8話 次の目的地へ
一通りの話を聞き終えたアルは、次に祭壇へと目を向ける。
人の手が加わった壁や床などには魔鉱石が見当たらなかった。
魔鉱石や精霊石は消耗品である。その役目を終えると砕け散り、土とも砂とも分からぬ塵となる。
つまりこの祭壇の表面はそれとは異なる物質から成っており、その物質は魔鉱石を生成することができないということ。
わざわざ作ったのには何かしらの理由があるはず。心に留めておく必要があるだろう。
そしてもう一つ。ここでやっておかなければならない重要な事。
「こいつでいいか」
アルは近くに生えていた魔鉱石を採取した。
たまたま見付けたと言い訳が立つ程度の魔鉱石。
質が良すぎても量が多すぎても目立つことになる。なので当面の間、金銭的に困らなくなりそうな物を一つ選んだ。
あとは帰りに質の悪そうな物をいくつか回収すれば問題はないだろう。
「この場所で出来る事はもう終わりかな」
「それ一つで良いのか?」
「これだけ質の良さそうな魔鉱石だからな。誰が難癖付けてくるか分からないし、あんまり目立って精霊石まで見られたらややこしい事になりそうだ」
「ふむ。妾がおればどうとでもなるであろうに」
メアから感じ取れる脳筋的思考にアルは少しばかりの不安を覚えた。
これまではアルの言うことにも納得し、こちらの意見を尊重してくれていたメアだが、ほんの少しだけ何かがズレている気がしてならない。
いつか小さな勘違いから大きな間違いを起こしてしまうのではないか。そんな微かな予感。
なので、少しばかり脅しておくことにした。
「この精霊石の中にメアの本体が居るとするだろ? なら、これがメアの命というわけだ。だからこいつの存在は誰にも知られないようにする必要がある」
「な、なんじゃと……」
少し効き目が強すぎたようで、わなわなと震え出すメア。どうやらフォローする必要がありそうだと考えていると、メアが先に口を開いた。
「妾はまだ死ぬわけにはいかぬ! お主の勧める甘味を食しておらんのだぞ!」
呆然とするアル。必死の形相で迫るメア。
「早く! 早く甘味処へ連れてゆくのじゃ!」
「あ、うん。……これが無事なら大丈夫だから……」
拍子抜けしてしまったアルの声からは覇気が失われていた。
そんな彼の様子を知ってか知らでか、依然として慌てふためくメア。
「何をしておる! 早く乗るのじゃ!」
そう言ってメアは獅子の姿へと戻った。
「あの、メアさんや。これが無事なら大丈夫、大丈夫だから」
「……本当か?」
周りが見えなくなるほどの、この甘味に対する執着は一体どこから来るのか。そんなメアの生態に興味が湧かないでもないアルであったが、今は少し急いだ方が良さそうだ。
ダンジョン内では時間の感覚が狂う。あまり遅くなると、今日中にヴァンの街に辿り着けなくなってしまうだろう。
「この精霊石さえ無事に護り通せば、いくらでも甘味が食べられるぞ」
獅子の鼻先に甘味をぶら下げながらメアの背に乗る。
「最後にもうひと仕事だ」
「そうじゃな。肝心な事を忘れるところであった」
そうしてメアはダンジョン内を駆け巡る。
シーレの能力を使い、件の祭壇と同じもの、似たような場所を探して回る。
同じダンジョンに別の神獣が封印されているとは限らない。リスクを分散させる意味でも別々のダンジョンに隠している可能性が高いと思われた。
それでも、念の為にある程度は調べておく。
「メア、そろそろ終わりにしよう」
狭い道の先の、さらに奥まで徹底的に調べたわけではないが、ここらが引き時だろう。
数時間ほど駆け回ったが、それらしいものは発見できなかった。
「さすがに疲れてしもうたか?」
「いや、そういう訳じゃない」
野宿はあまりすべきではない。
監視の目が足りない今、夜襲にでも遭い精霊石を奪われる可能性はできるだけ排除したかった。
「メアの方こそ大丈夫か?」
「妾はお主から魔力を貰っておるからな。疲れるとしたら、寧ろお主じゃろうて」
「そうなのか? 俺はずっとメアに乗ってるだけだし、探索もシーレに任せてるから大丈夫なんだけどな」
「矢張り、お主の魔力は底無しじゃな」
そうして探索を切り上げ出口へと向かう。ほとんどの場合、上り坂の先へ進むことで外に出られるようになっている。
「メア、止まってくれ。この先に人が居る」
出口までの道は把握した。その途中で数人の冒険者が帰途に就いているようだった。
ヴァンの街まで行かなければならないアルは、どうやら長居しすぎたようだと悟る。
「ここからは歩いてゆくのじゃな」
メアが人の姿に化ける。
「メア。その光はどうにかならないのか?」
一瞬とはいえ眩しすぎる光は注目を集めることになる。あまり褒められた事ではないと、アルは指摘する。
「なんじゃ。化けるときは光るのが良いのではないのか?」
「そんな話聞いたことないけど」
「そうなのか? ならば気を付けるとしよう」
良く分からない拘りがあったようで、あえて光を放っていたらしい。
それでも多少の光は漏れるらしく、何度も繰り返し練習をしていた。
そうして外に出ると、夕暮れにはまだ早い時間。メメクの街に戻るにしては早く、先に出た冒険者も時間の感覚が狂っていたのだろうと結論付ける。
ここからヴァンの街は北北東の方角。そちらへ目を向けると、先ほどの冒険者らしき三人組が遠くに見えた。
メメクの街がある西側には人影は見当たらない。
つまり、あの三人はヴァンの街からわざわざ【渓谷の洞穴】までやって来たのだ。
「ヴァンで何かあったのかな……。メア、ちょっと急ごうか」
ヴァンの街はそこまで遠いわけではないが、近くには【鉄の森】というダンジョンがある。
ここまで足を運ぶ理由が気になったアルは、三人から話を聞こうと急ぐ。
「すまない、ちょっといいか?」
追い付いたアルは後ろから声を掛けた。
「いいぜ。どうした?」
振り返った三人の内の一人が返答する。気負った様子もなく、気さくな人物だとうかがえる。
「俺はアル、こっちはメア。ヴァンから来たのか?」
「その通りだ。俺はシアン」
「ドルトン」
「ラティだよ。よろしくね」
紹介もそこそこにして話の本題に入る。
「俺たちは今からヴァンに向かおうと思ってるんだが、もしかしてヴァンで何かあったのか?」
「最近のヴァンは少し荒れててな。複数のパーティが結託して【鉄の森】の入り口で通行料を取り始めたんだ」
「それはさすがに領主が黙ってないんじゃないか?」
「奴らはただ封鎖してるだけで、自分たちから金を出せとは言わないんだ」
「封鎖と言っても無理矢理ではない。言葉巧みに脅すのだ」
「そうそう、ひどいよね~」
どうやら自主的にお金を出させることで、商売ではないと言い張るつもりらしい。
ギルドはこの件に介入することはないだろうが、本人の査定には響く。
冒険者はその腕っぷしから護衛を頼まれることもあるが、そんな人物を紹介するわけにはいかない。
魔鉱石と通行料のみで生活していく気なのだろう。
それにしても悪い噂が立つと街で暮らしにくくなるというのに、浅はかな考えだと呆れるばかりのアル。
「証拠があれば憲兵も動くんじゃないか?」
「今は折りが悪くてな、隣国とちょっとした小競り合いの最中なんだ。兵士の数が足りない現状だと、証言だけでは動かないんだと思うぜ」
「それにここ数日は犯罪も増えている。憲兵も街のことで手一杯だろう」
「そうそう、大変なんだよ~」
どうやら最悪のタイミングでヴァンの街に向かっているらしい。
ダンジョンに入るだけなら簡単だろうが、探索に数日掛かってしまった場合、どんな報復が待っているのか見当もつかない。
短絡的思考の持ち主だ。強硬手段に打って出る可能性は高い。
街に入る前から頭を抱えることになったアルであった。