65話 時代を切り開く若人
アルたち一行はダンジョン奥地に向かって順調に進んでいた。
上層から下層へ降りる階段は四つ。それぞれが離れた位置の四方に散らばっており、遠い場所でも小一時間ほどで辿り着く。
下層から上へと続く階段は六つ。
残りの二つはそれぞれ南東、及び南西の階段から南の方へと進んだ先にある。
そこは中層と呼んだほうが正確だろうか。上層への階段とは違い、段差の数は半分の四段。つまり、【丘陵回廊】は三つの階層で構成されていた。
上層は網羅しているらしいが下層はまだまだ未開拓。中層もすべてを把握しているとは言い難く、そこから他の階層へと続く道は現在のところ確認されていない。
魔鉱石の量がそれほど多くないので人気が低く、探索が進んでいないのが原因だ。
そういった話をギルドで聞き、どこから探索するか悩んだアルは中層を後回しにすることにした。
下層の探索を開始して、今回で六度目となる。
一度目は上層の下に位置する中央部分を。五度目まではそれぞれの階段から外側に向かって。そして今回はモンスターの数が最も多かった東側の階段を下りた先を、もう一度探索するために早い時間からやって来た。
下層は上層と違ってそれぞれの通路が直交しているわけではないので、方向感覚が若干狂っている可能性は否定できない。なので、方角はあくまでも予想である。
「モンスターの強さは東側が一番かな?」
他の冒険者もモンスターを狩っているので、その量だけで判断することはできない。奥地へ続く道であるのかはモンスターの強さ、魔鉱石の質や量などを含めて総合的に判断する必要がある。
「そうじゃな。多少ではあるが、こちら側が一番であろう」
それはアルの感覚と一致する。
逆に、西側のモンスターが一番手応えがないというのも同様であった。
この先が本命だとは思うが【鉄の森】や【大海の長穴】のような例外もある。今日発見できなければ、次回は中層を探索するべきかと思案する。
朝早く来たのも今回で粗方把握し、あわよくば見付けることができればと淡い期待を抱いていた。
「少し急ごうか。探索に集中するから、戦闘は任せてもいいか?」
「案ずるでない。すべて妾に任せておれ」
「我がいる限り、貴殿に脅威が訪れることはない!」
奥へと進むにつれて道幅にゆとりも出来始め、通常のダンジョンと変わらない作りになっていた。
自身の上達具合もすでに把握していたので、ここからは探索速度を上げていく。
前日は休息を取って英気を養ったこともあり、本日は少しばかり強気の探索を開始することにした。
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「お目通りに叶い、恐悦至極に存じます。本日は父、ドリエール・カトラスの名代として参りました、グルーエルと申します」
グルーエルはカトラス家の寄親であるモルドー家の助力を得るべく、サディールの街に赴いていた。
今はディレック・モルドー侯爵との面会の最中である。
「名代とな。随分と謙遜するではないか。隣に控える者を見れば用件は知れる」
先日現れたレオと名乗る神獣。それと同じものを感じたディレックは、彼がこの場に訪れた理由を察した。
名代などではない。これは彼が全権を任されているのだと。
「ご慧眼、感服いたします」
「世界が大きく動き出そうとしている。これは若い世代の者達が牽引すべき事案だと私は考えている。この件について、私はすべての指揮を息子のラディアンに執らせることにした。カトラス子爵もそれは同様なのだろう」
神獣を名乗る者が狒々だけではなかった。
続けざまに獅子まで現れたのは偶然ではなく必然。何かに引き寄せられるようにして、これから時代のうねりがやって来ることをディレックは予見していた。
新しい時代を築いていくのは若者でなければ成らない。
「息子と引き合わせよう。案内してやるが良い」
「はっ!」
そうしてグルーエルは兵士に先導され、ラディアンの下へと向かった。
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「あいつ魔力量がおかしいんだよな。無自覚だしよ。今は四体契約してんじゃねーかな」
「ふむ。私でも三体……いや、実戦闘となると二体が限度だろう。魔力量には自信があったのだがな」
会議室で談笑に興じるカルロスとラディアン。彼らはなぜか意気投合していた。
物怖じしない性格という点で似ていた彼らは、お互いに親近感のようなものを感じ取ったのだろう。
その場にはレオとディート――狒々に与えた真名――も同席している。
前日にカルロスが持つ情報を一通り聞いた彼らは、その中に出てくるアルという青年の話をしていた。
ディートが特に彼の話を聞きたがったので、本日の話題はアル一色である。
「ダンジョンって全部で九だったか? 十か? まぁどっちでもいいけどよ、あいつなら全部契約しても平気な顔してそうだわ」
「信じがたい話だな。この目で見てみたいものだ」
カルロスは組織の情報と併せてアルの目的も伝えていた。
まずは全てのダンジョンを巡り、封印された神獣を助け出す。その後、諸悪の根源である教会を叩く。
それはラディアンの目的とも一致していた。
教会という大きな組織を相手取るには、より多くの者たちの助勢が必要になる。カルロスがモルドー家に接触したのはそのため。
当初は王への謁見を求めた彼だが、末端の者に詳しい事情を話すわけにもいかずに門前払いを食らった。
そこでレオの発案によりモルドー家に接触を図り、綱渡りながらもこうして助力を得ることができたのだ。
「して、彼は今どこに居るのだろうか。もう一度会い、感謝を伝えたいものだが」
「一か月くらい前だったかな? ガンドルで四体目見付けたらしいから、今はエリアルにいるんじゃねーかな」
向かうダンジョンの順序を事前に聞いていたカルロスは、アルからの手紙が一通しか届いていないことを理由に挙げて答える。
「そこはどこだろうか」
「ここからだと四日ほどの距離だな。しかし、そう焦ることもないだろう。いずれは彼の力も借りねばならない。その時に伝えるといい」
教会は王国各地に支部をかまえる巨大な組織。
調査するには人員が、戦うためには戦力が――圧倒的に足りていなかった。
どこまで奴らの息が掛かっているのか分からないため、今は味方に引き入れる貴族の選定を行っている。
すべての封印石を見付け出すというアルの旅。
教会を調べ、一網打尽にするための戦力を整える時間。
そのどちらが早いかは分からないが、彼に後れを取るわけにはいかない。まずはこちらの準備を急ぐ。
「それに謝意を伝えるならば、言葉よりも行動で示すといい。彼の力になりたいのだろう?」
「ふむ。確かに、今の我々には成さねばならぬことが多い。そちらは順調に進んでいるだろうか」
「王都に残した文官に早馬を送っている。信頼の置ける者を集めるならば、王を頼るほかないだろう」
モルドー家も信頼できる家に打診する予定ではあるが、その差は比べるまでもない。
「でもよ、待ってるだけってのも性に合わねぇな。何かできることねーのか?」
「選定が終わり次第、私は動くことになるが……カルロスには別の仕事を与えるべきか」
作戦指揮を執るのは今回が初のラディアン。これほど大きな事案ともなれば、父親のディレックでさえ経験のないものだ。
それを一任された彼は思考を巡らせるが、迂闊な行動は慎まなければならない。
特にカルロスは教会と面識のある者。その扱いは慎重にならざるを得なかった。
そんな折、会議室の扉がノックされた。
「失礼いたします。侯爵閣下の命により、こちらに二人の御仁を連れてまいりました」
「父上が? して、用件は?」
「詳しい事情は分かりかねますが、二人を引き合わせよとのことです」
「ふむ。入ってもらえ」
「はっ!」
立て続けにやって来た不意の来訪。
それはディレックが予見したとおりであると、ラディアンは新時代の幕開けを実感することになった。




