64話 頼る先の展望
「うーん」
【丘陵回廊】を彷徨う一行。その歩調は思いのほか早い。
「うーん」
アルは大盾の上に座り、険しい顔つきで考え込んでいる。その表情からは苦悩が感じ取れるほどに、口元を歪ませていた。
「うーん……」
神輿を担ぐかのように運ばれていくさまに、大真面目な顔をしているのはエリただ一人。
哀れみの視線まで感じられる状況に、アルは堪らず声を上げた。
「やっぱり、これはなんか違う」
そう言って大盾の上から飛び降りた。
「どうしてだ? 落とさぬよう気を付けている。存分に集中できるだろう?」
「そこなんだよな」
「どういうことだ?」
「はっきり言って、集中できない」
揺れが気になるというのもそうだが、今の状況を客観視するといたたまれなくなった。
そもそもシーレの能力は範囲内のすべてを否応なく捉えてしまうため、自身の滑稽な姿を常に見せ付けられている。それは主観的にも許容できない恰好だった。
それらの理由から集中できないのだと説明すると――。
「我は……我では、貴殿の役に立てないというのか……」
崩れ落ちるエリ。その落胆ぶりも豪快であった。
「気持ちは有難く受け取っておくよ。気持ちだけは……」
慰めの言葉が見付からないアルは視線を逸らした。
元々うまくいくとは思っていなかったこと。当然の帰結に対し、これほどの意気消沈具合は予想外だった。
助け舟を期待して周囲の顔を確認していくが、首を横に振る面々。エリと出逢ってまだ数日。彼女との接し方を知る者はいなかった。
「まぁ、なんだ。できることから始めよう。得手不得手は誰にでもあるんだしさ。ほら、エリは護るのが得意なんだろ? なら、後ろから襲われたときにみんなを護ってくれ」
それは苦しみ紛れの言葉。
アルの役に立ちたいと言う彼女に役割を与えることで、何とかこの場を凌ごうとした。
「そう……だな。我としたことが、自分を見失っていたようだ!」
「わ、分かってくれてなによりだ!」
メア同様、彼女もチョロかった。
何でも勢いだけで解決できそうなぶん、メアより扱いやすいとさえ思えてくる。
ただ、加護の名称が少し物騒なので、その点には気を付ける必要があるだろう。
「よし、改めて探索開始といくか」
何はともあれ一応の解決を見せたので、気を取り直して探索を再開する。
先頭はアルとヨル。教会の手の者と一緒に戦った組み合わせなので、アルにとっては一番連携の取りやすい相手といえる。
そしてアルはこの四日間、図書館に通いつつも何度かメアと手合わせをしていた。これには自身の上達具合を確かめるという意味合いもあった。
もっとも、人とモンスターとでは勝手が違うのだろうが。
二人の後ろにはリル、テンと続き、最後尾はメアとエリ。
完全武闘派の二人が後方にいれば、どんな事態が起ころうとも対処してくれるだろう。
特にメアの加護は頭一つ抜けていた。
湧き上がる力は屈強な肉体を形成し、全身を駆け巡るそれは驚異的な膂力をもたらす。それがメアの人間離れした身のこなしの良さに繋がっている。
他の神獣たちが持つ加護とは異なり、何も特別なものはない。
ただそこにあるのは純粋な力。それこそが彼女の特別と言って差し支えない。
魔力操作の苦手なアルとは違い、彼女はそこから魔力による身体能力の大幅な強化も可能。こと戦闘において、これほど頼りになる存在はいない。
組織がいくら神獣を使役しようとも、メアならばその全てをねじ伏せてくれることだろう。
数々の戦闘を見てきたアルは、それほどまでに彼女のことを信頼していた。
そうして小一時間ほどすると、下の階層へ続くと思われる入り口を発見した。
「このダンジョンは他と構造が違うみたいだな」
膝上ほどの段差を八つ下りた先には少し広めの空間。そこからも上の階層のような狭い通路がまっすぐと延びる。
シーレの能力で軽く調べたところ、さいの目状にはなっていないが、枝分かれした通路は回廊と呼ぶに相応しい直線を描く。
少し先には開けた場所も見受けられ、そしてモンスターの影もようやく表れた。
「今までモンスターがいなかったのは長い段差のせいか」
「これが関係しておるのか?」
「たぶんね。ほら、【鉄の森】でも序盤はモンスターが少なかっただろ? 何日か封鎖されてたから数も多いはずなのに」
「下り切った大広間に集まっておったな」
「それがモンスターの習性なんだろうな」
必要に迫られなければ大きな段差を上ることはないのだろう。
あまり意味を成さない考察をしつつも奥へと進む。
それほど多くもないモンスターを蹴散らしつつ、どれほど経った頃だろうか。広間から上の階層へと続く階段を発見した。
「やっぱり、上層と下層で分かれてるんだな」
上層はダンジョンとしては珍しいさいの目状の回廊。そして、下層はダンジョンらしい複雑な形をした回廊。
この下にも階層があるのかは分からない。ただ――。
「ギルドで話を聞いてから来るんだった」
下層に降りてからじゃないと辿り着けない上層があるのかもしれない。その場合、上層すべてを把握する必要がある。
ギルドで聞けば恐らくは解決する問題。今日の探索がほぼ無意味なのを悟り、肩を落とすアルであった。
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昼を少し過ぎた頃、王都南門より一際豪華な馬車がサディールの街に向けて出立した。
前後には一般的な馬車が一台ずつ。そして、その周りを囲むようにして六名の騎士が周囲に目を光らせる。
整備された街道を進み小一時間ほどすると、東西に延びる大きな森が見えてきた。その西側を通りかかったときだ。
突然、どこからか飛んできた矢が後方の馬車に突き刺さる。
「敵襲! 閣下を護れ!」
騎士団長、オーメルの声と同時に前後の馬車から計四名の兵士が飛び出し、盾となるべく豪華な馬車へと駆け寄った。
騎士たちは馬車から少し離れた位置で周囲を警戒。お互いに連携が取れる距離を意識し、馬上という高い目線から遠くまでを注視する。
刺さった矢を確認したオーメルは、引き抜いた長剣を森の方へと向け、再び声を張り上げた。
「東の森! ライツ! フランク!」
名前を呼ばれた二名は狂犬を召喚し、剣先の示す方へと馬を走らせる。
その間にオーメルは矢にくくり付けられた文を確認。それを豪華な馬車に乗る人物へと差し出した。
「ふむ。ラディアン、お前はこれをどう読む?」
文を確認したディレック・モルドー侯爵は息子の見解を問う。
「これは私宛てでありましょう。放置しておくには惜しいかと」
「ふむ……。お前には警戒心というものが欠けておるな」
即答したラディアンに対し、頭を悩ませるディレック。
ラディアンは行動力と決断力に優れ、その勇ましい姿はとても頼もしい。反面、いささか早計ではないかと思わされることも多く、それがディレックの悩みの種になっていた。
『貴殿と話がしたい。必ず、二人で来るように』
日時と場所に加え、そう書かれた文を確認した二人の反応は正反対だ。
「個人と話をするのに二人も必要ないでしょう。有益な情報が得られることは確実。恐れていては何も始まりませぬ」
明言を避けつつ、神獣と一緒に来いと告げている。
ラディアンはそう読み解いた。
「報告! 森の中より弓を発見! 周囲に人影はなく、逃走の痕跡すら残さず忽然と姿をくらました模様!」
「何をやっている!? 徹底的に――「良い」」
オーメルの檄をラディアンが制す。
「しっ、しかし――」
首を横に振るラディアン。
「放っておけ。馬車を出せ」
「……かしこまりました」
彼の言動に皆が疑問を抱く中、馬車は再び走り出した。
「消えた人影……これで確定したでしょう。敵方ならば、わざわざ我らが領地、サディールを指定する理由がありませぬ」
そうして三台の馬車は、金髪オールバックの男を追い越し走り去っていった。