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71話 大司教の受難

 組織を円滑に運営するには大変な労力を要する。


 人の思想や信念、意思や価値観などは本当にさまざまで、そんな人達の主義主張を一つに纏め上げるのは至難の業。規模が大きくなればなるほど、その難度はより高くなっていく。




 教会本部のとある一室では、一人の男が書類仕事に忙殺されていた。

 男の名はエーリッヒ・フルメナス。組織運営の実務を担当しており、教会を総括する人物。


「上も人使いが荒い。まったく、真面目に熟しておったら過労で死んでしまうわい」


 彼は言わば中間管理職。上が取り決めた方針を反映させるため、連日、働きづめとなっていた。



 彼の業務内容は多岐にわたる。

 ここ最近は仕事量が増えすぎたため、修道者の指導や暗号化された文書の解読などは他の者に任せきりとなっている。報告書を読んでいる暇さえないほどだ。


 現在は各支部への通達や、各所からの問い合わせにより多忙を極める。

 その原因は、神獣を名乗る狒々が現れたこと。



 教会は巨大な組織であるがゆえに、その意思を統一することは不可能。さまざまな悪事に手を染めているため、いくら信者と言えども悪行の全てを周知させることはできない。

 教会が神聖なものであると信じてやまない司教もいるくらいだ。真実を伝えるべき人物の選定や、情報の管理は徹底しなければならない。


 教会も一枚岩ではないということである。


 そんな各支部からの問い合わせが殺到しているため、返答は個別に処理する必要があった。

 まとめて通達というわけにもいかず、その量は通常業務が(とどこお)るほどである。




 書簡の確認作業を急いでいると、部屋の扉がノックされた。


「やぁ。忙しいところ、悪いね」


 返事をする間もなく、ロプト・スコルド枢機卿が彼の部屋に立ち入った。


「おやおや、スコルド猊下ではないですか。どうしてこのような所へ?」


 エーリッヒはロプトを枢機卿に推挙した人物。ロプトが孤児として引き取られた頃より面識があるため、彼のことはよく知っていた。


「ちょっと、ややこしい事になってね。フルメナス卿にはその対応をしてほしいんだ」

「はて、どのような事態になられたのですかな?」


 今以上に重要な案件などあるものか。そう悪態をつきたくなるのを堪え、彼はロプトの話に耳を傾けた。




「ふむ。これはなかなか急を要する案件ですな」


 エーリッヒは思考を巡らせる。


 封印石の確認。それを持ち去った人物の特定。どちらもダンジョンのある地で行うため、現地の人間を使うことになる。


 まずはダンジョン奥地にある封印石の確認だが、枢機卿たちが向かった先は彼らに任せるとして、問題はそれ以外のダンジョン。彼ら以外の者では力不足は否めない。


 そして次に、封印石を持ち去った人物の特定。こちらは少々厄介だと思われる。

 封印石が残っている地にやって来るであろう人物を待ち構え、そこで処理することになる。

 戦力的な問題だけでなく、その人物の特定や内偵には人手が必要だ。事情を知らぬ支部では現地の人間が使えないため、エーリッヒは頭を悩ませた。



「僕はディロの街に行くとするよ。ついでにテュルティの様子も見ておこうと思ってね。きっと、サボってるだろうなぁ」

「となると、エリアルにも多くの人員が必要になりますな。あそこは現地の人間は使えますまい」

「そっちは少しでいいよ。それっぽい人見付けたら、あとは僕とテュルティで対応すればいいからね」

「ならば、一番の問題はガンドルですかな」


 ガンドルの町は遠く、そしてこちらも現地の人間は使えない。ガンドルから近いエソラの町では多くの者が捕縛されてしまったため、本部から補充しなければならないだろう。


「そうだね。せめて封印石の確認だけでもできればいいんだけど」


 その有無を確認することで、ガンドルでの方針が決まる。封印石を持ち去った人物の動向にも推測が立つ。

 つまり、人員を割り当てるべき地が絞れるということだ。



 あご髭をいじりながら少し考えたエーリッヒは、ひとつの策を思い付く。


「それでしたら、あの者を使うと良いでしょう。確か、カルロスと言いましたかな? 神獣を使役する者ならば、護衛としては不足ないでしょう」


 ダンジョン奥地の調査という名目で連れ出せばいい。魔王復活の予兆をいち早く察知するため、定期的に行っているとでも言えば理由としては充分だろう。


 そう説明するエーリッヒだが、ロプトは反対の意を示した。


「彼はやめておいたほうがいいよ」

「と、言いますと?」

「ほら、監視されてるって話は聞いたでしょ? マクシムが言うにはさ、彼も監視の対象になってるらしいんだ」

「なるほど……」


 彼に接触するということは、監視の目がこちらにも向くということ。それは避けるべきだろうと、エーリッヒはロプトの言に納得した。


 となればガンドルの町は注視するに留めておき、何かあれば手の空いた枢機卿に処理を任せるのが堅実か。

 さまざまな可能性を検討してみるが、現状では大胆な行動に移ることはできないという結論に至る。



「それと、状況が変わったからさ、みんなには封印石探しを優先するように伝えておいてくれないかな?」

「では、それも含めて申し伝えるとしましょう」




 そうしてロプトは退出し、また面倒事を押し付けられたものだとエーリッヒはため息をついた。


「なぜ儂の時に限って、こうも厄介事が舞い込んでくるのだ」


 これは前任者の呪いではないのか。そんな非論理的なことすら頭を(よぎ)る。



 前任の大司教は三年ほど前、何者かに暗殺された。

 首のない死体――。

 頭部が見付かることはなかったが、本人であると断定された。


 呪いなど馬鹿げたことだと一蹴するが、自身が大司教に抜擢されてからは何かと問題が起きている。ここ最近はそれが顕著(けんちょ)であった。


「楽な仕事だと思っておったのだがな」


 エーリッヒはロプトの推薦により、その地位についた。

 ロプトは彼がどのように優秀なのかと熱心に説いていたが、エーリッヒはそれを自身への恩返しだと受け止めた。


 (はた)から見れば、大司教の仕事は楽なもの。実際、前任者は怠惰を極めていただろう。

 そんな大司教に推薦してくれたロプトに恩義を感じていたエーリッヒだが、自身が就任して一年もすれば、そんな気持ちもどんどん薄れていった。

 ここ一か月は本当に寝る間もないほどで、今では恨みつらみが溜まっていくのを実感していた。



「ともかく、まずはダンジョンに赴いた枢機卿への伝達からだ」


 いくつかの街は、付近の街から人員を補充しなければならない。その旨を記し、それを成せるよう各所に通達。あとは現地に居る枢機卿の判断に委ねる。


「エリアルへは本部から数名送り出せば良いだろう。あとはガンドルだが……」


 こちらは本部から遠いため、ガンドル周辺の人員を向かわせたいところ。

 しかし、エソラの町で失態を犯した者に任せてもいいのかは疑問が残る。


 本部から派遣するしかないだろうが、それでは王都周辺での諜報に支障が出ることが予想される。

 アマツキ支部の暗部をマクシムが処分してしまったため、ここにきて人員不足に悩まされることとなった。


「余計なことをしてくれたものだ。まったく、若い奴は浅慮(せんりょ)で呆れるわい」


 神獣の存在を秘匿するだけならまだしも、悪事に手を染めて心が痛まない人間などそうはいない。軽々しく懲罰を行っていては、人員の確保など出来ようものか。



 そう悪態をつくが、そんな時間さえ惜しいと資料に目を通す。誰に、どこまで伝えているのかを確認するためだ。

 間違いがあってはならないのだと、各所への通達内容を慎重に取り決めていくエーリッヒであった。

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