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79話 意気衝天の末路

 ディロの街。

 ここはアルが成人して間もない頃に滞在していた場所。

 当時と変わらない景観。苦い記憶が思い出される街並み。それでも、アルの心は平静を保てていた。


 ミーシアと再会し、約束を果たせたことが――果たせていたのだと知れたことが、彼の傷を癒した。

 それが大きな理由ではあるが、心が豊かになったことも要因の一つ。なにより、ミーシアに会いに行く決心がついたのも、心を育んでいたおかげである。



 勝手知ったる街で一泊し、冷静でいられることに安堵したアルは、早朝からダンジョンへと向かう。

 南門から出発し、そのまま南下。遠くに見える山岳は小一時間ほどの距離で、切り立った高い岩壁が特徴だ。

 東へ行くほど緩やかに、また、緑もどんどん深くなっていく。それはやがて森となり、大きな湖に繋がる。




 ダンジョンに到着したアルは懐かしさと同時に、僅かながらの期待感も抱いていた。

 過去と現在。その差を判然たるものとし、無力だった己と決別するいい機会。確かめるまでもないことではあるが、実際に経験してこそ本当の意味で過去を断ち切れるというもの。今のアルには恐れや迷い、不安などは微塵もなく、その眼からは自信と気迫がみなぎっていた。


「やる気充分、といったところじゃな。良い顔になったではないか」


 アルの顔を覗き込むメア。


「そうか? ……いや、そうかもな。これまでなら気後れしてただろうけど、今は楽しみなくらいだ」


 強くなったという確信。今もなお自身の成長を感じられるほどに、急速に進化し続けている現状。それらは戦闘に関することだけでなく、心も含まれていた。



「今回の戦闘は俺に任せてくれ。ちょっと試してみたいこともあるしな」

「僕もククリの調子、確かめておきたいなー」

「あー、それも必要か。なら、連携を取る練習も兼ねて二人でやろうか」

「お、お主らは妾の愉しみを奪うと言うのか!?」


 メアは十日以上もの間、薙刀を振っていなかった。鬱憤も溜まろうというもの。


「メアは後で手合わせしようか。モンスターと戦うよりも有意義だと思うよ」


 アルは以前と比べると、加護との結びつきを強く実感するようになった。それは加護の力をより一層引き出せるということであり、意識をするのも容易くなる。いずれは戦闘中でもすべての加護を強く意識できるようになるだろう。


 どこまで成長したのかメアとの手合わせで確認しようと考えていたアルは、それを餌にすることで彼女を宥めようと試みた。


「そうであるか? ならば、今日のところはお主の成長を見守るとしよう」


 返ってきた言葉は概ねアルの予想通り。メアの性質を熟知していたアルは、どうすれば彼女が納得するのかを理解していた。


「よし。そうと決まればそろそろ行こうか」


 そうしてダンジョンへと足を踏み入れた。




 少し進むと現れる大きな広間。天井はあまり高くないが、四方にだだっ広い空間。所どころに設置された土柱が天井を支える。その姿は神殿を連想させることから【地下神殿】と名付けられたダンジョン。十一本ある道のひとつを選んで進む。



 手前側のモンスターは弱い。なので序盤に試してみるのが吉。一メートル中ほどの小さな獅子と遭遇したアルは、剣を右手に持って走り出した。


 数は二体。あまり戦いやすいとは言えない通路で一体目の獅子がアル目掛けて飛びついた。地面を強く蹴って右に跳ぶアル。壁に着地して一体目を躱すと、即座に壁を蹴って二体目の獅子を横薙ぎに一閃。続いて一体目も処理しようと振り返ると、それは止まることなく走り続けていた。


「なんだか楽しそう」


 そう言ってテトは二刀のククリを逆手に持った。

 獅子が飛びつく瞬間。アルと同じように地面を蹴り、壁に着地したテト。そこまでは同じだった。

 壁を強く蹴ったテトは高速で回転しながら獅子に迫り、肉という肉をズタズタに切り裂いた。


 驚異的な身体能力。【軽捷自在】を極めると、あれ程までに器用なことができるのかとアルは昂る。


「ちょっと、失敗しちゃったなー」


 それでも本人は不満気な様子。壁を蹴った瞬間から体を回転させてしまったことが気に食わないらしい。

 失敗しても相手を正確に捉えて連撃を入れるというのは、それはそれで器用ではあるのだが。



 ともあれ、初戦から想定通りの動きができたことに満足したアルは先へと進む。モンスターと遭遇するたび、何度も壁を蹴って体に覚え込ませる。


 ある程度慣れてくると、今度は天井を使った。こちらは思ったよりも難しい。着地するためには体を捻らなければならず、それを意識しすぎると手元が狂う。

 悪戦苦闘するアルとは違い、テトは一発で成功させていた。さすがは猫といったところか。



 何度も練習を重ねていると、アルはひとつの解決策を思いついた。


「そうか!」

「急にどうしたのじゃ!?」

「いや、相手を見失わないように横向きに回転してたけど、ずっと見ておく必要はないんじゃないかなって」


 側転の要領で回転し、天井に足をつける。その後の動きは縦回転だろうが横回転だろうが、どちらもしっくりとはこなかった。

 しかし、シーレの能力を使用すれば、縦回転中でも目標を見失うことなく精密な捕捉が可能だ。モンスターの位置、天井との距離。どちらも正確に捉えることができる。



 閃いてしまえば早かった。

 一発で思い通りの攻撃が成功し、あとは速度を上げていくだけ。慣れてくれば【瞬速の極】を意識しながら行う予定だ。




「盛り上がっているところ悪いのじゃが、そろそろ時間ではないかの」


 テトと二人で遊ぶかのように場数を踏んでいると、気付けば引き返す時間となっていた。


「もうそんな時間か。少しだけ奥を調べるからちょっと待ってて」


 楽しい時間とはすぐに過ぎ去るものである。

 指向性を持たせたシーレの能力で奥を確認したアルは、名残惜しさと共に帰路についた。




「そういえば、連携の練習するの忘れてたな」


 薄暗い空の下。ダンジョンから出た所でアルがぽつりと呟いた。

 夢中になった二人は交互に壁や天井を蹴っていたため、連携を取ることなど一切していなかったのだ。


「でも、楽しかったよー」

「そうだな。だいぶ慣れてきたし、これなら実践でも使えそうだ」


 今のアルはモンスターと戦うことなど児戯に等しい。

 本番は教会関係者とダンジョン内で戦闘になった時。攻撃の選択肢が増えるということは、戦術の幅を大きく広げることに繋がる。


「感覚を忘れないようにしないとな」


 こうしてメアとの手合わせも忘れたまま、ディロに戻るアルたちであった。





 そして翌朝。


「いっ――てぇ」


 上体を起こそうとしたアルは、腰回りと脚に痛みを感じた。


 長時間の探索。

 普段使わない筋肉の酷使。

 食事を摂り一息ついたところで眠気に襲われ、そのまま普段よりも長い時間眠りこけていた。


 つまり、体が悲鳴を上げている。

 意気衝天の勢いで夢中になった者の末路である。



「テトはなんともなくて羨ましい……」

「大変そうだねー」


 アルより数段器用に動き回っていたテトはあっけらかんとしていた。


「妾との手合わせを忘れていた報いじゃ!」


 ニヤリと笑ったメアはアルの体を揺らす。


「いっ、てぇ!! メア! やめろっ!」

「ほれほれ~」

「いや、マジで――いっ!! ってぇ!!」


 アルはメアの召喚を解いた。



「今日の探索は無理そうかの?」

「……ストレッチしてから考える」


 シーレの召喚も解除し、ゆっくりとストレッチを開始。やはりと言うべきか、【感覚強化】によって筋肉痛の痛みも増加していた。


 入念に体をほぐし、シーレを召喚した状態でも動ける程度に回復したアルは、メアを召喚して告げる。


「メアはあとでお仕置きな」


 物欲しそうに涎を垂らすメアを想像しながら街に繰り出すアルであった。

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