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75話 波打つそれらは過去のこと

 黄金色に輝く麦穂。

 そよ風に吹かれ、波打つように揺れる光景は、言葉では簡単に言い表せないものがあった。


 辺り一面、見渡す限りの麦穂――だったらどれほど良かっただろうか。波打つ黄金はすでに半分ほど刈り取られた後。この気持ちは言葉に表すことができなかった。




「ほ、ほれ! よく見ておくのじゃ! 人々が働いておる姿もなかなか風情があるではないか!」

「良いことを言うではないか。これは人の暮らしを支える大事な作業。そう考えると、(おもむき)が感じられるの」

「情緒あふれる風景と言いましょうか。今しか見ることのできない景色とはかくも……風情がありますね!」

「そうじゃ! 風情じゃ!」


 落胆ぶりが顔に出ていたのか、要らぬ気遣いをさせてしまった。

 確かに、穀物の本をついでに読んでしまう程度には期待していた。眼前に広がる景色も、想像していた以上に胸を打つものがある。

 だからなのか、不完全な景色という事実がこの言い表せない焦燥感へと繋がっていた。



「気を遣わせてすまない。残念だと思ったことは確かだけど、これはこれで一つの経験なんだよな」

「そうであるぞ! 今はただ、この時しか味わえない情景を堪能しておくのじゃ!」


 何事も経験であると。

 それをどう消化するのかは人によって差異がある。


 残念だったと悔いを残したままにしておくのか。

 来年、また来ればいいやと未来にだけ目を向けるのか。

 メアの言うように、今でさえ感受して次に繋げるのか。


 どの選択も間違いと断言することはできないのだろう。

 しかし、前向きに捉えることが肝要であると。その選択含め、すべてが自分自身を形作るものなのだとメアは告げている。


「そうだな。少なくとも、悪く考えるよりは断然いいな」


 自分がどうありたいのか。そう考えたとき、メアの言説には心惹かれるものがあった。それを選びたいと思った。

 角度を変えることで光り輝く宝石。それがアルの瞳に映る世界なのだ。




「よし、行くか!」


 次の目的地は大きな湖。そのすぐ南東にある街――と、そこから西へ半日ほど行った湖畔(こはん)の町。

 どちらか片方でいいのだが、どっちにするべきかと迷っていた。

 せっかくなので、湖畔の町に寄りたい。そう思うアルだが、なかなか決心がつかない。今でなくてもいいのではないかと二の足を踏んでしまう。

 それが先日までのアルだった。


 しかし、今は違う。


 燻ぶらせていた才能を自覚し、自身の強さを知った。

 蓋をして見えないよう隠していた心の弱さを知った。


 弱い部分も含めて自分自身なのだと。それを認めることで前へと進める。なりたい自分に向かうことができる。


 独りでは気付けなかった大事なことに気付かせてくれた。

 自身を見つめ直すことで、停滞していた心が再び動き出した。

 心強い仲間たちに支えられて成長してきた。


 今ならば、笑顔で会うことができる。

 自分の弱さを認めたうえで、前を向いて歩いていける。

 それは漠然としたものではなく――。



 自信と覚悟。

 勇気と決意。


 揺るぎないそれらを携え、アルは湖畔の町を目指した。




------




「期限は過ぎてしまったが、ようやく見付けた」


 封印石を持ち帰ったスミルト・ヘズリムは、聖王フロージ・クリストファーにそれを差し出す。


「お前の所にはあったのか」

「俺の?」


 疑問を呈するスミルトに、フロージは説明をする。


 マクシム・ファイゼルが出向いた【奉仙峡】。

 ロプト・スコルドが出向いた【渓谷の洞穴】。

 そのどちらにも封印石はなく、持ち出されたであろう真新しい形跡が残されていたことを。



「となれば、リーフェの向かった【鉄の森】は……」

「既に失われたと考えておる。ロマーニ卿には帰還の報せを出しておいた。そろそろ戻ってくるだろう」


 位置関係を考慮すると、【鉄の森】は回収されたとみて間違いない。

 今、問題にすべきは敵方の動向。どこまで回収済みで、どこへと向かうのか。


「敵の向かう先が知りたいところだな」

「そちらはフルメナス卿に一任した。彼に判断を仰ぐといいだろう」

「了解した」


 聖王の部屋を退出したスミルトは、その足で修道院へと向かった。




------




 昼下がりの街道を歩くアルたち一行。

 この時間は人や物資の移動が活発な時間。すれ違う人々や追い越していく馬車などがちらほらと現れる。

 向かう先は湖畔の町。馬車とすれ違うたび、匂いを確かめるテト。魚が積まれていないだろうかと確認しているようだった。


 その様子に、機会があれば海に連れて行こうとアルは目論む。これは彼女のためではない。アルお気に入りのフィッシュサンドを食べさせ、その味を共有したいと思ったからだ。

 一緒に同じ物を食べるのもひとつの経験だとメアは言っていたが、これは自己満足の意味合いが強い。

 気に入ったものを共有したいと考えるのは自然なことだろう。



 そんな密かな計画を立てていると、背後から声が近づいてくる。

 その声に振り返ったアルは、目を見開いた。


「アレクシス様ぁー!」


 声の主は彼の胸に飛び込んだ。


「――なっ!?」

「……」

「ほう?」

「あら、まぁ!」

「むっ!」

「わぁー」


 多種多様な反応を見せる中、彼女を受け止めたアルはそのまま固まってしまった。


 突然の再開。

 正直なところ、会えるとは思っていなかった相手。

 心の準備はしてきたが、こんな場所で再開を果たすことになるとは夢にも思っていなかった。


「ミー……シア――」

「アレクシス様……」


 アルの両肩に手を置き、ゆっくりと顔を上げるミーシア。その目は潤んでいた。


「私は……」


 多少の躊躇いを見せた後、彼女の目は鋭くアルを捉える。


「私は、悲しいです!」

「――えっ?」



 予想外の再開に、予想外の言葉。ミーシアの身に何かあったのか。そう考えもしたが、彼女の衣服はとても身綺麗に仕立てられていた。


 当惑するアルに、ミーシアは苦言を呈する。


「私のために心を痛めてくれたアレクシス様が、こんなに変わってしまうなんて!!」

「な、なにを――」

「いくらなんでも多すぎます! 器用なアレクシス様なら、ある程度は平等に愛せるでしょう! しかし、限度ってものがあります!」


 要らぬ誤解からの説教。これを解くには少し骨が折れる。

 馬車から一人の男性がこちらを窺っているため、大っぴらに説明できない。


「ミーシア、誤解してる。そうじゃない」

「なら、ちゃんと説明してください!」


 どうしたものかと周囲の顔を確認するが、あまり期待できない。メアに至っては半笑いだ。


「アレクシス様の口から聞かせてください!」


 逃がさないとばかりに詰め寄るミーシア。

 この場での説明が無理だと判断したアルは、話題を逸らす方向で逃げられないかと試す。


「まず、その呼び方はやめてくれ。その名は捨てた。今はアルと名乗ってる」


 無言のミーシア。考えている内容までは分からないが、その顔は疑念といったところだろうか。

 彼女の表情を確認しながら、間髪をいれずにアルは続けた。


「家から追放されたんだ。今は平民。敬称も必要ないよ」


 なぜそんな話をしているのか、といった表情をしていたミーシアだが、その顔は複雑なものになっていった。


 聞きたいことが山ほどできたのだろう。

 話の主導権を握るため、アルはさらに続けた。


「今は冒険者をしながら世界を旅して回ってる。彼女たちはその途中で出逢った旅仲間ってところかな。今はこうして元気にやってる。けど……ミーシアはどうなんだ?」


 彼女の疑問を解消しつつ、話題をミーシアへと移す。アルも当然、そのことは気になっていた。




 ――次会う時は、お互い笑顔で。


 自分が聞きたいばかりでは不公平だと感じたミーシア。それに、こちらから伝えたいことが山ほどあった。

 約束はちゃんと果たせたのだと。果たせているのだと、伝えなけらばならない。


「私は――」



 そうしてミーシアは、積もりに積もった思いを語り始めた。

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