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77話 先見力

 大きな湖のほとりに広がりを見せる湖畔の町、オリトル。

 多くの自然が残されており、湖に近付くにつれて樹々の数が増えていく。サイリン村ほどではないにせよ、オリトルは他の街に比べて緑が多い。




 宿を取ったアルたちは、さっそく湖へ向かうことにした。


 中心街は普通の町とさほど変わらない。そこから北、湖のほうへ行くと樹々が増え始め、特に北西の方角は緑が深いように見える。建物同士の間隔も広くなっていくため、大きな町だが人口は並みといったところか。


 変わりゆく町並みを楽しみながらゆっくりと歩き、北東方面から湖に出た。



「ひ、広い……」


 海かと思うほどに巨大な湖。遠く彼方には水平線が見える。これほどの水が大地に取り残されているのかと、アルは言葉を無くした。


「まるで凪の海のようですね」

「あ、あぁ」


 風のない穏やかな湖は静かに存在感を放つ。

 夕陽に照らされ琥珀色に染まる水面は、かくも美しくアルの瞳に映った。


「このまま少し待つことで、朱色に変わっていく様子が見られるじゃろう」


 アルは港町での景色を思い起こす。日没直前の海は赤く、それはそれは幻想的な光景だったように思う。


 ダンジョンを駆け抜け、息を切らしながら目にした【大海の長穴】からの帰り道。

 メアとの手合わせ後、小さな傷を治しながら眺めたマーゲル近郊の砂浜。


 どちらも余裕のない状態だったため、心に強く響かなかったのだろう。


「せっかくだし、それも見ていくか」


 今なら似た景色もひとしおに感じられるのではないか。そんな期待を込めるように、眺めるのに最適な場所を探して歩く。

 そうして一時間もしないうちに湖は朱色に染まり、日没と同時に街へと戻った。





 翌朝、少し早い時間から町の散策を開始する。


「おっちゃん、三本頼む」

「おう、もうちょっと待っててな」


 屋台で魚の串焼きを注文する。まだ焼きあがってはいないようで、待っている間に目的の一つを尋ねることにした。


「おっちゃん、生け簀ってどこにあるんだ?」


 ついでに見ておこうと思っていたが、前日の湖には見当たらなかった。


「おとり猟でも見に来たのか?」

「おとり猟?」

「なんだ、知らずに来たってわけか。まあ、そんな有名でもないしな。たまに見物に来るやつも居るってー話だ」


 自然豊かな湖には多くの水鳥が生息している。なので生け簀の魚を狙われることも多い。

 それを逆手にとり、水鳥を狩猟しようと始めたのがこのおとり猟。魚を狙ってやって来たところを弓で射るというもの。



 店主の話を聞いたアルは少し興味が湧いた。冒険者で弓を使う人はいないので、間近でその様子を見たことがなかったからだ。これも一つの経験だろう。


「なかなか面白そうだな」

「見たやつが言うには見事なもんらしいぜ? 見てぇならハンターギルドに許可証貰ってから行くんだな。あそこは立ち入りが制限されてる場所だ」


 人が多いと水鳥が寄り付かなくなる。狩りの成功率を上げるための処置だろう。


「ほらよ、焼けたぜ」

「ありがとう。寄ってから行ってみるよ」


 串焼き三本を受け取ったアルは、そのうち二本をテトに渡す。ハンターギルドまでの道すがら、出店で朝食を済ませる。ここ最近の朝はいつもこんな調子だ。


 あのメアでさえ朝はなにも欲しがらないことが多くなった。

 長く封印されていたことが、食への欲求を増大させていたのではないか。程度の差はあれど、テトの禁断症状に似たものだったのではないか。現在のメアが本来の姿であり、今までが異常だったと考えるのが妥当。となれば、テトの食欲も次第に落ち着きを取り戻すのではないかとアルは推測している。


 そしてヨルとエリにいたっては食べ物を欲しがったことすらない。店に入ると何かを食べはするが、食事にはあまり関心がないようだった。


 そんなこんなで朝は出店を巡り、夕食はその時の気分や状況次第で決めることにしていた。



 別の出店でポークサンドを注文したアルは、それを食べながらハンターギルドに赴く。


 食べ終わったころに到着して話を伺ったところ、見学するにあたってギルド証の提示と注意事項への同意を求められた。

 ずいぶん厳重な対応だがリュマの果樹園と比べると、立ち入りの許可が下りるぶん優しいと言えなくもない。


 同意書にサインして許可証を受け取ったアルは、さっそく生け簀のある町の北西へと向かった。




「あれだな」


 町のはずれ。建物もほとんど見当たらない、森と呼んでも遜色のない場所。視線の先には待機小屋があり、この近くに生け簀があるという。

 騒がない、走らない、大きな音を出さないという約束をさせられたアルは小声で話す。守れなければ退去させられると聞き、細心の注意を払って行動していた。


 そうして小屋の近くから樹々を抜けると、小さな入り江が姿を現した。窪んだ大地が湖水で満たされ、両岸に生い茂る樹々を映し出す。

 この自然豊かな入り江全体を生け簀として活用しているという話だ。



 シーレの能力で周辺をざっと調べたところ、樹上に人の影を捉えた。矢をつがえ、今か今かとその時を待っている。

 自然と一体化するように息を殺すさまは流石であると、アルは感嘆する。シーレの能力を使わなければ気付けなかっただろう。

 近くに水鳥の姿も視えることから静かにその場にしゃがみ込み、その時をじっと待つ。



 暫くすると、ハンターと思しき影に動きがあった。弓を引き絞り、虚空に狙いを定める。その先へ誘引されるかのように水鳥が飛来。魚を狙っていたであろう水鳥は、ハンターの放った一矢により沈黙した。


「おぉ」

「なかなかの手際じゃな」

「お魚食べられなくて、かわいそう」


 相手が何かを狙う直前。恐らく、最も無防備であろう一瞬を狙いすました一撃。

 水鳥がいつ、どこから、どこへ飛んで来るのか事前に把握していたのだろう。洗練された動きには迷いが感じられなかった。

 それに加えて射撃の精度が高い。首の急所を正確に捉えている。聞いていたとおりに見事なものだった。


「いいもの見れたな」


 射撃の腕もそうだが、特にアルの関心を引いたのは先を見通す能力の高さ。

 モンスターは動物の性質を引き継いでいる。ならば今見た技術もどこかで使えるかもしれない。


「よし、そろそろ行こうか」


 どのように活用するかを考えながら、ハンターギルドで許可証を返却。その足で宿まで戻って荷物を回収すると、町で野暮用を済ませてからオリトルを出発した。




 向かう先は橋渡しの町、ドバイディ。湖から流れる大きな河の、南側に位置する町。川幅が広く流れが穏やかなため、対岸の町まで船を使って人や物資を運んでいる。


 そこでの体験内容は単純明快、船に乗ることである。

 移動のついでに行えるのでとても効率がいい。もっと西へ行けば川幅の狭い場所に橋が架かっているが、そこまで行かなくとも川を渡れるので時間短縮にもなる。


 ただ、一つだけ懸念があるとすれば、船酔いの可能性だ。

 こればかりは試してみないことには分からない。馬車酔いする人は船酔いもしやすいらしいが、アルは馬車に乗った経験がほとんどない。それも幼少期のおぼろげな記憶を辿ってようやく思い出せるほど過去の話。当時はどうだったかなど覚えていようはずがなかった。


 それでもこれは楽しみにしていたことの一つ。どこの誰かも分からぬ人物の旅行記を読んだアルは、船上から見える景色に期待を寄せていた。乗船時間もそれほど長くはないので、試してみるには打って付けだろう。



「みんなは船に乗ったことある? そこそこ大きな船らしいけど」


 神獣も船酔いする可能性があるので、アルはそれとなく聞いておくことにした。


「小舟にならば乗ったことはあるが、大きな船となると経験はないの」

「マーゲルで見た、あの大きな船ですか?」

「実際の大きさは分からないけど、本で見た限りはギルドの建物よりも大きいんじゃないかな?」

「まぁ! それは興味が湧いてきますね」

「僕、舟は苦手だなー。なんか、気持ち悪くなるんだよね」

「そうなのか。みんなは船酔いとか大丈夫?」


 念の為にと確認していくが、どうもメアの様子がおかしい。一言も喋らないことにアルは訝しむ。


「もしかして、メアは船が苦手なのか?」

「そ、そんなわけがなかろう! じゃが、妾も遠慮しておくとしよう!」


 虚勢を張るメアの姿に、アルはニヤリと笑ってみせた。


「お、お主……まさか……」

「なんでも体験してみるべきだよな?」



 その後、メアが正直に苦手だと白状したので、悪戯もそこまでにしてドバイディを目指すアルであった。

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