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81話 目的と理由

 とある村には子供の頃から密かに慕い合う男女がいた。


 毎日連れ立って狩りに出掛け、一喜一憂しながら恋を募らせる。

 何気ない会話。優しい沈黙の時間。どちらも二人にとってはかけがえのないもので、想いばかりが膨らんでいく。

 そうして抑えきれなくなった恋心はいつしか爆発し、二人の関係は恋仲に発展した。


 しかし、二人の結婚は許されなかった。人口が少ない村のため、他所から伴侶を連れてこいというのが理由だ。

 予想通りの反応。二人の恋がなかなか進展しなかったのも、これが原因である。



 駆け落ち同然に村を飛び出した二人は、遠く離れた街でハンターとして生計を立てる。貧乏ながらも充実した日々のなか新たな命が誕生し、ロプトと命名された。




 慎ましくも幸せな日々を送っていたある日。二人揃って狩りへと出掛けたロプトの両親は、そのまま帰らぬ人となってしまう。森の奥から発見された遺体をみるに、野盗にでも襲われたのだろうという話であった。


 引き取り手もおらず、借家を追い出されたロプトは孤児となり、教会の孤児院に預けられることになった。彼が八つの時だ。


 一瞬にして幸せを奪われたロプトは心を閉ざしてしまった。誰とも喋ろうとせず、部屋に引きこもって過ごす毎日。見かねたシスターは彼に寄り添う。


「両親の分まで幸せにならなければいけませんよ」


 そんなありきたりな言葉。それでもシスターの献身により、ロプトは少しずつ立ち直っていった。



 二年もすればロプトは元気を取り戻し、必死に勉学に励んだ。育ててくれた恩義に報いるため。教会に恩返しをするためにと懸命に努力した。

 成人して修道士の道へと進み、そこで彼は衝撃の事実を知ることになる。


 教会の闇。


 耳を疑いたくなるような悪事の数々。

 脱税や略奪などは当たり前で、果ては暗殺まで行っていた。

 なかでも孤児院が慈善事業ではなかったことが、彼の心を苦しめる。


 自分は一体、何のために努力しているのか。

 誰のために身を粉にして奮励していたのか。

 両親を襲ったのは、本当に野盗だったのか。


 疑惑と疑念。

 憤怒(ふんぬ)と憎悪。

 どす黒い感情が湧き上がってくる。それを自覚した時、彼の心は壊れた。



 犯人を探し出し、必ず殺してやる。

 指示を出した黒幕も、まとめて始末してやる。

 関係したすべての者に復讐を――。


 彼の生きる理由が生まれた。努力する意味を見出した。


 まずは情報を得るため、教会内でのし上がる。

 そのために演技を覚えた。

 心を殺す術を身につけた。


 周囲を欺き、自身を偽り、そうして枢機卿にまで上り詰めたロプトは復讐を開始した。



 まずは確実に関係しているだろう大司教を暗殺。その地位に面識のあるエーリッヒ・フルメナスを据えることで、目的達成までの早道とする。

 そして調べを進めるのだが、過去の資料は残されていなかった。悪事に関する報告書などは、近いうちに処分することが徹底されていたからだ。


 ならば件の支部はどうか。怪しまれないよう赴くが、これも空振りに終わる。

 過去の資料はいくつか残っていたが、目当てのものは発見できなかった。



 両親の死は教会と無関係なのか。

 本当にただの野盗だったのか。

 それでも、教会に対する猜疑心が晴れることはなかった――。




------




「当時の司教も問い詰めたけど、口が堅くてね。だから殺すしかなかったんだ」


 軽快に語るロプト。言葉と口調、そして表情に一貫性がみられない。初めから生かす気はなかったのだろう。


「一人じゃなかなか捗らないから、君たちと共闘できればと思ったんだ。教会を潰すつもりなら、内部に協力者が居たほうがいいと思わないかい?」


 内部の協力者ならすでにいる。しかし、枢機卿ともなれば、その差は比べるまでもない。

 彼の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないが、悪くはない提案だった。


 だが、確かめる必要はある。


「教会が行っている悪事とやら。聖王も召喚獣の封印に関わっているのか?」


 これだけは聞いておかなければならない。

 すべては返答次第。どんなに小さな変化も見逃すまいと、アルは集中してロプトを観察する。


「関わっているもなにも、召喚獣を封印している張本人さ」


 これではっきりとした。


 召喚獣を封印することは、この男にとっては脱税や略奪以下の悪事。わざわざ挙げるまでもない些細なこと。

 そんな奴を信用できるわけがない。言葉の真偽などもう関係ないのだと、アルは方針を固めた。



「手筈通りに」


 アルは聞き取れないほどの小さな声で伝える。男が長々と話している間、耳の良い二人に指示を出していた。


 テンはつまらなさそうに振る舞い、少しずつ右側通路に近付く。

 テトは話に飽きたフリをして、リルを誘って遊びながら指示を伝える。


 男の逃走経路は三つ。左右をテンとテトが塞ぎ、足の速いリルが奥を塞ぐ。

 あとは煮るなり焼くなり好きにすればいい。彼我の差は歴然であり、油断さえしなければ、負けることも取り逃がすことも無い。



「気になるのかい? 心配しなくても、聖王はそのうち死ぬさ。まぁ、彼の神獣はリーブルに引き継がれるだろうけど、その前には殺しておきたいな」


 男は自身の狂気に気付いているのだろうか。そんなことをふと考えてしまったアルだが、だからと言って、手心を加えるつもりはない。ここで確実に仕留める。


「召喚石という言葉を知っているか」

「知ってるよ。僕も、それだけは何とかしたいと思ってたんだ」


 ――白々しい。

 こちらの様子を窺い、適切な言葉を選ぼうとしている。


「なら、自分から言うべきだったな」

「交渉決裂、ってことかな?」


 男は立ち上がる。

 その動きにアルは剣を構え、三人は指示通りに出口を塞いだ。



「遠隔召喚――【シトラ】」


 背後に巨大な影を捉える。その影は大きな音と衝撃を伴ってエリにより受け止められた。

 間髪を入れずにメアの薙刀が影の腹部を直撃。一歩遅れてアルが前方へと走る。


 二人の援護がなければ間に合わなかっただろう。それほどまでに予想外の攻撃だったが、アルは振り返ろうともしなかった。



 剣を抜こうと左腰に手を回した男に肉薄し、相手よりも早く左から力を込めて薙ぐ。それを後ろへと低く跳んで躱すロプト。

 腕を振りきったばかりのアルに狙いを定めた男は着地と同時に居合一閃――。


「がっ――!?」


 ロプトの剣は引き抜かれることはなかった。




「いって~。手首捻ったかも」


 手首の調子を確かめるアル。氣を練り、回復を試みる。

 そうしてゆっくりと振り返り、男に向かって歩き出した。


「残念だったな」


 大きく振りきった一撃。それは隙が生じると同時に油断を誘うものであった。


 肩から指の先まで力を込め、振りきった右腕を固定する。そして【瞬速の極】を強く意識して、電光石火の如く相手を横切る。

 なんてことはない。目にも留まらぬ速さで通り過ぎただけで、剣の軌道上に男の体があっただけだ。


 ただ、無茶な体勢からの攻撃だったせいか、威力はそこまででもないらしい。召喚獣は未だ健在で、本人も片膝を付いて腹部を押さえるにとどまる。




 そうして油断なく止めを刺そうとした時、予想外の方向から声が響いた。


「待て!」


 よく通る声の主を見やると、それは微かな光と共に姿を変えた。


「お願いだ。少しだけ、待ってはくれないか」


 白と黒が混じった外ハネの髪。

 力強い眼には黄金の瞳。

 背丈や年の頃はメアと同じだろうか。黒のローブを身に纏った少女が訴える。


「ロプトと……話をさせてくれ」


 切に願う神獣がそこに居た――。

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