87話 紆余曲折、エリアルの街へ
次代聖王の誕生。
民衆は皆一様に浮かれ、お祭り騒ぎで羽目を外す。
快活な声が各所から響き、街は歓喜に満ち溢れた様相を呈している。
聖王祭。敵方の誕生を祝う祭典。
民衆も真面目に祝福しているわけではない。それを理解してなお歯痒いものだ。
(愚民などとは言うまい。然れば我らもまた、愚者となるのだから――)
民衆は何も知らない。こちらも真実を把握したばかり。
故に、名状し難いこの苛立ちは自身に向けるべきものであろう。
我らは八〇〇年の長きにわたり欺かれていた。
王国全土に根を張る組織を見誤り、安穏と暮らしてきた。
人の上に立つ者がその事実を放置し、愚民などと罵る行為は愚の骨頂。本来であれば、我らが果たすべき責務。成さねばならぬ使命。怠惰と言わざるを得ない。
きっかけは一人の少年。元貴族と言えど、追放されたその身一つで必死に足掻いてきた憐れむべき対象。
彼がディートを解放したことにより全てが始まった。王国に蔓延る闇を露見させた。
――聖王教会。王国を蝕む影。
であるならば、差し詰め少年は王国を照らす光と言えよう。
確証が得られたわけではないが、ナレク村をはじめ、各地の犯罪組織と繋がっていると考えるのが妥当。エソラの町で捕らえた野盗や、エリアル近郊の荒野に拠点を置いていた盗賊団。もう少し遡ればリュマやワセトなど、王国全土に下部組織を有する可能性が高い。
どこに監視の目があるのか分からない現状、教会だけに気を取られる訳にはいかない。すべてを疑って掛かる必要がある。
サディールの街に帰還したラディアンは、そんなことを思いながら会議室の扉を開けた。
「だからお前は細けぇんだって! レオがどこにいるかなんてどうでもよくねぇか?」
「これは大事な訓練の一つです! カルロス、あなたはなぜ事の本質から目を逸らすのですか!?」
声を張り上げるローディ。初めて見る弟の様子にラディアンは目を見開いた。
「本質ってなんだよ? レオの加護は理解してるし戦闘中でも意識できるしそれでいいじゃねーか!」
「理解できていないから、あなたはレオの居場所が分からないのです! そもそもカルロスは――あっ! 兄上、おかえりなさい。兄上からも言ってください!」
体裁構わず不満を露わにするローディではあるが、不真面目なカルロスを見捨てることなく世話を焼いていた。
年相応に感情を示したのはいつ以来だろうか。ラディアンは感慨に浸る。
「兄上!」
「うむ。打ち解けたようで何よりだ」
「誤魔化さないでください!」
僅かに口角を上げたラディアンは、手振りで落ち着くよう促し本題に移った。
「先に情報共有を済ませる。こちらは概ね予定通りだ。詳細は後で伝えるが、まずはそちらの進捗を聞こう」
大きく息を吐き出したローディは心を落ち着かせると、瞬きほどの時間で思考を整理してから答える。
「カルロスはご覧のありさまです。彼を育てるなら意識改革が必要不可欠でしょう。何か強い衝撃と共に、彼の心を一度折ってしまったほうが手っ取り早いかもしれません」
報告の途中で「なんだとぉ?」という声が聞こえたが、それを気に留めることなくローディは続けた。
「次に、アルさんを南東の地で捉えました。一度目は山村、二度目はギンガかワセト、そのどちらかでしょう。ここからは憶測になりますが、二名増えていたことから【山岳洞窟】と【丘陵回廊】はすでに攻略済み。【大地の裂け目】の神獣とも契約を終わらせて、現在はディロ周辺に居ると思われます」
アルの行動が予想以上に早く、一度捉えてもまたすぐに見失ってしまう。同じ場所に長く留まっていないことが、捜索の難易度を格段に上げていた。
端的に述べられたアルの動静を咀嚼したラディアンは「うむ」とだけ答える。それを確認したローディは現況の報告に入った。
「現在、グルーエル殿がディロまでを、タガラがそれ以遠を捜索しています。ただ、すでに南東の地を離れた可能性が高いのは先ほどのとおり。ですので、中央に絞るべきかと考えています」
グルーエルとタガラに視線を送り、そのまま報告を続けるローディ。
カトラス家が《眼》を放ったこと。
烏と契約したミルドたちを、アルの捜索に向かわせたこと。
タガラは眷属の居場所を把握できるなど、その能力の詳細を。
それら一連の報告が、事前に用意した文章を読み上げるかのように行われた。
ひと通りの説明を終えた頃、グルーエルが大きなため息をこぼした。右手で顔の右半分を覆い、項垂れるグルーエルに視線が集まる。
「グルーエル殿、どうかされたか?」
「いえ、その……」
珍しくも躊躇いをみせるグルーエル。その様子にラディアンは疑問を浮かべ、対するローディは諦念を浮かべた。
「またですか……」
「また?」
ローディは報告すべきか迷っていた。
作戦には影響しない。黙することが彼の名誉を守る。
しかし、これが彼の悪癖であるならば、包み隠さず伝えなければならない。
「念の為に伺います。今度は何をしていましたか?」
「遠慮することはない。真実をそのまま述べるといい」
二人に促されたグルーエルは重い口を開いた。
「――祭りを……楽しんでいるようです」
「敵を祝ってどうすんだよ、あいつ……」
一同は頭を抱えた。
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イータルの町でお祭り最終日を堪能したアルたち一行は、足取り軽くエリアルへと向かって進んでいた。
「お主の言ったとおり、あれは絶品じゃったな」
紫芋の栗きんとん。その上品な甘さにメアの頬は緩みっぱなしだった。今もお土産片手にソワソワしている。昼食が待ち遠しいようだ。
「紫芋はイータルの名産だからな。他よりずっと味がいいらしい」
この街道を行くと昼過ぎには森を横切るので、紅葉を眺めながら昼食を摂る予定だ。
本当なら山に登って絶景を楽しみたいところではあるが、残念ながらエリアルまでの道に山はない。急ぐ旅でもあるので、来年の楽しみに取っておくことにした。
「そこは人づてなのじゃな」
「食べ比べしたことないからなぁ。珍しい食材でもあるから、その機会もあんまりないと思う」
「確かに、他の街では見ておらんな」
アルはおぼろげな記憶を辿るが、中央部でイータル以外の産地は思い当たらなかった。荒野を越えた東の街にあったような気がする、といった程度の認識である。
そうして森に到着したアルたちは、少し中に入って昼食を摂ることに。
「やはり、色鮮やかな紅葉を眺めておると、心が洗われる想いじゃの」
テンは年一度の時節をかみしめるように感慨にふける。
「しかし――」
自身の着物と見比べたテンは、得意気な様子で身も蓋もないことを口にした。
「わっちのほうが、艶やかな色合いを再現しておるの」
実物より再現度が高いとはこれ如何に。そう思うアルであったが、鼻高々なテンを前にして、野暮なことは言うまいと口をつぐんだ。
「お主の着物は見事なものじゃからな」
お土産の包みを広げながら同意するメア。その言葉は本心なのだろうが、心はすでに栗きんとんへと向けられていた。
「紅葉は小川と一揃えにすることで、雅やかさを際立たせるからの」
「そうじゃな」
口いっぱいに栗きんとんを頬張るメア。彼女の言葉が真実なのか、アルは分からなくなってしまった。
(満足そうだし、まぁいいか)
加護を強く意識して感情に触れてみたが、後ろ向きなものは感じられなかった。ならば気にすることでもないかと、アルも昼食を摂ることにした。
「少し緊張感が足りないのではないか?」
ハクが疑問を呈す。大きな組織に狙われている自覚を持つべきだと。
「確かにな。でも、心に余裕を持たせることも大事だと思う」
これまでの旅で実感してきたこと。
みんなに気付かされたこと。
特に召喚術は繊細な技術を要する。心を乱せば立ち行かなくなる。
これはアルに限った話ではなく、メアたちにも言えることだ。
「教会は絶対になんとかする。改めて言うまでもないだろうけど、ハクの力も貸してくれ」
「それは勿論だ」
数日ぶりの真面目な話をしながらエリアルまでの旅路を進むアルたちであった。
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