70話 どうしてこうなった
「本っっっ当に申し訳ない!!」
アルは今、全力で謝罪されていた。その様子を見守るのはヨル一人。
なぜこんな状況に陥ってしまったのか。それは三十分ほど前のことだ。
コテージを一通り見て回ったアルたちは、さっそく広場へと向かった。
そこで例の男とその父親らしき人物から、出合い頭に土下座をされるという珍事に遭遇した――のだが、さすが親子と言うべきか、どうも謝罪の仕方がおかしい。
「こんバカ息子がえらい失礼をしでかしたそうで! 六人も愛人連れてるとかはしゃぎおってからに!」
あまりの勢いに呆気に取られていると、言わなくていい事まで謝罪に含めてくるのだ。
「僕、ちょっとコテージに忘れ物したかも」
「わっちも付き合おう」
不快な現場から早々に退散する二人。謝罪は受け入れないという強い意志を感じる。
せめて話を聞いてからでもとアルは思ったが、その考えは浅はかであったと思い知らされることとなる。
「謝罪を受け入れます」
面倒になったアルは何度かそう言ったのだが、いつまで経っても終わらない謝罪の言葉。言い訳をするかのように始まる息子の身の上話。気付けばコテージに物資を運び込むのであろう人たちがこちらを観察していた。
「妾はあの者らを手伝うとしよう」
「ならば、我も共にゆこう」
逃げる口実に利用するメアとエリ。今こそ脅威を撥ね除ける時ではないのか。
とは言え、エリに割って入られると何が起こるか想像もつかない。これはこれで正解なのだと、アルは妥協の末に納得することにした。
すでに謝罪すべき相手が半数以下にまで減っていたが、それでもお構いなしに身の上話は続く。
謝罪とは関係のない話を延々と聞かされ、さすがのアルもそろそろ我慢の限界を迎えようとしていたその時――。
「そこを! そこをお二人には考慮していただきたく!」
いつの間にかリルまで姿を消していた。
アルは咄嗟に【瞬速の極】に意識を傾ける。召喚が解除されてしまったのではないかと錯覚するほど、音も無くこの場から離れていたようだ。
残されたのは一瞬の戸惑いを見せたアルと、その様子を哀れむかのように見守るヨルの二人だけ。
本当にどうしてこうなってしまったのか。世の中には想像を上回るほど多種多様な人物――言ってしまえば変人――がいるのだとアルは痛感していた。
「おい! その辺にしとけ」
呆れまじりの怒声のするほうへと視線を向けるアル。そこには物資を運び終えた村人たちが、土下座中の親子を取り押さえんばかりに迫っていた。
彼らの後ろにはリルの姿。見かねて助けを呼びに行っていたらしい。
「待ってくれ! まだ! まだ話は終わってないんだ!」
「うるせぇ! さっさと歩け!」
なおも抵抗を見せる父親を引きずるかのように連行していく村人たち。どうやら解放されたようだとアルは胸を撫で下ろした。
「いやぁ、すまなかったね。あの親子はこちらでしっかりと見張っておくから、どうかゆっくりしていってほしい」
「あ、あぁ。すまない、助かった」
こちらの村人は常識人のようで、あの親子は村の悩みの種らしい。
息子は変人と呼ばれる類の人間で、体だけ大きくなってしまった子供と形容されていた。
父親は父親で融通の利かない頑固者。加えて周りの迷惑を考えずに自己を主張するため、村一番の厄介者だった。
「必要な物は運び込んでおいた。お連れさんはこれで大丈夫と言っていたが、他にも入り用があれば言ってくれ」
「あとで確認しておく。それより料金なんだが」
「今回はこちらの不手際だからね。迷惑料込みで……と言いたいところだがこちらも商売なんでね。二泊してくれたら一泊分は半額で、と言うのはどうかな?」
「なかなか魅力的な提案だな。二泊三日か……。その間、ずっと魚ばかりというのもなんだし、何か他に食べられる物を用意してほしいな。あと、間食にお菓子とか果物もあれば、この件は水に流そう」
意地汚いのではないかとアルは思ったが、変人親子はそれほどまでに面倒な相手だった。少しばかり要求が増えたとしても、取り計らってもらえるだろう。
「お安い御用だ。では、前払いでいいかな?」
「あぁ、問題ない」
こうして苦難は過ぎ去り、リルにお礼を伝えたアルはコテージへと戻った。
「どうやら解決したようじゃな」
ソファに座り、お菓子にお茶までいただき寛ぐメア。召喚を解いてやろうかと一瞬考えたアルは、さすがに八つ当たりではないのかと踏みとどまった。
「みんな、説明してくれた」
「そうであるぞ。お主は妾に何もするなと言いおるからな。事情を説明するくらいならば、何も問題ないじゃろう?」
思ってもみない機転を利かせてくれていたようだ。
人とは価値観の違う神獣ではあるが、話せばすぐに分かり合える。人間よりもよっぽど付き合いやすい相手なのかもしれない。
「みんな、ありがとう」
感謝を伝えたアルは、紅茶を淹れてひと息つく。高級宿のように、もてなしの品はひと通り運び込まれていた。
「可笑しな奴と関わることも、心を育むための一助であるぞ」
愚痴大会のような談笑が繰り広げられるなか、メアがそんなことを口にする。
「あれが何かの役に立つのか?」
「良い事であれ悪い事であれ、全ての出来事は心を成長させるものじゃ。それに、良い事ばかり経験しておると、気付かぬうちに融通の利かぬ偏屈者になってしまうじゃろう」
あの父親のように、という枕詞が付いてそうな言い方をするメア。
「そんなもんなのか? まぁ、理屈は分からないでもないけど、あれじゃ逆に心が摩耗しそうだ」
神経をすり減らしてまで経験することが、正しい行いであるのかは疑問が残る。
「そこでじゃ! 気持ちを切り替えるというのはとても大事であるからして、それには体を動かすことが一番であるぞ」
その口調はどことなく説明臭さを感じさせた。
メアのことだ。手合わせをするよう話を誘導しているのだとアルは推察する。
「そうだな。なら、そろそろ魚でも捕りに行くか!」
「――なっ!?」
「やったぁ! やっと、お魚が食べられるよ」
そうしてゾロゾロと移動を開始するが、メアの表情は暗い。その様子に少し悪戯が過ぎたかと、アルはメアに声を掛けた。
「手合わせがしたいなら、素直にそう言ってくれればいいよ。まぁ、付き合うかどうかはその時の気分によるだろうけど」
アルは戦闘自体があまり好きではない。それは幼少期の不出来な自分を思い出してしまう事が大きな原因だろう。
魔力で身体を強化できないため、自身の想像する動きに体が追い付かないことや、周囲との比較により劣等感を抱いている。
今では大きな力を手にしたアルだが、幼少期の劣等感はなかなか払拭できるものではない。
恐らくメアはそれを察しているのだろう。あの手この手でこちらのやる気を引き出そうとしているように見受けられる。
「そうであるか? ならば、良い事を教えてやろう」
悪戯っぽく笑ったメアは、続けてアルの興味を惹くであろう情報を語った。
「テトの加護じゃが、恐らくお主にとっては戦闘能力向上の一番の手助けとなるであろう」
「テトの加護が?」
その加護の名は【軽捷自在】。簡単に言ってしまえば、自由自在に体を動かすことができるというもの。
【瞬速の極】と似た効果ではあるが、その使い方は全く異なる。
リルの加護である【瞬速の極】は初速に大きく関係しており、どちらかと言えば特異技能系統に近い。
対する【軽捷自在】は継続的な俊敏さが売りだ。そのうえで自身の思い描いたとおりの動きができるということなのだろう。
「ちょっとやる気が出てきた」
実際に確かめるまでは断定できないが、メアも絶賛する性能に胸を膨らませながら広場へと向かうアルであった。