73話 意外性
「では、私はここを発つ。その間、ローディを頼む」
「お任せください」
「兄上、子供扱いしないでくださいと言っているでしょう」
「そうだったな。期待している」
これよりラディアンは王都へ向かう。その目的はふたつ。
ひとつはクレセント・ヴォルテクスをこちらに引き入れること。そのために王太子であるルーファス・アーサー・オルラントと面会する。
そしてもうひとつは、カルロスやグルーエルからもたらされた情報を共有すること。
これにより作戦は次の段階に進んだのだと伝える。
すべての行動は水面下で行うことが望ましい。この件をラディアンに任せたディレックの判断は正しいといえる。
侯爵であるディレックが動くとなればそれは仰々しいものとなり、敵方に要らぬ不信感を抱かせてしまう。
こちらはまだ何も知らない。気付いていないのだと印象付けるには、身軽なラディアンが動いたほうがいい。そしてディレックには普段通りの施政を執り行ってもらう。
すべての準備を整え、決戦へと赴くその時まで――。
「では、行ってくる」
そうしてラディアンは二名の家臣を引き連れサディールの街を出発した。
「では、確認しましょう。グルーエル殿、ラルの街でアルさんを視かけて以降、消息を掴めていないとのことでしたが、探した場所など具体的に教えてください」
あちらの事はラディアンに任せるとして、こちらも今できる事をするためローディは問う。
「ダンジョンのある街を捜索しています。アマツキとガンドルは省いていますが――」
グルーエルは答える。日時や場所、捜索の仕方なども含め、思い出せる範囲で詳細に伝えていく。
いつ、どこで、どんな場所からどの方角をと、ローディの質問内容はとても細かい。その全てに返答できるものではなかった。
「なるほど。では、それらの場所は朝夕、ふたつの時間帯に絞りましょう。特に、南東部の街を重点的にお願いします。それ以外の、ダンジョンに潜っているだろう時間は街道などを。そうですね……烏の視力を活かして、高い所から見渡しましょうか。飛んでいる烏の視界を利用してください。山から見下ろすのもいいですね」
矢継ぎ早に指示を出していくローディ。少し頼りない見た目をしているが、その口調はハキハキとしていた。
「では、そのように」
ローディの意外性に面食らったグルーエルだが、的確な指示に安心感を覚える。
補佐を頼まれはしたが、その必要はないのではないかと思えるほどだ。
「次にカルロス――と、レオもですね。獅子はその巨体ゆえに魔力消費が激しくなる傾向にありますが、人状態と獣状態では消費量が違います。どれほどの差があるのか理解していますか?」
「お、おう? まぁ、だいたいは……同じくらいじゃねぇのか?」
孤児院の子供たちとは明らかに異なる様相に、カルロスも動揺を見せる。
「カルロス。あなたには難しい質問だからといって、いい加減に答えてはいけませんよ」
「なんだとぉ?」
長く一緒に居るだけあって、レオはカルロスのことをよく知っていた。彼がそんなことを気にしているはずがないと、断言できるほどに。
大雑把なカルロスの代わりにレオが答える。
「相手次第ではありますが、二倍から三倍。……いえ、五倍ほどに膨れ上がることもありましたね」
獅子の頂上対決を思い返すレオ。
神獣が本気で戦うことなど滅多にない。対峙する相手との力量に大きな隔たりがあるため、魔力の消費を抑えながら効率よく戦っているからだ。なりふり構わず魔力を使用したのは、レオにとっては初めての経験だった。
「大事なことなのでしっかりと理解してください。兄上の言ったとおり、カルロスは初歩的なことから始めないといけませんね」
ローディによる指導が始まった――と思いきや、それは質問や事前確認といったものばかり。その様子を観察していたグルーエルは、ある事に気付く。
(ローディ様は食えない人のようだ)
相手の理解度や理解力を確認しながら、適切な助言を行うローディ。
一見すると丁寧な指導だが、傍から見ていると妙な違和感を覚えた。
ローディの質問により、レオの特徴や性能が明らかになっていく。
通常の召喚獣との違いを確かめるように、言葉を選んで誘導していく。
その様子は神獣を研究の対象としているように見受けられた。
先ほど自身が問われたときと同様。結果的にではあるが、タガラの能力を具体的に伝えることになった。
これは必要なことである。伝えなければ先へと進めない。そう思わせることで、さまざまな情報を引き出している。
召喚士として未熟だとラディアンは言っていたが、とてもそうは見えない。さすがはモルドー家といったところか。
グルーエルは彼のことを高く評価すると共に、油断ならない相手であると認識する。
「がぁー! ちょっと細かすぎやしねぇか!?」
早くも音を上げるカルロス。椅子に浅く腰を下ろし、背もたれに体重を掛けながら天井を見上げる。
「召喚術はとても繊細な技術なのです。寸分違わず理解することでそれは自身と一体化し、人知を超えた力を発揮すると言っても過言ではないでしょう」
精神に入り込んだ加護を正確無比に捉える。そうすることで、人の身では到達できない領域へと至る。
八〇〇年以上続くモルドー家の長い歴史の中で、それを成し得たのはたったの三名。カルロスに成せるとは到底思えないが、それに近付くことは可能である。
神獣という大きな力を使役する者を、このまま腐らせておくわけにはいかない。カルロスへの指導はレオの力を借りて行う。
「レオ。あなたも自身の加護を言語化できるように、しっかりと理解してください」
言葉で伝えることができる神獣ならば、理解への道筋は増える。
もっとも、カルロスが理解できる言葉を選ぶ必要はあるのだが。
「……了解した」
それを察したレオは困った顔で返答する。その道のりがどれほど果てしないものとなるかを想像してしまったからだ。
「これ、やる必要あんのか?」
「召喚術で一番大事なことです。ここを疎かにしては強くなれません」
当の本人はいつもこんな調子だ。レオの気苦労は絶えない。
そんな中、タガラが唐突に口を開いた。
「見付けた」
「どこか分かるかい?」
「ここは……山の中、だな」
「山?」
「あぁ。方角はここより南東。かなり遠い」
「それなら【丘陵回廊】か【大地の裂け目】……だろうけど、山の中というのが解らないな」
南東の地にある二つのダンジョンは、確かに起伏の多い場所に入り口がある。しかし、タガラがそれを山の中と表現するだろうか。
【渓谷の洞穴】ならば、そう表現してもおかしくはない。が、そこは北東部。ここから真東に位置する。
そもそも現在時刻はちょうど正午。
ダンジョンに潜らず、一体何をしているのか。
グルーエルは確かめるようにしてタガラに問う。
「確かなのかい? 周りには他に何が見える?」
「あぁ、間違いない。他には山林と……小さな川が見えるな。人数はふたり。以前見た、袴を着た女だ。……いや、後ろのほうにも居るな。片方はガンドルで増えた女。もう片方は……初めて見る。大きな盾を背負った小さな女だ」
「どこかのダンジョンで契約した神獣だろうね。ダンジョンは彼に任せておけば安泰かな」
神獣探しが順調なのは何よりだが、山の中に居るというのは間違いないようだ。
「もしかすると、【奉仙峡】のように奥の入り口が見付かったのかもしれない。そのまま様子を見ようか」
ダンジョン奥地への抜け道を発見したのであれば、山道を進んだほうが早道ではある。
「とてもダンジョンへ向かうとは思えないのだが……」
「どういうことかな?」
「皆、着の身着のままだ。防具はおろか、武器さえ持ち歩いていない」
その場に居る全員が困惑する中、タガラは続ける。
「むっ。……川に入った。これは……何かを探しているようだ」
突然の奇行。タガラの次の言葉に固唾を吞む面々。
「魚……。魚を――取っているようだ」
「何やってんだよ、あいつ……」
一同の落胆ぶりは数日間に及んだ。
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