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68話 なぜ山に登るのか

 王国東部には南北に延びる長い山脈がある。

 それは南東部に広がる大きな丘陵地帯まで繋がっており、これらが王国と隣国を隔てる障害となっていた。


 もっとも、隣国の人々はまた違った解釈をしている。

 圧倒的国力を有するオルラント王国から身を守る障壁。そういった認識になるのも当然といえる。


 王国が広大な領土を保有しているのは、過去に戦争で勝ち取ってきたからだ。隣国からしてみれば、その脅威度は計り知れない。

 近年では戦争を仕掛けることはなくなったが、王国の脅威が風化することはないのだろう。

 またいつ戦争を始めるか判らない相手。物理的に障害と成り得る高い山丘は、彼らにとっては平穏の象徴となる。




 二つの象徴が重なった地点。山と呼べばいいのか、丘と呼べばいいのか。人によって変わるだろう場所にあるダンジョンこそが、南東部最後の目的地。

 その北に位置するギンガの街で情報を得たアルは、早速ダンジョンへと――向かうことはなく、街から東へ半日ほど行った先のサイリン村に到着した。


 東の山脈から流れる小川のほとりにある集落。その規模は小さく、とてものどかな山村だった。

 そしてアルたち一行は、これから川の上流に向かって登山に興じることになる。


 なぜこうも山に登るのか。

 その経緯は三日前に遡る。




「お魚が食べたい!!」


 そう何度もこぼすテトの願いを叶えるため、アルは思考を巡らせた。

 魚が確実に食べられる海は西の果て。東の地にまで出回ることは、まず無い。

 ならば淡水魚はどうか。こちらも出回ることはほとんどなく、漁獲された地で消費される傾向にあった。


 来た道を引き返せば大きな湖があり、その近くには街や村がある。そこまで戻れば淡水魚ならいくらでも食べられるだろう。

 南東部での目的を果たし終えたあとに寄ろうとは思っていた場所。その時でもいいかと問えば、待てないと返ってくる。


 そこでアルは河川に注目した。


 王国東部の山脈から湧き出る水は、合流や分岐を繰り返しながら大きな湖まで流れ込んでいる。

 その川を辿れば魚を主食とする街や村があるのではないかと思い立った。

 少し調べてみると、次に立ち寄る予定にしていたギンガの街で、魚を食べたことがあると言うおっちゃんを発見した。



「おう、ギンガの街か。確かに近くに川はあるな。でもあそこは漁業はしてねぇんじゃねぇか?」


 感謝と別れの四本串を買いに来たついでに世間話をしていると、相も変わらず胡散臭い情報を得ることになった。


「そうなのか。あんまり出回ってないってことだよな」

「いや、近くの村でよ、大量に捕れる時期があるみてぇなんだが……いつだったか……」

「なら、その村に行けばいいってことだな」

「そりゃおめぇ……そのとおりだな! 行って確かめたほうがはえぇわな」



 こうして不確かな情報を頼りにギンガの街まで行き、食品衛生ギルドで話を伺うことに。


 端的に言ってしまえば、おっちゃんの情報は正しかった。仕草や喋り方こそ胡散臭いものの、おっちゃんの言はいつも正しい。

 毎回、疑ってかかることに罪悪感を覚えたアルは、心の中で謝っておくことにした。


 ともかく、近くのサイリン村で捕れた魚も先日までは残っていたが、現在は腐らないよう干物にしているのだとか。

 一歩遅かったかと残念がるアルに、職員は一つの案を提示する。


「直接、村へ伺ってみてはいかがでしょう? 規模の大きなものではありませんが、つかみ取りなどの体験ができる事業も行っております。お子様連れのご家族が利用されることも多いですよ。今は少し時期が遅いこともあり、定員には空きがあるかと思います」


 彼女の提案に興味をそそられたアルは、お子様連れという言葉に多少の違和感を覚えつつも採用することにした。


 これも一つの経験。

 自らの手でつかみ取ったものが、味覚にどんな影響を及ぼすのか。マンゴーの時には味わえなかった感覚を体験する機会が訪れた。


 これはあくまで知的好奇心からであると、誰に伝えるでもない言い訳をしながらサイリン村へと向かった。




「聞いていたとおりの村だな」


 麓の山林に溶け込むようにして集まる家々。自然と一体化し、まるで時が止まってしまったかのような――そんな錯覚を覚えさせる閑散とした風景。

 奥のほうには家屋にしては少し小さな建物が、所狭しと建ち並んでいるのが見える。

 つかみ取り体験に訪れた客人のために用意したのだろうか。


「誰もいないみたいだな」


 そんなことを呟きながら村へ足を踏み入れると、とある家を指しながらテトが主張する。


「誰かいるみたいだよ?」

「え? 何で分かるんだ?」

「だって、物音がしたでしょ?」


 その音を聞き取れた者はいなかったが、当の本人はさも当然のように答える。

 半信半疑のままテトが示す家の前まで来たとき、ようやく人の気配に気付いた。


(あの距離で聞き取れるのは凄いな)


 シーレの加護である【感覚強化】を持つアルも、人より優れた聴覚や聴力を有している。それでも天と地ほどの差があることに驚きつつ、今後、何かに活かせないかと思案しながら扉を叩いた。



「おや? 少しばかり遅い御客人だねぇ。お寝坊さんかな?」


 意味の解らない歓迎の言葉をもらったアルは、それに返答することなく事情を説明した。


「漁獲の終わった時期に来なさるとは。まぁええ。あんたらと同じお寝坊さんがまだ少しは残っとる。付いてきんさい」


 そうして山のほうへと向かう中老の女性。

 言葉の意味を語弊なく理解できているかは定かではないが、わざわざ聞き返す必要もないかと黙って後を追うことにした。


「今は忙しい時期も過ぎたが村の者はまだ仕事中でな。ほれ、この川沿いに登ると掘っ立て小屋が見えるから、そこにおる者に話を聞くとええ」

「分かりました。ありがとうございます」


 お礼を言って中年女性と別れたアルたちは、こうして登山をすることになったのである。




「それにしても、テトって耳が良いんだな」


 なだらかな坂を上りながら、他愛のない話に興じる。


「そうかな? でも確かに、小さな音だったねー」

「わっちも耳が良いとは言われるが、テトほど良くはないの。人の姿ではあまり多くの音を捉えることができないようじゃ」

「あー、わかる! 遠くの音とか、ちょっと聞き取りづらいよね」


 常人離れした二人の会話。人の姿をしていても、元の特徴はある程度引き継いでいるようだ。

 それはメアの驚異的な反射速度や、リルの鋭い嗅覚からも窺える。


 しかしそうなると、一つの疑問が浮かんでくる。


「あれ? 索敵能力は狼が一番高かったはずだけど、リルは聞こえなかったのか?」

「人の姿だと、聞こえない」

「そうなのか」


 人の耳は動物と比べると、いささか以上に劣る。

 そのことを知る彼女たちのイメージに悪影響を及ぼしているのだろうか。

 成長の妨げになるのなら、なんとか払拭できないかと思考を巡らせていると――。


「私も初めて人の姿になった時、周囲の音を拾うのに苦労したものです。聞こえ方が違うと言いましょうか。音を捉える感覚の差異に戸惑ってしまって……」


 ヨルの話を聞いていると、体の構造が違うために起こる現象なのだと推測される。


 物理的に異なるものをイメージの力だけで払拭させようとすれば、今のアルには言葉が見付からなかった。

 知識が無ければ助言のしようがない。なので、この話はテトの持論にすべてを任せてアルは傍観を決め込むのであった。

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