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7話 手掛かりを探して

 聖王とは魔王を打ち滅ぼす者なり。

 数々の召喚獣を使役し、仲間と共に困難に立ち向かう者なり。


 伝説的とも云える聖王の物語は、そのどれもが召喚士として語られていた。


 幼き日のアルはその物語に魅せられた。

 子供の馬鹿げた夢だと笑う者も居るだろう。

 しかし、アルは六つの頃に風の精霊を使役することに成功した。

 召喚士としての訓練など一度もしたことがない、とても幼い頃に。


 これで夢を抱くななどと誰が言えるだろう。夢追うことを誰に(とが)められよう。

 幼き日のアルは聖王の伝説に焦がれていた――。




------




「確かこの辺りだったよな」


 アルたちは【渓谷の洞穴】の入り口を探していた。


「あったあった、ここだ」


 そこは二日前、アルたちが脱出した場所だった。

 なぜ舞い戻って来たのか。それは手掛かりを探すためだ。

 メアが召喚された時、何か光る物に触れていた。それが原因だとすれば、まずはそこから調べるのが得策だろう。


 さすがにシーレの能力でも奥まで把握することはできない。なので記憶を頼りに進んでいく。


「この先に何か居るな。たぶんゴーレムだ」

「ならば妾が相手をしよう。久方ぶりの薙刀じゃ。具合を確かめておかねばなるまいて」


 ゴーレムは速く動くことができない代わりにとても硬いモンスターだ。

 破壊力に拘ったという薙刀の威力がどれほどのものなのか。それを振り回すメアの姿に少し興味が湧いた。


「では、肩慣らしといこうかの」


 体長、二メートル程のゴーレムを目視したメアは、薙刀を右手に携え走り出した。


 腰を落として右手を前に。すべての勢いを薙刀に込める。瞬時に握りを弱めて持ち手を滑らせると、その穂先はまるで弾丸のようにゴーレムの体を貫いた。

 即座に柄の端を強く握りしめ、慣性のままに突き進む薙刀を引き戻すように力を加えて左足を大きく前へ。同時に薙刀の中心を左手で弾くように握り、直線運動を円運動へと変える。重すぎる薙刀の慣性を余すことなく利用して追撃態勢に移ったところ、ゴーレムは黒い霧となって霧散した。


 メアはそのまま空中でクルっと一回転すると、少しよろけながらも着地する。


「なんじゃ、張り合いのない。これではいつまで経っても勘を取り戻せぬではないか」


 薙刀に振り回されるメアの姿を少しだけ期待していたアルであったが、どうやらお目にかかることはなさそうだ。


「次はお主の番じゃな」


 そう言ってアルに笑顔を向ける。

 何か期待されている気がするが、アルは戦闘が得意ではない。

 闘士のような屈強で丈夫な肉体も、戦士のように強靭な身体を巧みに操る技術も持ち合わせておらず、できるだけ戦闘を避けるようにしてきたのが現状。

 つまりは戦闘経験が圧倒的に不足していた。


 せめて精霊術でも使えれば戦闘を有利に進めることもできただろう。

 精霊術を知識としては知っていたアルだが、鍛錬を積み重ねてきたわけではない。戦闘に組み込むのは土台無理な話であった。


「期待されても困るんだけどな……」


 少し進むと四足歩行するモンスターの影を捉えた。

 犬か狐か狼か。はたまたメアと同じ獅子なのか。

 いくらシーレの能力をもってしても、酷似する影を正確に見抜くのは至難の業である。


「狼が二体か」


 一体だけなら何の問題もない。しかし二体同時となると、普段は避けるような相手だ。

 加護の力を試すには最適な相手かもしれない。初戦は無理せず安全に戦えそうだと、アルは右手に短剣を持って構える。


 二体の狼がほぼ同時に走り出す。真っ直ぐ向かって噛み付こうと跳んだ先頭の狼を、一歩踏み込み左から薙ぐ。

 そのまま次の行動に移ろうとしていたアルであったが、(もたら)された加護の力はあまりにも強く――振った右腕の勢いは想像以上であったためにバランスを崩してしまう。


 そこへ迫るもうひとつの脅威。アルは咄嗟に左手で狼の顔面を殴った。

 吹き飛ばされた狼は壁に叩き付けられ、そのまま黒い霧となって霧散した。



 膝立ち状態で両手のひらを見るアル。

 強靭な肉体で行われた彼の一挙一動は、その全てが想像の範疇を超えていた。


「これが妾の加護であるぞ」

「……こんなに凄いとは思わなかった」

「そうであろう、そうであろう」


 そう言ってメアはニカっと笑った。この反応が見たかったと言わんばかりの満面の笑みである。


「これは早く慣れないと怪我してしまいそうだ」


 その後の戦闘はアルが全てを受け持つことにした。


 頭の中で想像した身体の動きと、実際に行動に移したときの動き。その二つには大きな隔たりがあった。これでは強敵と対峙した時、大きな隙となって現れるだろう。

 モンスターは見た目が同じであっても奥へ進むほどに強くなる。最奥を目指すならこの隔たりは可能な限り消し去っておきたい。


 アルは体の動きを確かめるように剣を振り続けた。



 そうしてやって来たのは断崖絶壁の行き止まり。メアと出逢った場所へと続く道なき道。この下に祭壇を思わせる人工物がある。


「よし、行こうか」


 気合を入れ直したアルは、獅子姿に戻ったメアの背中に乗る。


「しっかりと掴まっておるのだぞ」


 ここから脱出した時と似た台詞を口にして、メアは崖下へと飛び込んだ。


 メアのバランス感覚は常人の域を超えていた。

 強靭な肉体を思い通りに操る技術。加えて体幹の強さを思わせる重心移動の巧さ。そして人間には決して持ち得ない反射速度がそれを可能にした。


 鋭くも大きな爪で壁を抉りながら崖下へと到達。地面が割れている以外は何も変わらない光景が広がっていた。

 その割れた地面。アルが触れた光る物。それは地中に半分ほど埋められていたであろう拳大ほどの精霊石であった。


 魔鉱石を削りながら作られるそれは疑似的な精霊術、つまり魔術を行使するための石である。

 刻むことができる精霊術式は、精霊石一つに付き一つまで。精霊術を知識として知っているアルでも刻まれた術式には覚えがなかった。


「たぶんこれがメアを閉じ込めていたんだろうな」

「それが何か知っておるのか?」

「これは精霊石。でも、これにどんな効果があるのかまでは解らない」

「ならば、それを壊せば解決するのじゃな」

「そんな単純な話でもない気がするけど」


 精霊術や召喚術にはまだまだ謎が多い。

 召喚獣はどこから召喚されているのか。召喚した時、その本体といえるものはどうなっているのか。そもそも本体は実在しているのだろうか。

 考えても分からないような事だらけである。


 それに、もしもこの中にメアの本体が居るとするならば、これを壊せば目の前に居るメアはどうなってしまうのか。そう考えると、アルには判断を下すことができなかった。


「……ん? そうか、メアか」

「どうかしたのか?」


 メアならここに居る。召喚獣ならここに居るではないか。本人に聞けばいい。そう思い、アルはメアに尋ねた。


「メアってこの世界に召喚される前はどこに居るんだ?」

「? お主が言うにはこの中ではないのか?」

「あー、うん。俺の質問の仕方が悪かった」


 アルは頭を抱えた。


 召喚獣は召喚者の魔力を具現化した魔力体だとされている。そこに召喚獣の意識や人格といった何かが入り込むことによって生命活動を開始する。

 魔力体だとされる根拠の一つは召喚獣がダメージを負って霧散したとしても、再度召喚することで同じ個体が現れるということ。

 ならば現状、メアの意識ともいえる何かが戻る場所は、この精霊石の中だと推測される。


 そしてこの中に閉じ込められる前のメアは、召喚されていない状態だとどこに居るのか。説明を交えながらメアに問う。


「なんじゃ、そんなことか」


 どうやら理解してくれたようで胸を撫で下ろすアル。


「こことは別の場所におるぞ。恐らくは異なる世界じゃな」

「恐らく、なのか」

「そうじゃな。そこは空と大地、それに流れる水くらいしか共通点が無い場所じゃな。世界の果てまで見たわけではない。なので恐らくじゃ」

「なるほどな……」


 異世界から召喚されていると言う説は、現在もっとも有力視されている学説である。

 学術的なことは学者に任せるとして、今のアルにできる事はメアから話を聞くことくらいだろう。


「なら、召喚される前の体は召喚された今、どこでどうなってるのか分かるのか?」

「分かる訳がなかろう。お主の言ったとおり、妾の意識はここにある」

「そう……だよな。さすがに分からないよな」


 これは骨が折れそうだとアルは項垂れるのであった。

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