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80話 揺らぎ

 ガンドルへと向かう馬車の中、スミルト・ヘズリムは懊悩煩悶(おうのうはんもん)としていた。


 味方に向けた疑惑と疑念。思考を巡らせ、何度も振り払おうと試みる。

 しかし、それはついぞ叶わなかった。

 ロプトとリーフェは互いに近いダンジョンへと赴いた。その事実が彼を疑心暗鬼にさせる。


 スキルヴィングを殺めたのは間違いだったのではないか。いささか早計だったのではないか。彼の推論を是とした当時の自分を呪うほど、ロプトに対する不信感を募らせていた――。




「おい、あんた。顔色が悪いようだが馬車酔いか?」

「俺か? 俺は大丈夫だ」

「そうかい。ま、我慢できなくなったら早めに言うんだな」


 ディルム・ジルソールの死亡報告を受け、フロージは体調を崩してしまった。

 今の聖下に伝えるわけにはいかない。そう判断したスミルトだが、自身の思考でさえ疑ってしまうほど、頭の中が雑然としていた。


 しかし、ロプトがリーフェを殺めた可能性を語ったとして、その根拠を問われるのは明白。当然にして、答えることなど出来はしない。

 ロプトとの密会、()いてはスキルヴィングに対して行った所業。彼の安否が取り沙汰されるのは時間の問題であり、隠し立てしたところで自身に疑惑の目が向けられる。否定するのは簡単だが、それを誰が信じようか。



 整理のつかない頭で考えるスミルトだが、一つだけ確かなこと。今はまだ、報告すべきではない。先にロプトの真意を問い質す必要がある。


 そのためにもロプトが赴いたディロへと向かいたかったのだが、襲撃者の特定、及び封印石の確認を任されることになった。これは聖王たっての願いでもあるため、盲目的信徒(スミルト)に断るという選択肢はない。



 戦闘は必ず避けるようにと言い含められたスミルトは、冒険者に(ふん)してガンドルを目指す乗合馬車に揺られていた。




------




 ミルド、ゲルド、シンシアの三名は、グルーエルの指示を受けてノマクサの街に戻っていた。

 今はその領主、ドリエール・カトラス子爵との面会の最中である。



「《眼》を放て――と。数百年間、気取られぬよう秘匿してきた我らが能力。ついに大きく動く時が来たというのか」


 グルーエルからの書状を一読したドリエールは、タバコをくゆらせ思いを馳せる。


 五〇〇年ほど前に起きた事件。神獣を使役する者が暗殺されたことで、何者かの暗躍を知ったカトラス家。敵の捜査能力は高く、隠蔽工作にも長けていた。迂闊な行動をすれば、彼らの二の舞になってしまう。


 それ以来、神鳥の存在を秘匿しつつ、世界を陰から監視してきた。王家ですら監視の対象とするほど、すべてを疑い慎重に動向を注視していた――。




 長い沈黙。タバコの火種が燃える音のみが静寂の中に響く。

 ゆっくりと煙を吐き出したドリエールは、(おもむろ)に口を開いた。


「神獣は周知された。ならば神鳥もまた、同じ道を辿るのだろう」


 飛行する召喚獣さえ存在しなかった世界に、唯一無二として空を翔ける八咫烏。その翼を羽ばたかせる時が来たのだと知る。


 タバコの火を消し立ち上がったドリエールは、高らかに宣言する。


「これより各地に《眼》を放つ。お前たちにも契約をしてもらおう。存分に働くが良い」



 彼の決断により、作戦は大きく進展を見せることになったのである。




------




 【地下神殿】探索開始から五日目。アルたち一行はダンジョン奥地を目指して足早に進んでいた。

 手頃な大きさの広間に到着すると、その時をじっと待つ。




「やぁ。あんまり警戒しないでほしいな」


 ゆっくりと歩きながら声を掛けてきた男。数時間前、後をつけてくる者の存在に気付いたアルは、剣を抜いて待ち構えていた。


「それ以上、近付かないでほしいんだが」

「まいったな……。話がしたいだけなんだけどね」

「なら、この距離でもできるだろ?」


 男はやれやれといった仕草をして立ち止まる。


「この距離で話を聞く。そこから動いたら話は終わりだ」



 前日、ギルドで何者かの視線を感じた。

 その時は気のせいかと思ったアルだが、こんな場所まで付かず離れずの距離を維持する者を警戒しないわけにはいかない。


「仕方ないなぁ。なら、結論から話そうか。僕と共闘しないかい?」


 教会関係者だと断定していたアルは、予想外の提案に目を細める。男の表情を注視するが、何を考えているのか全く読めない。


「戦力は足りている。お引き取り願おうか」

「とぼけなくてもいいよ。すべての材料が君たちだと言ってるからね」


 角鹿の神獣から襲撃者の情報が洩れたのか。あれからひと月以上も経過しているため、その可能性は高い。

 しかし、ならばなぜ、角鹿を召喚して確認を取らないのか。既に済ませているのか、あるいは――。



「話が見えないんだが、もう少し分かるように説明してくれ」


 どちらにせよ、相手はこちらを襲撃者だと断定している。根拠がどうであれ、この問答にあまり意味はないのだろう。


 隙を見て、手早く片付ける。そのために演技をしつつ、周囲を広く索敵する。



「やっぱり、簡単には信用してくれないみたいだね。いいよ、長話をしようか。座ってもいいかな?」

「それくらいなら問題ない」


 何を考えているのか分からない男は地面にあぐらをかく。無警戒さに毒気を抜かれたアルだが、相手のペースに飲まれるわけにはいかない。警戒を怠らないよう意識を張り詰めた。



「何から話そうかな……」


 男はぼんやりと天井を見上げる。警戒心を解こうと演技をしているのなら、大した度胸である。


「そうだな。まずはお前が何者なのか、そこから話してもらおうか」


 確認するまでもないことではあるが、話の主導権を握るためにもこちらから提案することにした。


「そうしようか。僕はロプト・スコルド。枢機卿の一人だよ。君の想像通り、教会の人間さ」


 誤魔化そうともせずに告げたロプトという男。アルにはその真偽を見抜くことができないほどに堂々としていた。


「嘘では無さそうじゃな」


 小声で伝えるメア。今は勘の鋭い彼女の判断を頼るほかないかと、アルは続きを促す。


「それで?」


 少しだけ表情を崩したロプトは自身の目的を語った。


「僕はさ、教会に復讐がしたいんだ。でも、一人ではなかなか難しくてね。君たちとなら共闘できるかなって思ったんだけど、少し考えてみてくれないかな?」

「……」


 これも嘘ではないと、演技でもないと言うのか。その言葉を安易に信用することなど出来はしない。

 しかし、返す言葉がすぐに見付からなかったアルは、沈黙を選択した。



「信用してもらうのって難しいよね。僕も、教会の人間を信用できなくて、今まで誰にも話せなかったんだ」


 少しだけ寂しそうな表情をしたロプト。読めなかった相手の表情が、ここにきてさまざまな変化を見せる。


「教会ってさ、悪いこともいっぱいしてるんだけど、みんながみんな、そうじゃないんだ。でも……話せなかった。外部の、しかも教会に恨みがある君たちなら、きっと良い関係を築けると思ったんだ」


 それは何かにすがるように。

 過去に想いを馳せるように。


 ロプトの様子を注視していたアルは、心の揺らぎを感知した。

 相手の真意は分からない。しかし、真に迫る想いを感じ取ったアルは、彼の言が誠であると――演技ではないという思いに傾く。


「……仔細を、聞こうか」


 沈黙を選んだアルの口から言葉が漏れる。ロプトの感情を汲み取った彼は、復讐の理由を柔らかく問う。



「僕は……」


 遠く虚空を見つめるロプトは、とても悲しそうな目をして語り出した。


「僕は、孤児だったんだ――」

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