66話 先を見据えて
「確認が取れた。その少年は兄姉からはアルと呼ばれていたそうだ。恐らく、グルーエル殿の推測は間違いないのだろう」
ヴォルテクス家の三男アレクシスが、何らかの事情により追放された。そしてアルと名乗り、今は各地のダンジョンを回っている。
その確証を得るため出向させた指南役に当時のことを説明させたところ、グルーエルの推測はより強固なものとなった。
追放された理由については憶測の域を出ないが、有り得ない話ではない。
魔力量によっては契約に至らない可能性を、レオとディートの両者からも窺い知れた。何より、教会が神獣含めて上位の召喚獣を封印しているのなら、その可能性は当然高くなる。
「でもあいつ、神獣以外にも契約してたぜ? シーレとか言ってたかな」
「それについても勿論把握している。なんでも六つの時に契約したそうだな」
「それがなんか関係あるのか?」
「ふむ……」
ラディアンは暫しの間、考える素振りを見せた。
そうして一つ頷くと、彼の問いに答えるべく真剣な顔つきで口を開いた。
「これは世間に公表していない話だ。他言無用であると心得よ」
「なんだ?」
神獣を使役する彼らには伝えておくべきだと判断したラディアンは、そう前置きを入れつつ内密にしている情報を語る。
「魔力量の伸びは年齢によって変わってくる。それは身体の成長と呼応しているかのように増加することが示唆されている」
事情を察し切れていないカルロスに、グルーエルは答えを説いた。
「つまり、魔力量がまだ少ない幼少期だったから召喚に成功したってことだね」
「なるほどな」
あと少し遅ければ召喚には至らなかったということ。そういった事情ならば、指南役が勘違いをしたのも仕方のない話ではある。
そしてラディアンが伝えようとしたのはその先。本題はここからであって、年齢云々はただの前提であるとして続けた。
「召喚した状態を維持すること。それが魔力の増加に繋がるのだと実験の結果が示している」
魔力負荷をかけることによって、増加率が伸びるという話。魔力成長期と呼ぶに相応しい時期に行うことで、効率良く魔力を増やすことができる。
それを説明したうえで、ラディアンはさらに続けた。
「その少年、シーレとやらを常に召喚していたそうだな」
指南役も当然、その内密を知る者。
だからこそ、アレクシスの将来性に疑問を抱いた。
下位精霊――実際は違っていたが――を召喚しただけの者が、まさか膨大すぎる魔力によって召喚に失敗しているなどとは夢にも思わないだろう。
それは前例のない事。指南役の判断を責めることはできない。
「ずっと召喚しとくのはきつくねーか? いつかは魔力もなくなるだろ」
「下位の召喚獣ならば、大抵の者は可能だ。その少年は魔力の回復量も人並外れているのだろう」
「そうやって彼は、本人でさえ気付かないうちに膨大な魔力を手にした……ということでしょうね」
「それが却って少年を孤独にさせたようだがな」
アレクシスのその後はさまざまな噂が囁かれた。それは小さな範囲ではあったが、死亡説まで流れたほどだ。
ただ、取り留めのないものばかりだったのと、ヴォルテクス家が無反応を貫いていたためにその話題はあまり盛り上がらなかった。
人知れず追放され、今まで必死に生きてきたのだろう。
彼がそういった理由から追放されたことには合点がいったグルーエルだが、しかしそうなると、ある問題が浮上してくる。
「彼を追放したヴォルテクス家は、果たして味方となり得るのでしょうか」
無能の烙印を押されて追放されたのだとすれば、彼らの扱いには細心の注意を払わなければならない。
アルはこちらの最大戦力であろう人物。ヴォルテクス家と関わることによる精神への弊害が懸念されるため、彼らを引き合わせるわけにはいかない。味方陣営にいることすら隠すべき案件だろう。
「難しい問題ではある。しかし、クレセント・ヴォルテクスはこちらに引き入れたい。今やこの国最強の男だろう」
「噂には聞き及んでいますが、それほどの男なのですか」
「精霊との親和性が異常だ。あれほどの男は他に類を見ない。実際にこの目で見る機会があったのだが、その時に確信を得た」
ラディアンは王子たちと面識があり、特に王太子とは年齢も近いことから友人関係にある。昔からお互いを高め合うように意見を交わし、親睦を深めてきた。
その友人がまるで化け物のようだと零す相手。それが王子たちの指南役を務めるオルラント王国最強の精霊術士――クレセント・ヴォルテクスである。
「そんなに強いなら戦ってみてぇな」
「勇ましいのは結構だが、戦う相手は選ぶことだ」
「なんだとぉ?」
「カルロスよ。お前は精霊術士との戦い方を心得ているのか」
「そんなもん、詠唱中に距離詰めればいいだけだろ? あいつら動きおせぇし」
「一般的な戦い方だな。一つ言っておくと、あの男にその常識は通用しない」
「どういうことだ? 剣の腕も凄いのか?」
それを否定しつつ口角を上げたラディアンは、少し勿体ぶるように答えた。
「普段、我らが目にしている精霊術。その威力もさまざまだが……そうだな、お前が体験した中で、もっとも危機感を覚えた精霊術を思い浮かべるといい。それが無詠唱で、際限なく飛んでくる。詠唱すれば一体、どれほどの威力になるのだろうな」
過去を振り返ったカルロスは、口をへの字に曲げて舌打ちをする。
「嫌なこと思い出しちまったじゃねーか」
「それほどの男だ。もはや人が敵う相手ではない」
カルロスは今まで熟練の精霊術士とやり合ったことはない。それは彼が精霊術士を格下だと認識しており、相手にしようとはしなかったからだ。
剣士の中には精霊術を扱う者もいたが、それは稚拙なもの。彼の経験上、恐れを抱くような精霊術を見たことがなかっただけである。
しかし、自身に向けられたものではないが、厄介な相手だと思わされたことはあった。
それは【奉仙峡】で目にした、数々の精霊石から放たれる魔術の行使。
カルロスが思い出した嫌なこととは司教そのものであり、精霊術の話などではない。
「話を戻しましょう。ヴォルテクス家としてではなく、彼個人に誘いをかけてみてはいかがでしょう?」
「ふむ。それとなく探りを入れてもらえるよう殿下に打診するとしよう。そうなると、私もここを発たねばなるまい。その間は父上に――」
そこまで口に出して考え込むラディアン。その続きをグルーエルが促す。
「父君がどうかされたのですか?」
「いや……。父上は我らに託すと言っていた。新時代を担うのは我らのような若い世代であるべきだと。ならば、ここは愚弟に任せてみるのも一考か」
「ローディ様は確か……」
「うむ。まだ成人していない」
若い世代に託すべきだという主張の中に、成人前の者を副指揮官に立たせることなど想定してはいないのだろう。
そのことに引っ掛かっていたラディアンだが、それ込みで一任されているのだとすれば、一考の価値がある。
「しかし、あいつも十四になった。あまり子供扱いしてやることもないだろう。召喚士としてはまだまだ未熟だが、あれはあれで頼りになる面もある」
これから多くの家や人物と関わらなければならないため、自身の不在時にモルドー家を動かせる人材が必要になる。
ディレックに任せるのが妥当だが、教会を潰すとなれば、それは王国の在りように大きな変革をもたらす。
ならばその後の平定と、恒久的な安定を築くためには若い者が事件解決に大きく貢献したという事実がほしい。
要するに、名声をもって家臣や民衆をまとめようということだ。
人の上に立つ者ならば、先のことまで考えて行動しなければならない。
「グルーエル殿には愚弟の補佐を頼みたい」
「その大役、しかと仰せつかりました」
「ガキのお守りなら得意だぜ」
「お前には、そうだな……召喚術の基礎を学んでもらおうか」
「なんだとぉ?」
カルロスに弟を任せられないと判断したラディアンは、彼を一戦力として再教育することに決めたのであった。