せる。

 パニックが起こる一歩手前といった感じで、戦う意思を見せる者ですらその手は震えていた。

 そして仕上げとばかりにメアは丘上から地上へと跳んだ。


 近くで感じることによりはっきりと理解できる。おおよそ人間には放つことのできないであろう威圧感。

 それは眼前の獅子が異質な存在であると。自身が狩られる立場であると。その場に居る全員の心に刻み込まれた。


 見た事も聞いた事もない大きな獅子に迫られ、恐怖が一気に爆発する。


「がお~~~~~~ん」


 メアは咆哮を上げた。


「だ、誰だ!? お前か!? ふざけてんのかっ!!」

「は……は、はぁ!? あ、アタシじゃねーし! なに言ってんだ!?」


 辺りはパニックに陥っていた。既に正常な思考ができている者などここには居ない。

 ただ一人を除いて――。


「はぁ……」


 大きなため息と共にアルは頭を抱えた。


 どこに愛らしい声で咆哮を上げる獅子が居るというのか。パニックが起こっていなければ、作戦は失敗していただろう。

 幸運なことに誰かが逃げろと叫んだことで、森の奥へと蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。



 その姿を見送り周辺に誰もいないことを確認すると、アルは崖を滑り降りた。

 メアが人の姿に化け、一言。


「計画通りじゃな」


 満面の笑みで言い放つ。言い返す気力も残っていないアル。結果的には成功したので、もういいやと諦めることにしたようだ。


 そんな事よりも、今はダンジョンの探索に集中する方が建設的だ。

 ここは初めて潜るダンジョン。モンスターの性質や内部構造、また、その傾向などは完全に未知である。


 できることなら今日中に見付けておきたい。

 この騒動とアルを結びつける証拠はなく、奴らが街で騒いだとしても、普段の行いから懐疑的な目で見られるだけだろう。

 しかし、そう何度も使える手ではない。


 入り口の前に立つと、アルは意識を集中させる。内部は暫くの間、緩いカーブを描いて降りて行くだけの構造になっていた。


「よし、行こう」


 二人はいざなわれるようにして【鉄の森】へと足を踏み入れた。

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